経営者は、売上・採用・取引先対応・紛争対応といった終わりのない業務を、長期にわたって担い続けます。厚生労働省「令和8年版 過労死等防止対策白書」(令和8年10月9日公表)によれば、仕事や職業生活に関して強い不安、悩み又はストレスがあるとする労働者の割合は67.5%であり、令和7年度に精神障害で労災保険給付の支給決定を受けた件数は1,082件(前年度比26件増)に上ります。もっとも、こうした統計と労働基準法の労働時間規制が対象とするのは「労働者」であり、経営者自身は原則としてその保護の外にあります。
本稿では、経営者が長期にわたり疲弊せずに経営を続けるための考え方を念頭に置きつつ、①経営者・管理監督者と労働時間規制の関係、②休憩に関する規制と「短い休憩」の取扱い、③安全配慮義務と心の健康、④精神障害の労災認定の動向、⑤勤務間インターバル制度、⑥実務上の対応を、条文・裁判例・行政資料に基づいて整理します。
経営者には労働基準法の労働時間・休憩・休日の規制が及ばないため、自らの過重負荷は自ら管理するほかありませんが、従業員については、労働基準法34条の休憩付与義務と労働契約法5条の安全配慮義務により、疲労や心理的負荷の過度の蓄積を防ぐ体制を整える法的責任を会社が負います。経営者自身の「疲れをためない働き方」を、休憩・労働時間・ハラスメント対応の社内制度に落とし込むことが、経営の継続と紛争予防の双方に資します。
1 経営者・管理監督者と労働時間規制
(1)経営者は労働基準法上の「労働者」に当たらない
労働基準法9条は、「労働者」を「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義しています。会社の代表者や業務執行を担う役員は、使用される者ではなく使用者の側にあるため、原則として同法の労働者に当たらず、1日8時間・週40時間の労働時間の上限、休憩、休日、時間外労働の上限規制はいずれも適用されません。なお、取締役等の肩書があっても、実態として指揮命令を受けて労務を提供し、その対価として報酬を得ている場合には、労働者性が肯定されることがあり、肩書のみで判断されるものではありません。
(2)管理監督者の適用除外とその範囲
労働基準法41条2号は、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」について、同法の労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しないと定めています。もっとも、適用が除外されるのは労働時間・休憩・休日の規定であり、深夜業の割増賃金や年次有給休暇の規定は適用されます。また、管理監督者に当たるか否かは役職名ではなく、職務内容・権限・責任、勤務態様、待遇等の実態により判断されます。
このように、経営者には法律上の労働時間の上限がありません。経営者の心身の不調は、そのまま意思決定の停滞や事業継続の危機につながります。後述する従業員向けの制度とは別に、経営者自身が業務の区切り方や休憩の取り方を意識的に設計しておくことは、個人の健康管理にとどまらない経営課題といえます。
2 休憩に関する規制と「短い休憩」の取扱い
(1)労働基準法34条の三原則
労働基準法34条1項は、労働時間が6時間を超える場合には少なくとも45分、8時間を超える場合には少なくとも1時間の休憩時間を、労働時間の途中に与えることを使用者に義務付けています。同条2項は休憩の一斉付与を原則とし(労使協定による例外があります)、同条3項は、使用者は休憩時間を自由に利用させなければならないと定めています。始業前や終業後にまとめて付与すること、休憩時間中に電話番や来客対応を命じることは、いずれも同条の要件を満たしません。
(2)短い休憩の効用と法的な位置づけ
作業の合間に取る10分以下の短い休憩(マイクロブレイク)については、学術誌PLOS ONEに2022年に掲載されたメタ分析(22の研究サンプル、計2,335人)が、活力の向上と疲労の低減について統計的に有意な、ただし小さな効果を報告しています。同分析は、作業成績全体への効果は有意ではなく、負荷の高い作業からの回復には10分を超える休憩が必要となり得るとも指摘しています。
実務上は、こうした小休憩を就業規則上どう位置づけるかに注意が必要です。業務から完全に離れることが保障されていない短時間の中断は、一般に労働時間として扱われ、34条の休憩時間には算入されません。小休憩を奨励すること自体は従業員の健康確保に資しますが、法定の休憩時間はこれとは別に、労働時間の途中に、自由利用が可能な形で確保する必要があります。
(3)休日の「取り戻し」には限界がある
厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、平日の睡眠不足を休日に長く眠って取り戻そうとする「寝だめ」について、実際には眠りを「ためる」ことはできないとし、これが「社会的時差ボケ」と呼ばれ、生活習慣病や脳・心血管疾患、うつ病の発症リスクとなることが報告されていると整理しています。平日に過重な負荷を集中させて休日に回復を委ねる働き方には限界があり、日々の業務の中で負荷を分散させる設計が求められます。
3 安全配慮義務と心の健康
(1)労働契約法5条
労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。ここでいう安全には心の健康も含まれ、長時間労働や職場の人間関係、顧客対応等に起因する精神障害について、使用者が債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を問われる場面は少なくありません。
