役員報酬の決定については、所得税・法人税・社会保険料の負担を踏まえた「最適な金額」が論じられることが多い一方、会社法上の決定手続が見落とされている例が少なくありません。中小企業、とりわけオーナー経営の会社では、株主総会の決議や議事録を欠いたまま報酬が支払われていたり、非公開会社の特例を利用して取締役の任期を10年としていたりすることが珍しくありません。こうした状態は平時には問題になりませんが、共同創業者や親族役員との対立、相続による株式の分散、M&A、倒産といった局面で顕在化し、報酬の返還請求、減額の無効、解任に伴う損害賠償といった紛争につながります。
本稿では、①金額の検討にあたっての税・社会保険の前提、②会社法361条に基づく報酬決定の手続と議事録の整備、③一度定めた報酬の減額の可否(最高裁平成4年12月18日判決ほか)、④取締役の解任と残存任期の報酬相当額の損害賠償、⑤会社の業績悪化・倒産時のリスク、⑥紛争予防のための設計を整理し、企業が点検すべき事項とFAQを示します。
1 金額の検討にあたっての前提(税・社会保険)
所得税の税率は、課税所得900万円以上1,800万円未満の部分が33%であり(695万円以上900万円未満は23%)、住民税10%と合わせると43%となります。額面の役員報酬に換算すると、扶養・各種控除の状況により前後するものの、おおむね1,200万円から1,300万円程度が税率上の一つの境目となります。他方、資本金1億円以下の普通法人の法人税率は、所得年800万円以下の部分が15%、これを超える部分が23.2%です。
社会保険料についても、役員は厚生年金保険・健康保険の被保険者となります。令和8年度の料率は、厚生年金保険18.3%、協会けんぽ東京支部の健康保険9.85%、介護保険1.62%(40歳以上65歳未満)、子ども・子育て支援金0.23%であり、労使合計で報酬の約30%に相当します。なお、法人税法34条により、役員給与を損金に算入するには定期同額給与・事前確定届出給与等の要件を満たす必要があり、定期給与の額の改定は原則として事業年度開始の日から3か月以内に行う必要があります(法人税法施行令69条1項1号イ)。具体的な金額設計は税理士と協議すべき事項ですが、以下に述べる会社法上の手続は、金額の多寡にかかわらずすべての会社に共通する前提です。
2 報酬決定の手続と議事録の整備
(1)定款または株主総会決議による決定
会社法361条1項は、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(報酬等)について、額が確定しているものはその額を、定款に定めていないときは株主総会の決議によって定めると規定しています。この規律は、取締役が自らの報酬を定めることによるいわゆる「お手盛り」の弊害を防止する趣旨によるものであり、株主が1名の会社や代表取締役が全株式を保有する会社であっても、手続を省略してよいことにはなりません。
判例(最高裁平成15年2月21日判決)は、定款または株主総会の決議によって報酬額が定められなければ、取締役は具体的な報酬請求権を有しないとしています。したがって、決議を欠いたまま支払われてきた報酬は、会社から見れば支払の法的根拠が不明確な状態にあり、後に株主構成が変化した場合などに、返還請求や責任追及の根拠とされるおそれがあります。
(2)総額の上限決議と配分の委任
実務上は、株主総会において取締役全員の報酬等の総額の上限(例えば年額3,000万円以内)を決議し、各取締役への配分を取締役会の決定に委ねる方法が広く用いられています。この場合も、配分を誰がいつどのように決定したかを取締役会議事録等により明らかにしておくことが、後日の紛争や税務調査への対応として重要です。
(3)議事録の作成と備置き
株主総会の議事については議事録を作成しなければならず、会社は株主総会の日から10年間、議事録を本店に備え置く必要があります(会社法318条1項・2項)。株主および債権者は、営業時間内であればいつでもその閲覧・謄写を請求することができます(同条4項)。役員報酬の決議を記載した議事録は、会社法上の有効性の根拠であると同時に、税務調査において定期同額給与の要件充足を説明する基礎資料ともなります。
3 一度定めた報酬を減額できるか
(1)最高裁平成4年12月18日判決
最高裁平成4年12月18日第二小法廷判決(民集46巻9号3006頁)は、定款または株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、その具体的な配分を取締役会の決定に委ねる旨の決議をした場合には、取締役会の決議)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合、その報酬額は会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するとしました。そのため、その後株主総会が当該取締役の報酬を無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役がこれに同意しない限り、報酬請求権を失うものではなく、このことは、当該取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に決議がされた場合であっても異ならないと判示しています。
