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「昭和型マネジメント」が招く安全配慮義務違反 ― 見直すべき社内ルールと最新法改正

使用者は、労働契約法5条に基づき、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っています。この義務は雇用契約に当然に付随するものであり、就業規則や契約書に記載がなくても免れることはできません。かつては「気合いで乗り切る」「多少の無理は当然」といったマネジメントが黙認されていた時代もありましたが、現在の裁判実務において、そうした運用は明確に企業側のリスクとなります。しかも近時は、過重労働やハラスメントの放置にとどまらず、一見すると適切に見える社内ルールの「運用」が義務違反と評価される事例が増えており、注意が必要です。

安全配慮義務違反の判断枠組み

裁判実務において、安全配慮義務違反の有無は、主として次の2点から判断されます。

  • 予見可能性 ― 当該業務や職場環境によって労働者の生命・健康に危険が生じることを、使用者が予見できたか
  • 結果回避義務 ― 予見できた危険を回避するための具体的な措置を講じたか

この枠組みを確立した代表的な判例が2つあります。1つは、宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害された川義事件(最高裁昭和59年4月10日判決)です。最高裁は、雇用契約に付随して使用者が安全配慮義務を負うことを明確にし、のぞき窓やインターホン等の防犯設備を設けず、新入社員1人に宿直をさせていた体制自体を義務違反と判断しました。「まさか強盗が入るとは思わなかった」という抗弁は、過去に盗難被害が発生していた事実などから予見可能性が認められ、通用しませんでした。

もう1つが、長時間労働によりうつ病に罹患した従業員が自殺した電通事件(最高裁平成12年3月24日判決)です。最高裁は、使用者には業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務があるとし、上司が健康状態の悪化を認識しながら業務量の調整措置を採らなかった会社の責任を認めました。本件は差戻審を経て高額の賠償で和解しており、安全配慮義務違反の紛争が企業経営に与えるインパクトの大きさを示す事例として知られています。

重要なのは、いずれの判例でも、「従前の慣行」「業界の常識」「本人の同意」が抗弁として機能していない点です。危険を予見できたのに、対策を講じずに従来のやり方を押し通したと認定されれば、義務違反の評価は避けられません。

「適切に見えるルール」が義務違反となる場合

業務量を維持したままの残業禁止

働き方改革の一環として残業を一律に禁止する企業は少なくありません。しかし、業務量を調整しないまま形式的に残業を禁止した結果、従業員が自宅等で業務を行う、いわゆる持ち帰り残業が常態化するケースがあります。使用者には労働時間の状況を客観的な方法で把握する義務(労働安全衛生法66条の8の3)があり、社外での業務を認識しながら黙認していたと評価されれば、その時間は労働時間として扱われるうえ、健康障害が発生した場合には安全配慮義務違反を問われるおそれがあります。「残業禁止」の号令は、業務量・人員配置の調整とセットで初めて機能します。

猛暑下での服装規定の一律適用

記録的な猛暑が続くなか、2025年6月施行の労働安全衛生規則改正により、職場における熱中症対策は罰則付きで義務化されました。具体的には、熱中症の自覚症状がある作業者等の報告体制の整備、重篤化を防止するための措置の実施手順の作成等が事業者に求められます。屋外での営業活動や移動を伴う業務において、暑さ指数(WBGT)を考慮せずスーツ・ネクタイの着用を一律に強制する運用は、労働災害が発生した場合に会社の責任を基礎づける事情となり得ます。服装規定そのものが違法なのではなく、危険な環境下でも例外を認めない「運用」が問題となる点に留意が必要です。

診断書提出を休暇取得の条件とする運用

虚偽の病欠を防止する目的で診断書の提出を求めること自体は不合理ではありません。しかし、高熱や負傷など明らかに重篤な症状を呈している従業員に対し、休養より先に受診・診断書取得の手続を優先させ、その過程で症状が増悪したり事故が発生したりした場合には、結果回避義務を尽くしたとは評価されにくいでしょう。体調不良の申告があった場合には、まず休ませ、状況に応じて受診を促し、診断書は事後的な提出で足りる運用とすることが原則です。