(2)電通事件(最判平成12年3月24日)
最高裁判所第二小法廷平成12年3月24日判決(民集54巻3号1155頁)は、長時間にわたる残業を1年余り継続した労働者がうつ病にり患して自殺した事案において、上司が、労働者が業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付きながら、業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分について指導を行ったのみで、業務の量等を適切に調整するための措置を採らなかった等の事情の下で、使用者は民法715条に基づき損害を賠償する責任を負うとしました。また、労働者の性格等が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、賠償額の決定に当たりこれを心因的要因としてしんしゃくすることはできないとしています。
本判決が示すとおり、使用者に求められるのは、健康状態の悪化に気付いた段階で業務量を調整する具体的な措置です。「本人が頑張りたいと言っていた」「性格的に抱え込みやすかった」という事情は、それだけでは責任を軽減する理由になりにくいことに留意が必要です。
4 精神障害の労災認定の動向
厚生労働省「令和7年度『過労死等の労災補償状況』」によれば、精神障害に関する労災請求件数は4,958件(前年度比1,178件増)、支給決定件数は1,082件(同26件増)でした。支給決定件数を出来事別にみると、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」が222件、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」と「セクシュアルハラスメントを受けた」がそれぞれ127件、「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」が113件の順に多くなっています。
心理的負荷による精神障害の労災認定基準は令和5年9月1日に改正され、業務による心理的負荷評価表に、具体的出来事として「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)が追加されました。顧客対応を担う従業員の心理的負荷は、労災認定においても正面から評価される対象となっており、クレーム対応を個々の従業員の我慢や経験に委ねる運用は見直しが求められます。
5 勤務間インターバル制度
労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条1項は、事業主に対し、「健康及び福祉を確保するために必要な終業から始業までの時間の設定」その他の必要な措置を講ずるよう努めることを求めています(努力義務)。終業時刻から次の始業時刻までの間に一定時間以上の休息時間を設ける勤務間インターバル制度について、前掲白書(概要版)は、導入企業割合が6.9%(前年比1.2ポイント増)にとどまり、大綱の目標である15%を下回っていることを示しています。
業務の繁閑が大きい中小企業では、一律のインターバル時間を就業規則に定めることが難しい場合もあります。その場合でも、深夜まで対応した翌日の始業時刻を繰り下げる、休息時間が確保できない日が続いた場合に管理者へ報告させるといった運用ルールから始めることが考えられます。
6 実務上の対応
(1)休憩の付与と記録
法定の休憩時間が労働時間の途中に、自由利用が可能な形で付与されているかを確認し、勤怠記録上も休憩の取得状況が把握できるようにします。「休憩中も電話に出る」「昼休みに来客対応をする」といった運用が常態化している場合には、交替制の導入や労使協定による一斉付与の例外の活用を検討します。
(2)業務量の調整と相談の仕組み
電通事件が示すとおり、健康状態の悪化に気付いた後の業務量の調整が重要です。管理職に対し、部下の残業時間・休日出勤の状況を定期的に確認させ、不調の兆候があれば業務の再配分を行う手順を定めておきます。厚生労働省・労働者健康安全機構「こころの健康 気づきのヒント集」は、ストレスが大きくなった場合の変化として、意欲や集中力の低下、イライラ感、不安感、作業効率の低下やミスの増加等を挙げており、こうした変化を管理職が把握した際の相談先を明確にしておくことが有用です。
(3)ハラスメント・カスタマーハラスメント対応ルール
労災認定の出来事別件数の上位をパワーハラスメント、カスタマーハラスメント、セクシュアルハラスメントが占めていることからも、ハラスメント対応は従業員の心の健康を守る中核的な施策です。とりわけ顧客対応については、対応者が一人で抱え込まないよう、応答内容をあらかじめ定めた対応マニュアル、上長への引継ぎ基準、対応を打ち切る基準を整備しておくことが、従業員の心理的負荷を下げることにつながります。
(4)経営者自身の負荷の管理
経営者については法律上の上限がない分、業務を細かく区切って進捗の区切りを設ける、業務の合間に短い休憩を挟む、懸案事項を書き出して期限を管理する、といった自己管理の工夫が重要となります。あわせて、経営者が一時的に業務から離れても意思決定が滞らないよう、権限の委譲や決裁ルールを整えておくことは、事業継続の観点からも意味があります。一人で抱え込んでいる法的な懸案は、早期に専門家へ相談し、検討の材料を整理することで、経営者の心理的負荷の軽減にもつながります。
