Column

業績好調期に経営者が講じるべき予防法務 ― 資力情報の管理(投資詐欺・恐喝・信用不安の誘発と国税庁の情報提供窓口)、手元流動性の確保(倒産企業の3社に1社は直前期黒字)、役員退職金の損金算入要件(法人税法34条・会社法361条)と小規模企業共済、経営者保証解除の3要件(経営者保証ガイドライン・2025年度は新規融資の55.7%が保証に依存しない融資)、法人と経営者個人の財産分離

東京商工リサーチが2025年に倒産した794社の財務データを分析した結果によれば、倒産企業のうち直前期に最終赤字であった企業は64.3%であり、裏返せば3社に1社以上(35.7%)は直前期に黒字を計上していました。同社が2022年の倒産企業383社を対象に行った分析でも、最終赤字は62.9%(黒字は37.1%)、債務超過は67.3%です。損益計算書上の利益と手元流動性は別物であり、黒字であっても手元資金が枯渇すれば事業は継続できません。

当事務所の実務では、業績が好調な時期の経営者から相談を受ける機会は、業績が悪化した後に比べて格段に少ないのが実情です。しかし、業績好調期は、資力に関する情報の流出を契機とするトラブル(投資詐欺・恐喝・借入申込み・値下げ要求・信用不安)、手元流動性の不足、役員退職金や経営者保証の未整備、法人と経営者個人の財産の混同といったリスクが顕在化する前段階にあり、この時期にしか講じることのできない予防法務が存在します。本稿では、これを①資力情報の管理、②手元流動性の確保、③役員退職金の積立と損金算入要件、④経営者保証の解除、⑤法人と経営者個人の財産分離の5項目に整理し、それぞれの法的根拠と実務上の留意点を検討します。

1 資力情報の管理 ― 「儲かっている」という情報が招くトラブル

(1) 資力情報の開示を契機とするトラブルの類型

経営者が自社の業績や個人の資産状況を取引先・知人・SNS等で開示することは、それ自体が違法ではないものの、実務上は次の類型のトラブルを招く契機となります。第一に、投資詐欺の勧誘です。警察庁の集計では、2025年(令和7年)のSNS型投資詐欺の認知件数は9,523件(前年比3,110件・48.5%増)、被害額は1,288.0億円(同416.9億円・47.9%増)に達し、資力があり投資に関心を有することを自ら表明している経営者は勧誘の標的となりやすい状況にあります。加えて、「資力があると述べた手前、勧誘を断りにくい」という心理が、被害を拡大させる要因として観察されます。第二に、嫉妬を動機とする誹謗中傷や内部情報の暴露です。第三に、親族・知人からの借入申込みです。金銭の貸付は消費貸借契約(民法587条)として返還請求権を生じさせますが、親族・知人間では書面が作成されず、返済が滞れば関係の悪化と回収不能の双方を招きます。第四に、取引先からの値下げ要求であり、自社の利益率を取引先に開示することは価格交渉上の地位を自ら弱めることを意味します。第五に、示談金名目の金銭要求(いわゆる美人局)です。性的な行為を強要されたと主張して示談金を要求する手口は、社会的地位のある経営者ほど報道を恐れて相場を超える金額を支払いやすいことから経営者を標的とする傾向があり、組織的に行われる場合は要求額が高額化します。このような金銭要求は、人を恐喝して財物を交付させる行為として恐喝罪(刑法249条・10年以下の拘禁刑)に該当し得るものであり、支払の前に弁護士へ相談することが不可欠です。

(2) 国税庁の情報提供窓口と業績悪化時の信用不安

国税庁はホームページ上に「課税・徴収漏れに関する情報の提供」窓口を設けており、第三者が対象者の氏名・住所・事業内容、疑われる不正の態様等を、提供者の情報を任意記載として(すなわち匿名で)提供することができます。適正な申告を行っていれば税務調査を恐れる必要はありませんが、派手な消費生活の発信が第三者の情報提供を誘発し、税務当局の関心を自ら引き寄せることは合理的ではありません。さらに、業績好調を喧伝していた経営者ほど、業績が悪化した局面で「資金繰りが厳しいらしい」という風説が急速に拡散し、取引先の離反や金融機関の与信姿勢の変化を招きます。信用不安は実体以上に信用を毀損するため、業績の良否にかかわらず資力情報を外部に開示しないことが原則です。

