時間外労働の時間数を15分単位で把握し、15分未満の端数を切り捨てて割増賃金を計算する運用は、給与計算ソフトの設定項目にも存在することから「一般的な処理」と誤解されがちですが、労働基準法24条が定める賃金全額払いの原則に反し、切り捨てた時間分がそのまま未払賃金となります。厚生労働省の公表によれば、令和5年には賃金不払が疑われる21,349事業場に対して監督指導が行われ、支払われた不払賃金は約102億円にのぼっており、賃金不払は労働基準監督行政の重点分野であり続けています。賃金請求権の消滅時効が3年に延長され、訴訟では付加金により未払額が実質2倍に膨らみ得ることを踏まえると、割増賃金計算の適法性は中小企業にとって看過できない経営リスクです。本コラムでは、端数処理の適法・違法の境界、割増賃金の算定基礎に関する誤りやすい論点、未払が発覚した場合の法的リスクと、企業が整備すべき点検項目を解説します。
原則は1分単位 ― 「15分切り捨て」が違法となる根拠
労働基準法24条は、賃金はその全額を支払わなければならないと定めています(賃金全額払いの原則)。労働時間は実労働時間で把握することが前提であり、14分の時間外労働を0分として、あるいは29分を15分として取り扱う日々の切り捨て処理は、切り捨てられた労働時間に対応する賃金の不払として同条違反を構成します。「給与計算ソフトで15分単位の設定が選択できる」「業界の慣行である」といった事情は、適法性の根拠にはなりません。ソフトウェアは設定されたとおりに計算するに過ぎず、設定内容の適法性は使用者が自ら担保する必要があります。
適法な端数処理の範囲 ― 昭和63年基発150号と「切り上げ」
例外として通達(昭和63年3月14日基発150号)が認めるのは、1か月における時間外労働・休日労働・深夜業の各時間数の合計に生じた1時間未満の端数について、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げる処理です。この処理は「日ごと」ではなく「月の合計に対して1回」行う点に留意が必要です(例:月合計10時間25分→10時間、10時間40分→11時間)。
また、労働者に有利な方向への丸め、すなわち10分の時間外労働に対して15分分の割増賃金を支払う「切り上げ」処理は、全額払いの原則に反せず適法です。実務上は、残業命令・残業許可を15分単位で発令し、許可された時間内に退勤打刻を行う運用と組み合わせることで、労働時間管理と支払を適法に15分単位で揃えることができます。シフト制を採用する飲食・介護・製造等の現場でも導入可能な運用です。なお、終業後に業務と無関係に事業場に滞留する時間(雑談・私的な情報閲覧等)は原則として労働時間に該当せず、業務終了後の打刻ルールを就業規則等で明確化することが、切り上げ運用と併せた労働時間管理の要点となります。
算定基礎の誤り ― 除外できる賃金は7項目に限定される
割増賃金の算定基礎は基本給に限られず、原則としてすべての手当を含みます。除外できるのは、労働基準法37条5項・同法施行規則21条が限定列挙する次の7項目のみです。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
除外の可否は名称ではなく実態で判断されます。名称が「住宅手当」であっても、全員一律定額で支給されるものは住宅に要する費用に応じた手当とはいえず、除外できません。役職手当・資格手当・精勤手当等を算定基礎から除外している場合、その時点で未払が発生していることになります。割増率についても、時間外労働25%、深夜労働は25%加算、法定休日労働35%に加え、月60時間を超える時間外労働については50%の割増率が2023年4月から中小企業にも適用されており、「中小企業だから25%でよい」という取扱いは既に許されません。
未払が発覚した場合の法的リスク ― 時効3年・付加金・刑事罰
賃金請求権の消滅時効期間は、2020年4月の労働基準法改正により当分の間3年とされており(将来的に5年へ延長される方向性が示されています)、従業員1人から過去3年分の未払割増賃金を一括して請求され得ます。訴訟に至った場合、裁判所は労働基準法114条に基づき、未払額と同一額の付加金の支払を命じることができ、未払100万円であれば最大200万円と、実質2倍の負担となります。
裁判例として、日本マクドナルド事件(東京地判平成20年1月28日)は、直営店店長を労働基準法41条2号の管理監督者として割増賃金を支払っていなかった取扱いを否定し、未払割増賃金・付加金等として約755万円の支払を命じました。従業員1名についてこの金額であり、同様の運用が複数の従業員に及んでいる場合の累積リスクは容易に数千万円規模となります。加えて、労働基準法37条違反には6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金という刑事罰が定められており、悪質な事案では是正勧告を経て書類送検・企業名公表に至る可能性もあります。
企業が整備すべき点検項目
- 割増賃金の計算単位が1分単位を原則とし、日々の切り捨て設定になっていないか(給与計算ソフトの端数処理設定の確認)
- 役職手当・資格手当等が算定基礎に正しく算入されているか、除外している手当が施行規則21条の要件を実態として満たすか
- 雇用契約書・就業規則上の所定労働時間と給与計算システムの設定が一致しているか(所定7時間の事業場で8時間設定となっていれば単価が過少となります)
- 月60時間超の時間外労働に対する割増率50%への対応(代替休暇制度の要否を含む)
- 残業命令・許可制と打刻ルールの整備、就業規則・雇用契約書と実際の運用の一致
よくあるご質問
Q. 残業時間を15分単位で管理することは一切許されないのですか。
A. 切り捨ての方向での処理は許されませんが、労働者に有利な切り上げは適法です。残業命令・許可を15分単位で発令し、許可時間内に退勤打刻を行う運用と組み合わせれば、管理・支払とも15分単位で揃えられます。月合計に対する30分単位の端数処理(基発150号)も利用可能です。
Q. 住宅手当を支給していれば、割増賃金の算定基礎から除外できますか。
A. 名称ではなく実態で判断されます。住宅に要する費用に応じて算定される手当は除外できますが、全員一律定額の「住宅手当」は除外できません。
Q. 未払残業代が発覚した場合、どの程度の支払リスクがありますか。
A. 消滅時効は当分の間3年であり、過去3年分の一括請求があり得ます。訴訟では付加金により実質最大2倍となり、日本マクドナルド事件では従業員1名について約755万円の支払が命じられています。刑事罰・企業名公表のリスクもあります。
まとめ
本稿の要点は次のとおりです。①時間外労働の日々の15分切り捨ては労基法24条の全額払いの原則に反し、切り捨て分が未払賃金となること、②適法な端数処理は月合計に対する30分単位の処理(昭和63年基発150号)と労働者に有利な切り上げに限られ、残業許可制と打刻ルールの整備により適法な15分単位運用が可能であること、③割増賃金の算定基礎から除外できる賃金は7項目に限定列挙されており、一律支給の住宅手当や役職手当の除外は許されないこと、④月60時間超の割増率50%は2023年4月から中小企業にも適用されていること、⑤未払は時効3年・付加金・刑事罰により重大な経営リスクとなること、の5点です。当事務所では、賃金規程・就業規則の点検、固定残業代制度や残業許可制の設計、労働基準監督署対応、未払残業代請求への対応まで、労務分野を一貫して支援しています。給与計算の設定と規程の整合性は、紛争が顕在化する前の点検が最も費用対効果に優れます。お早めにご相談ください。
参考資料
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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