(2)入院中の取締役の報酬減額をめぐる裁判例
非上場会社において、取締役会で月額約65万円と定められていた取締役が長期入院した際、会社が報酬を月額約20万円、さらに約10万円へと段階的に減額した事案で、東京地裁平成30年9月7日判決は、上記最高裁判決の枠組みに従い、減額の通知に対して入院中の取締役から明示的な異議がなかったというだけでは減額に黙示的に同意したとはいえないとして、減額分合計約523万円の支払を会社に命じました。職務を遂行できない状況にあっても、報酬の減額には取締役本人の同意が必要であり、その同意は明示的かつ書面により確認しておくべきことを示す事例です。
4 取締役の解任と損害賠償
(1)解任の自由と正当な理由
役員は、いつでも株主総会の決議によって解任することができます(会社法339条1項)。もっとも、解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができます(同条2項)。裁判例では、残存任期中に得られたはずの報酬相当額が損害の中心として算定されることが多く、報酬の減額ができないからといって解任を選択すれば、かえって大きな金銭的負担を負う可能性があります。心身の故障により職務の執行に支障があるなど、客観的に正当な理由が認められる場合でなければ、対立を理由とする解任には相応のリスクを伴います。
(2)非公開会社における任期10年の問題
取締役の任期は原則として選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までですが、公開会社でない株式会社(監査等委員会設置会社および指名委員会等設置会社を除く)は、定款により任期を選任後10年以内まで伸長することができます(会社法332条1項・2項)。役員変更登記の手間を省くために任期を10年としている会社は多いものの、例えば任期10年・月額報酬100万円の取締役を就任1年目に正当な理由なく解任した場合、残存任期9年分の報酬相当額は計算上1億円を超えます(実際に認容される額は事案によります)。
(3)退職慰労金
役員の退職慰労金も、職務執行の対価として会社法361条の報酬等に含まれると解されており、定款または株主総会の決議によらずに支給を約束しても、取締役は原則として会社に具体的な請求をすることができません。他方、内規に基づく支給が慣行化している会社で特定の役員にのみ支給を見送れば、そのこと自体が紛争の原因となり得ます。退職慰労金規程を整備し、決議と一任の範囲を記録に残しておくことが必要です。
5 業績悪化・倒産時のリスク
(1)破産管財人による否認
会社が破産した場合、破産管財人は会社の過去の財産処分を調査し、破産債権者を害することを知ってした行為等を否認することができます(破産法160条1項)。会社の財務状況に照らして明らかに過大な役員報酬は、その過大な部分が債権者を害する財産の流出と評価され、否認の対象となり得ます。
(2)役員個人の責任
さらに、役員は任務を怠ったときは会社に対して損害賠償責任を負い(会社法423条1項)、職務を行うについて悪意または重大な過失があったときは第三者に対しても責任を負います(会社法429条1項)。節税や資金の確保を目的として報酬を高額に設定していたという事情は、債権者との関係では正当化の根拠になりません。
(3)M&A・事業承継での影響
M&Aにおける買主のデューデリジェンスでは、過去の株主総会議事録や役員報酬の決定経緯が確認されます。報酬の決議が存在しない、あるいは損金算入要件に疑義があるといった事情は、簿外債務や税務リスクとして指摘され、譲渡価格の減額や表明保証・補償条項の追加の根拠とされます。親族内承継においても、根拠の不明確な報酬は後継者に引き継がれる潜在的な紛争要因となります。
6 紛争予防のための設計
最高裁判決の枠組みのもとでは、報酬の変更に関する鍵は取締役本人の同意です。そこで、関係が良好な就任時点で、次のような事項を取り決めておくことが有効です。第一に、共同創業者や親族を取締役とする場合は、任期を10年とせず、2年程度に設定すること。任期満了による退任であれば、解任に伴う損害賠償の問題は生じません。第二に、役職の変更、常勤から非常勤への変更、長期の職務不能、業績の著しい悪化といった場合の報酬の見直し基準を定め、就任時に書面で合意しておくこと。第三に、報酬の決定・改定の都度、株主総会・取締役会の議事録を作成し、配分決定の経緯を含めて保存すること。第四に、退職慰労金規程を整備しておくことです。