「配慮のつもり」が裏目に出る場合

メンタルヘルス不調者への不適切な異動

安全配慮義務には、身体の安全だけでなく心の健康への配慮も含まれます。ミスの増加、遅刻の増加、口数の減少といった不調のサインを認識しながら、「環境を変えて心機一転」という発想で負荷の高い部署へ異動させるなど、心理的負荷をさらに高める業務命令を行い、休職や自殺等の結果が生じた場合、使用者の損害賠償責任を認めた裁判例が相当数存在します。不調の兆候を把握した場合の対応は、産業医等の専門家への接続、業務量の軽減、本人との面談記録の作成が基本であり、人事権の行使は医学的な見立てを踏まえて慎重に行う必要があります。

事実上強制の社内イベント

休日のレクリエーションや懇親会であっても、参加が評価に影響する、不参加に不利益があるなど事実上強制と評価される場合、行事は業務との関連性を帯びます。その結果、行事中や移動中の負傷、熱中症、急性アルコール中毒等について、会社が安全管理責任を問われる可能性があります。「プライベートの行事だから自己責任」という整理は、強制の実態があれば通用しません。

安全配慮義務違反の多くは、制度の不存在ではなく、制度の「例外なき運用」と危険兆候の「見て見ぬふり」から生じています。

2026年10月施行 ― カスタマーハラスメント対策の義務化

改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、すべての企業にカスタマーハラスメント対策が義務付けられます。事業主は、方針の明確化と周知、相談体制の整備、被害を受けた従業員への配慮等の措置を講じる必要があります。

この改正は、安全配慮義務との関係でも重要です。たとえば台風などの悪天候時に、取引先から「今日中に来なければ取引を打ち切る」といった要求を受け、従業員を危険な移動に従事させるような対応は、従来から安全配慮義務違反のリスクがありましたが、施行後はカスハラ対策義務の不履行という二重の問題となります。顧客対応の限界基準(どこからが不当要求か)、現場責任者の判断権限、悪天候時の出社・訪問基準を、施行前に文書として整備しておくことをお勧めします。

企業が実施すべき対応チェックリスト

  • 労働時間の客観的把握(打刻・ログ等)と、月次での長時間労働者の抽出・面談
  • 業務量・人員配置の定期的な見直し(残業規制と業務削減のセット運用)
  • 熱中症対策(WBGT測定、服装規定の例外運用、報告体制)の整備 ― 2025年6月義務化対応
  • 体調不良時の休暇取得手続の柔軟化(診断書は事後提出で足りる運用へ)
  • メンタルヘルス不調のサインを把握した場合の対応フロー(産業医連携・業務軽減・記録化)
  • 社内行事の任意参加の徹底(評価との切断の明示)
  • カスタマーハラスメント対応方針の策定と現場への周知 ― 2026年10月義務化対応
  • 宿直・夜間勤務・単独作業の安全体制(設備・複数名体制・緊急連絡手段)の点検

よくあるご質問

Q. 就業規則に安全配慮義務に関する定めがなければ、義務は負わないのですか。

A. いいえ。安全配慮義務は労働契約法5条により労働契約に当然に伴う義務とされており、就業規則や契約書に記載がなくても発生します。また、直接の雇用関係にない下請従業員や派遣労働者についても、実質的な指揮監督関係があれば信義則上同様の義務を負うと判断された裁判例があります。

Q. 従業員本人が「大丈夫です」と言って働き続けた場合でも、会社の責任になりますか。

A. 本人の申告がないことは会社に有利な事情にはなりますが、長時間労働の記録や明らかな不調のサインなど、会社が危険を認識し得る客観的状況があれば、本人の申告を待たずに対応する義務があるとされています。電通事件でも、会社が健康状態の悪化を認識し得たことが責任の根拠とされました。

Q. 安全配慮義務違反と労災保険はどのような関係にありますか。

A. 労災保険給付は無過失で支給されますが、慰謝料や逸失利益の全額をカバーするものではありません。安全配慮義務違反が認められると、労災給付を超える損害について民事上の損害賠償責任を負うことになります。労災認定されたことが民事訴訟で会社の過失を推認させる方向に働くことも実務上少なくありません。

まとめ

安全配慮義務をめぐる紛争は、賠償額が高額化しやすいだけでなく、企業の信用・採用・従業員の士気にも深刻な影響を及ぼします。一方で、その多くは、労働時間の把握体制と社内ルールの「運用」を見直すことで予防が可能です。当事務所では、労務体制の監査から就業規則・社内規程の整備、産業医連携を含む健康管理体制の構築、個別事案への対応まで一貫して支援しています。自社のルール運用に不安のある企業様は、問題が顕在化する前にご相談ください。

参考資料

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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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