(3) 実務上の対応

資力に関する情報の開示先は、守秘義務を負う税理士・弁護士等の専門家と、融資契約上の開示義務を負う金融機関に限定すべきです。業績を尋ねられた場合の応答は「おかげさまで、なんとかやっています」程度に定型化し、SNS上では取引先・投資家が閲覧し得る範囲に消費生活の投稿を行わないこととします。投資勧誘や金銭要求を受けた場合には、「顧問弁護士に確認する」と回答して即答を避ける体制を整えておくことが、経営者を守る最も簡便な手段です。

2 手元流動性の確保 ― 守りを固めてからの攻め

前記のとおり、倒産企業の3社に1社以上は直前期が黒字でした。同じ分析では、倒産企業の71.1%が直前期に債務超過であり、経常利益率は3期連続でマイナス、自己資本比率30%以上の企業は生存企業の約6割に対し倒産企業では5.7%にとどまります。倒産は突発的に生じるのではなく、手元流動性が細る過程を経て生じます。業績好調期は、将来の危機を乗り切るための現預金を積み増すことのできる限られた機会です。

内部留保を投資に回すべきとの見解にも合理性があり、必要な手元流動性の水準は事業の性質、収益の安定性、既存の現預金の水準によって異なります。もっとも、当事務所が多数の企業に接してきた経験からは、「守りを固めてからの攻め」の順序が妥当であり、一つの目安として月商の数か月分の現預金を確保したうえで新規投資に踏み切ることを推奨しています。トラブルが生じた際に会社を救い得るのは現金のみであり、現預金が厚い企業は金融機関からの評価も高まり、結果として攻めの選択肢が広がります。好調期に本業と無関係な事業や不動産に投資し、そこから資金繰りを悪化させた企業が少なくないことにも留意が必要です。

3 役員退職金の積立と損金算入要件

(1) 損金算入の時期と要件

役員に対する給与は、定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与のいずれにも該当しないものは損金の額に算入されませんが(法人税法34条1項)、退職給与(業績連動給与に該当しないもの)は同項の適用対象から除かれており、不相当に高額な部分の金額(同条2項・法人税法施行令70条)を除いて損金に算入されます。損金算入の時期は、国税庁タックスアンサーNo.5208のとおり、株主総会の決議等によって退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度が原則であり、法人が退職金を実際に支払った事業年度において損金経理をした場合はその事業年度に算入することも認められます(法人税基本通達9-2-28)。

(2) 会社法上の手続

役員退職慰労金は、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益(報酬等)に該当するため、定款に定めがないときは株主総会の決議によって定めなければなりません(会社法361条1項)。実務上は、役員退職慰労金規程を整備したうえで、株主総会において規程に基づく支給を決議し、具体的な金額・支給時期・方法の決定を取締役会または取締役に一任する方法が一般的です。規程の不備や決議の欠缺は、税務上の否認リスクにとどまらず、支給の効力そのものが争われる原因となります。

(3) 小規模企業共済の活用

積立原資の確保手段として、独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する小規模企業共済制度があります。掛金は月額1,000円から70,000円の範囲内(500円単位)で設定でき、掛金の全額が小規模企業共済等掛金控除として加入者個人の課税所得から控除されます(掛金は法人の損金には算入されません)。加入資格は、建設業・製造業・運輸業・不動産業・農業等および宿泊業・娯楽業では常時使用する従業員が20人以下、卸売業・小売業および宿泊業・娯楽業を除くサービス業では5人以下の個人事業主、共同経営者、株式会社の取締役等の役員であり、従業員数は加入時の要件であるため、加入後に従業員が増加しても契約は継続できます。経営者個人の退職金原資を法人の業績から切り離して形成する手段として、後記5の財産分離とも整合する制度です。

