職場のハラスメントは、使用者にとってもはや例外的なリスクではありません。厚生労働省の令和5年度委託調査では、過去3年間にパワーハラスメントを受けたと回答した労働者は19.3%、顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)は10.8%、セクシュアルハラスメントは6.3%に達し、労働局への「いじめ・嫌がらせ」相談は13年連続で最多の54,987件(令和6年度)となっています。他方で、「厳しく叱ればすべてパワハラになる」という誤解が指導の萎縮を招いている実情もあります。本コラムでは、ハラスメント該当性の判断枠組みを法令・指針・最高裁判例に即して整理し、指導との線引き、懲戒処分の有効性、妊娠・育児等を理由とする不利益取扱いの限界、そして2026年10月1日に施行されるカスタマーハラスメント対策義務化への実務対応を解説します。
パワハラ該当性の判断枠組み ― 3要素と6類型
パワーハラスメントの定義は労働施策総合推進法30条の2に置かれており、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されること、の3要素で判断されます。いわゆるパワハラ防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、これを「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」の6類型に整理しています。
該当性判断の鍵は、言動が人格に向けられたものか、業務上の行為・改善に向けられたものかにあります。部署全員の面前で「給料泥棒」等の人格否定を伴う長時間の叱責を行うことは「精神的な攻撃」の典型であり、経営トップと衝突した従業員を別室に隔離し会議から外し業務を与えない措置は「人間関係からの切り離し」と「過小な要求」に、新入社員に達成不能なノルマを課し「終わるまで帰るな」と命じることは「過大な要求」に、それぞれ該当し得ます。他方、業務上の必要性を前提に、行為を対象として個室で行う厳格な指導や、育成目的で一時的に難易度を下げた業務を担当させることは、指針上もパワハラに該当しない例として挙げられています。指導の適法性は口調の強弱ではなく、業務上の必要性・対象(人格か行為か)・態様・期間の記録によって基礎付けられます。
セクハラ行為者への懲戒 ― 海遊館事件最高裁判決
セクシュアルハラスメントについては、男女雇用機会均等法11条が使用者に雇用管理上の措置義務を課しています。実務上参照すべきは、職場内で性的発言等を繰り返した管理職2名への出勤停止・降格処分の効力が争われた海遊館事件(最一小判平成27年2月26日)です。最高裁は、被害者が明白な拒否の姿勢を示していなかったことや、処分に先立つ使用者からの警告・注意がなかったことを行為者に有利に斟酌することは相当でないとして、懲戒処分を有効と判断しました。
同判決が重視したのは、使用者がセクハラ防止のための研修・方針周知を実施しており、行為者が管理職としてこれを理解し部下を指導すべき立場にあったという事情です。裏を返せば、平時の方針明確化・研修・周知の積み重ねが、行為者への厳正な処分の有効性を支える基盤になるということであり、「被害者が笑って受け流していた」という弁明が通用しないことも明確に示されています。
妊娠・育児を理由とする不利益取扱い ― 広島中央保健生協事件
マタニティハラスメントの領域では、広島中央保健生協事件(最一小判平成26年10月23日)がリーディングケースです。最高裁は、妊娠中の軽易業務への転換(労働基準法65条3項)を契機として管理職の地位を免ずる降格措置は、均等法9条3項の禁止する不利益取扱いに原則として該当し、①労働者の自由な意思に基づく承諾と認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合、または②業務上の必要性から支障がある等の特段の事情が存在する場合を除き違法・無効と判断しました。妊娠・出産に近接した降格・役職外しは、原則違法から出発して例外要件を厳格に吟味する構造であることを、人事措置の設計段階で踏まえる必要があります。
また、男性従業員の育児休業申請に対する「男のくせに育休か」「昇進は諦めろ」といった言動、いわゆるパタニティハラスメントについても、育児介護休業法が育児休業等の申出・取得を理由とする不利益取扱いを禁止し、ハラスメント防止の措置義務を使用者に課しています。制度利用を抑止する発言は、発言者個人の問題にとどまらず使用者の措置義務違反に直結します。
カスハラ・SOGIハラ ― 2026年10月施行の義務化とアウティング