企業が点検すべき事項
- 6時間超・8時間超の労働日について、法定の休憩時間が労働時間の途中に付与されているか。
- 休憩時間中の電話番・来客対応など、自由利用を妨げる運用が常態化していないか。
- 就業規則上、小休憩と法定の休憩時間の取扱いが区別されているか。
- 管理監督者として扱っている従業員が、職務内容・権限・待遇の実態に照らして適用除外の要件を満たしているか。
- 管理監督者についても、労働時間の状況を把握し、深夜割増賃金と年次有給休暇を適切に扱っているか。
- 管理職が部下の長時間労働や不調の兆候を把握し、業務量を調整する手順が定められているか。
- パワーハラスメント・セクシュアルハラスメントの相談窓口と調査手順が機能しているか。
- 顧客や取引先からの著しい迷惑行為について、対応マニュアル・引継ぎ基準・打切り基準を定めているか。
- 深夜対応の翌日の始業時刻の調整など、勤務間の休息を確保する運用があるか。
- 経営者の不在時にも意思決定が滞らないよう、権限委譲と決裁ルールが整備されているか。
よくあるご質問
Q. 社長や役員にも労働基準法の労働時間の上限は適用されますか。
A. 会社の代表者や業務執行を担う役員は、原則として労働基準法9条の「労働者」に当たらないため、労働時間の上限、休憩、休日の規定は適用されません。ただし、肩書が役員であっても、実態として指揮命令を受けて労務を提供し報酬を得ている場合には労働者性が肯定されることがあり、肩書のみで判断されるものではありません。
Q. 業務の合間に取る数分程度の小休憩は、法定の休憩時間に含めることができますか。
A. 労働基準法34条の休憩時間は、労働時間の途中に与え、自由に利用させる必要があります。業務から完全に離れることが保障されていない短時間の中断は一般に労働時間として扱われ、法定の休憩時間には算入されません。小休憩を奨励する場合でも、法定の休憩時間は別に確保してください。
Q. 従業員の心の不調について、会社が責任を負うのはどのような場合ですか。
A. 労働契約法5条は使用者に安全配慮義務を課しており、心の健康もその対象に含まれます。電通事件(最判平成12年3月24日)は、上司が労働者の健康状態の悪化に気付きながら業務量を適切に調整する措置を採らなかった等の事情の下で、使用者の損害賠償責任を認めました。長時間労働やハラスメントの状況を把握し、不調の兆候があれば業務量の調整等の具体的な措置を講じることが求められます。
Q. 勤務間インターバル制度の導入は義務ですか。
A. 労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条1項により、終業から始業までの時間の設定は事業主の努力義務とされています。導入企業割合は6.9%にとどまりますが、深夜対応の翌日の始業時刻を繰り下げるなどの運用から始めることも、従業員の健康確保と紛争予防に資します。
まとめ
経営者には労働基準法の労働時間・休憩・休日の規制が及ばず、自らの過重負荷は自ら管理するほかありません。業務を細かく区切り、負荷を日々分散させ、短い休憩を挟みながら長期にわたって経営を続けることは、事業継続の前提となる経営課題です。他方、従業員については、労働基準法34条の休憩付与義務、労働契約法5条の安全配慮義務により、疲労や心理的負荷が過度に蓄積しないよう配慮する法的責任を会社が負います。精神障害の労災支給決定件数は増加を続け、出来事別ではハラスメントやカスタマーハラスメントが上位を占めています。経営者自身の疲弊を防ぐ工夫を、休憩・労働時間・ハラスメント対応の社内制度として整えることが、紛争予防の基本となります。就業規則や対応マニュアルの整備については、問題が生じる前に顧問弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
参考資料
- 労働基準法(e-Gov法令検索)(第9条・第34条・第41条)/労働契約法(第5条)/労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(第1条の2・第2条)
- 厚生労働省「『令和8年版 過労死等防止対策白書』を公表します」/同 概要版(PDF)
- 厚生労働省「令和7年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」/厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」
- 厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(PDF)/厚生労働省・労働者健康安全機構「こころの健康 気づきのヒント集」(PDF)
- 裁判所 裁判例検索:最高裁判所第二小法廷平成12年3月24日判決(平成10年(オ)第217号)
- Albulescu, P. et al., "'Give me a break!' A systematic review and meta-analysis on the efficacy of micro-breaks for increasing well-being and performance," PLOS ONE 17(8), e0272460 (2022)(doi:10.1371/journal.pone.0272460)
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