4 経営者保証の解除 ― 業績好調期にしかできない交渉

(1) 経営者保証改革プログラムと融資慣行の変化

中小企業向け融資において経営者が会社の債務を連帯保証する慣行(経営者保証)は、会社の倒産が経営者個人の破産に直結する構造を生み、思い切った事業展開や早期の事業再生を阻害する要因と指摘されてきました。経済産業省・金融庁・財務省は2022年12月23日に「経営者保証改革プログラム」を策定し、金融庁は監督指針の改正により保証を徴求する際の手続を厳格化して、安易な個人保証に依存した融資を抑制する方針を示しています。金融庁が2026年6月26日に公表した2025年度の実績では、民間金融機関(529機関)の新規融資件数に占める経営者保証に依存しない融資(無保証融資および停止条件付保証契約等の代替手法を活用した融資)の割合は、2024年度の52.9%から2025年度は55.7%に上昇しました。

(2) ガイドラインの3要件

「経営者保証に関するガイドライン」(平成25年12月公表・平成26年2月適用開始)は、中小企業・経営者・金融機関共通の自主的なルールとして、①資産の所有やお金のやりとりに関して法人と経営者が明確に区分・分離されていること、②財務基盤が強化されており法人のみの資産や収益力で返済が可能であること、③金融機関に対し適時適切に財務情報が開示されていること、の3要件を示しています。この全部または一部を満たす事業者は、経営者保証なしで融資を受けられる可能性、または既に提供している経営者保証を見直すことができる可能性があり、金融機関は要件の充足度合いに応じて、保証を求めないことや停止条件付保証契約(特約条項に違反しない限り保証債務の効力が発生しない契約)等の代替手法の活用を検討するものとされています。

(3) 交渉の時期

3要件はいずれも、決算内容が良好で財務情報を積極的に開示できる時期にしか充足できません。業績悪化後に保証の解除を申し入れれば、金融機関は倒産の準備と受け取り、応じることはまずありません。したがって、決算が良好な時期に、既存借入れについては保証契約の解除を、新規借入れまたは借換えについては無保証での融資を申し入れることが、経営者にとって最も効果の大きい防御手段となります。交渉に先立ち、法人と経営者間の貸付・仮払いの解消、月次決算と資金繰り表の整備、金融機関への定期的な報告体制の構築を進めておくことが求められます。

5 法人と経営者個人の財産分離

(1) 混同がもたらす法的帰結

業績が好調になると、会社の資金を経営者が自由に処分できる資金と誤認し、会社から役員への貸付、仮払い、経費の私的流用が未整理のまま累積する例が多く見られます。取締役は法令・定款および株主総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を行う義務を負い(会社法355条)、任務を怠って会社に損害を生じさせた場合には損害賠償責任を負います(同法423条1項)。税務上は、役員給与は定期同額給与等の要件を満たさなければ損金の額に算入されず(法人税法34条)、役員の私的支出を会社が負担した場合には役員給与と認定されるおそれがあります。さらに、法人と経営者の財産の混同は、前記4のガイドライン第1要件を欠くものと評価され、経営者保証の解除交渉において決定的に不利に働きます。

(2) 経営者個人の資産形成

法人と個人の財産を分離したうえで、適正な役員報酬を受け取り、経営者個人の資産形成を進めることは、会社に万一の事態が生じた場合に経営者とその家族の生活を守るための前提です。経営者保証を解除できていれば、株主有限責任(会社法104条)により会社の債務が経営者個人に及ぶことはなく、個人資産は会社の浮沈から切り離されます。「儲かってきたら個人資金を会社に投入する」といった資金の混在は、好調期のうちに解消しておくべきです。