カスタマーハラスメントについては、改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から対策が企業規模を問わず全企業の義務となります。求められるのは、対応方針の明確化と周知、相談体制の整備、被害を受けた従業員への配慮の措置等です。留意すべきは正当なクレームとの線引きであり、商品・サービスの瑕疵を前提とする強い口調の返金要求のように、要求の内容・手段が社会通念上相当な範囲にあるものはカスハラに該当しません。内容が正当でも、土下座の強要、長時間の罵倒、脅迫的言辞、居座り等の手段の相当性を欠く場合には該当し得るという二段階の整理を、対応マニュアルに落とし込むことが実務の要点です。
性的指向・性自認に関するハラスメント(SOGIハラ)も措置義務の対象です。パワハラ防止指針は、労働者の性的指向・性自認等の機微な個人情報を本人の了解を得ずに他の労働者に暴露する行為(アウティング)を「個の侵害」の例として明記しており、打ち明けられた情報の取扱いについて、管理職研修と情報管理ルールの整備が不可欠です。
使用者が講ずべき措置 ― 4点セットの整備
パワハラ・セクハラ・マタハラ、そして2026年10月以降はカスハラを含め、各ハラスメント対策の措置義務は共通の骨格を持ちます。すなわち、①事業主の方針の明確化とその周知・啓発、②相談窓口の設置と実効的な運用、③事案発生時の迅速かつ適切な事実確認と行為者・被害者への対応、④相談者・行為者等のプライバシー保護と、相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止、の4点です。ハラスメント該当性の判断はグレーゾーンを含むからこそ、判断に迷う事案を早期に吸い上げる窓口の実効性と、調査・処分手続の設計が、使用者責任(民法715条)や安全配慮義務違反に基づく損害賠償リスクを最小化します。
よくあるご質問
Q. 厳しい口調での業務指導はパワハラに該当しますか。
A. 口調の厳しさのみでは該当しません。3要素(優越的関係・業務上必要かつ相当な範囲の逸脱・就業環境の侵害)をすべて満たすかで判断され、業務上の必要性があり行為に向けられた指導は該当しないと整理されています。他方、人格否定・見せしめ・長時間化した叱責や隔離・仕事外しは典型的なパワハラです。
Q. セクハラ行為者に事前警告なく出勤停止・降格処分を行えますか。
A. 海遊館事件最高裁判決は、被害者の明白な拒否がなかったことや事前警告の不存在を行為者に有利に斟酌すべきでないとして処分を有効としました。方針周知・研修を平時から実施していることが処分の有効性を支えます。
Q. カスハラ対策の義務化は中小企業も対象ですか。
A. 対象です。2026年10月1日から企業規模を問わず義務化されます。方針の明確化、相談体制、被害従業員への配慮に加え、正当なクレームとの線引き基準を含む対応マニュアルの整備を推奨します。
まとめ
本稿の要点は次のとおりです。①ハラスメント該当性は3要素・6類型を物差しに、人格か行為か・業務上の必要性・態様・期間で判断されるため、指導記録の整備が防御の基礎となること、②海遊館事件が示すとおり、平時の方針周知・研修が行為者への厳正処分の有効性を支えること、③妊娠・出産・育児に近接する不利益な人事措置は広島中央保健生協事件の原則違法の枠組みで審査されるため、例外要件の充足を慎重に検討すべきこと、④2026年10月のカスハラ対策義務化を含め、方針明確化・相談窓口・迅速対応・不利益取扱い禁止の4点セットを全ハラスメント横断で整備すべきこと、の4点です。当事務所では、ハラスメント関係規程・カスハラ対応マニュアルの整備、相談窓口の外部委託、管理職研修、事案発生時の調査・懲戒処分の適法性判断まで、予防から有事対応までを一貫して支援しています。義務化施行前の体制点検は、お早めにご相談ください。
参考資料
- 裁判所ウェブサイト「懲戒処分無効確認等請求事件(最高裁判所第一小法廷 平成27年2月26日判決)」
- 裁判所ウェブサイト「地位確認等請求事件(最高裁判所第一小法廷 平成26年10月23日判決)」
- e-Gov法令検索「労働施策総合推進法」
- e-Gov法令検索「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法)」
- e-Gov法令検索「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児介護休業法)」
- 厚生労働省「パワハラ防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」
- 厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要」
- 東京労働局「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」
- 厚生労働省「職場におけるハラスメント対策リーフレット」
関連する取扱業務・関連コラム
本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
← コラム一覧へ戻る