企業が点検すべき事項
- 現在の役員報酬について、定款の定めまたは株主総会の決議があり、その議事録が本店に備え置かれているか。
- 総額の上限のみを株主総会で決議している場合、各取締役への配分を決定した取締役会議事録等が存在するか。
- 定期給与の額の改定が、原則として事業年度開始の日から3か月以内に、決議を経て行われているか。
- 定款上の取締役の任期が何年となっているか。共同創業者・親族・外部招へいの取締役について、任期の長さが適切か。
- 役職変更・非常勤化・長期の職務不能・業績悪化の場合の報酬見直し基準について、就任時に書面で合意しているか。
- 報酬を減額する場合に、取締役本人の明示的な同意を書面で取得する手順があるか。
- 取締役の解任を検討する際、正当な理由の有無と残存任期の報酬相当額を事前に検討しているか。
- 退職慰労金規程が整備され、支給の際の株主総会決議と取締役会への一任の範囲が記録されているか。
- 会社の財務状況に照らして役員報酬が過大になっていないか。資金繰りが悪化した際の報酬の取扱いを決めているか。
- M&Aや事業承継を見据え、過去の役員報酬の決定経緯を説明できる資料が揃っているか。
よくあるご質問
Q. 株主が社長1人の会社でも、役員報酬について株主総会の決議は必要ですか。
A. 必要です。会社法361条1項は、定款に定めがない場合には株主総会の決議によって取締役の報酬等を定めるとしており、株主が1名の会社でも例外はありません。判例は、定款の定めも株主総会の決議もない場合、取締役は具体的な報酬請求権を有しないとしています。将来の相続による株式の分散、株主の追加、M&A、倒産などに備え、毎期の決議と議事録の作成・10年間の備置き(同法318条)を行っておくことをお勧めします。
Q. 業績が悪化したため、取締役の報酬を減額したいのですが、株主総会で決議すれば足りますか。
A. 足りません。最高裁平成4年12月18日判決は、具体的に定められた報酬額は会社と取締役間の契約内容となり、取締役が同意しない限り、株主総会の決議によっても報酬請求権を失わないとしています。減額には取締役本人の同意が必要であり、異議を述べなかったことだけでは同意と認められない場合があるため、同意書を取得してください。税務上も、期中の減額が定期同額給与として認められる場合は限られますので、税理士とあわせて検討することが重要です。
Q. 対立している取締役を解任すると、どのようなリスクがありますか。
A. 取締役は株主総会の決議でいつでも解任できますが、正当な理由がない場合、会社は解任によって生じた損害を賠償しなければなりません(会社法339条2項)。裁判例では残存任期中の報酬相当額が損害の中心とされることが多く、非公開会社で任期を10年としている場合には、請求額が高額になるおそれがあります。解任の前に、正当な理由の有無、任期満了までの期間、合意による退任の可能性を検討してください。
Q. 会社が破産した場合、過去に受け取った役員報酬を返還しなければならないことはありますか。
A. あり得ます。破産管財人は、破産債権者を害することを知ってした行為等を否認することができ(破産法160条)、会社の財務状況に照らして明らかに過大な役員報酬は、その過大な部分について否認の対象となる可能性があります。また、任務懈怠による会社法上の責任を問われることもあります。資金繰りが悪化した段階では、報酬の増額や役員への優先的な支払を避け、早期に弁護士へ相談してください。
まとめ
役員報酬は、金額の最適化に先立って、会社法上の決定手続を備えていることが前提です。定款または株主総会の決議によって報酬を定め、議事録を10年間備え置くこと。一度具体的に定めた報酬は契約内容となり、本人の同意なく減額できないこと。正当な理由のない解任は残存任期の報酬相当額の賠償につながり、非公開会社の任期10年はそのリスクを拡大させること。そして業績悪化・倒産時には、過大な報酬が否認や役員個人の責任の対象となり得ること。これらを踏まえ、任期の設定、報酬見直し基準の事前合意、議事録と規程の整備を、関係が良好な平時のうちに進めておくことが重要です。
参考資料
- 会社法(e-Gov法令検索)(第318条・第332条・第339条・第361条・第423条・第429条)
- 破産法(e-Gov法令検索)(第160条)
- 法人税法(e-Gov法令検索)(第34条)/法人税法施行令(e-Gov法令検索)(第69条)
- 国税庁「No.2260 所得税の税率」/国税庁「No.5759 法人税の税率」
- 全国健康保険協会「令和8年度 都道府県単位保険料率」/日本年金機構「厚生年金保険料額表」
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