点検事項

  • ① 業績・資産状況を取引先・知人・SNSで開示していないか。業績を尋ねられた際の応答を定型化しているか
  • ② 投資勧誘・金銭要求・借入申込みを受けた場合に「顧問弁護士に確認する」と回答して即答を避ける体制があるか
  • ③ 月商の数か月分を目安とする手元現預金の水準を設定し、新規投資はその確保後に行うルールとしているか
  • ④ 役員退職慰労金規程を整備し、支給の際に株主総会決議(会社法361条)を経る手続を確認しているか。適正額の算定について税理士と協議しているか
  • ⑤ 小規模企業共済等、経営者個人の退職金原資を法人の業績から切り離して形成する手段を検討したか
  • ⑥ 経営者保証ガイドラインの3要件(法人と個人の分離・財務基盤・情報開示)の充足状況を確認し、決算が良好な時期に既存保証の解除または無保証融資を金融機関に申し入れたか
  • ⑦ 会社から役員への貸付・仮払いが解消され、役員給与が定期同額給与等の要件を満たしているか
  • ⑧ 経営者個人の資産形成が会社の資金と分離された形で進められているか

よくあるご質問

Q. 経営者が自社の業績や資産状況を取引先や知人に話すことに、法的なリスクはありますか。

A. 業績や資力に関する情報を開示すること自体が違法となるわけではありませんが、実務上、投資詐欺の勧誘、示談金名目の金銭要求(恐喝罪・刑法249条に該当し得る行為)、親族・知人からの借入申込み、取引先からの値下げ要求、業績悪化時の信用不安の誘発といったトラブルを招く契機となります。警察庁の集計では、2025年のSNS型投資詐欺の認知件数は9,523件(前年比48.5%増)、被害額は1,288.0億円(同47.9%増)に達しています。また国税庁は「課税・徴収漏れに関する情報の提供」窓口を設けており、第三者が匿名で情報提供を行うことができます。資力に関する情報は、守秘義務を負う税理士・弁護士および開示義務のある金融機関に限定して開示することが望まれます。

Q. 役員退職金を損金に算入するには、どのような手続が必要ですか。

A. 退職給与は、役員給与の損金不算入を定める法人税法34条1項の適用対象から除かれており、不相当に高額な部分(同条2項・法人税法施行令70条)を除いて損金に算入されます。損金算入の時期は、国税庁タックスアンサーNo.5208のとおり、株主総会の決議等によって退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度が原則であり、実際に支払った事業年度において損金経理をした場合はその事業年度に算入することも認められます。役員退職慰労金は取締役の「報酬等」に該当するため、定款に定めがない限り株主総会の決議によって定める必要があり(会社法361条1項)、役員退職慰労金規程の整備と決議の記録化が前提となります。

Q. 経営者保証を解除してもらうための要件は何ですか。

A. 「経営者保証に関するガイドライン」は、①資産の所有やお金のやりとりに関して法人と経営者が明確に区分・分離されていること、②財務基盤が強化されており法人のみの資産や収益力で返済が可能であること、③金融機関に対し適時適切に財務情報が開示されていること、の3要件を示しており、その全部または一部を満たす事業者は経営者保証なしで融資を受けられる可能性、または既に提供している経営者保証を見直すことができる可能性があるとされています。金融機関は要件の充足度合いに応じて、保証を求めないことや停止条件付保証契約等の代替手法の活用を検討します。金融庁の集計では、民間金融機関の新規融資件数に占める経営者保証に依存しない融資の割合は2024年度52.9%から2025年度55.7%に上昇しています。3要件はいずれも業績好調期にしか整備できないため、決算内容が良好な時期に金融機関との交渉を開始することが重要です。

Q. 会社の資金を経営者個人の支出に充てることには、どのような問題がありますか。

A. 取締役は法令・定款・株主総会決議を遵守し会社のため忠実に職務を行う義務を負い(会社法355条)、任務を怠って会社に損害を生じさせた場合には損害賠償責任を負います(同法423条1項)。会社から役員への貸付や仮払いが未整理のまま累積すると、経営者保証ガイドラインの第1要件(法人と経営者の区分・分離)を欠くものと評価されて保証解除の交渉上不利になるほか、税務上は役員給与(定期同額給与等の要件を満たさないもの)と認定されて損金不算入となるおそれがあります(法人税法34条)。法人と経営者個人の財産を分離し、適正な役員報酬を受け取ったうえで経営者個人の資産形成を進めることが、経営者保証の解除と経営者・家族の生活防衛の双方に資します。

参考資料

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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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