2026年10月7日、公正取引委員会がビール大手4社の本社等に対し、価格カルテルの疑いで強制調査を行ったと報じられました。同日の事務総長定例会見では、酒類等の製造販売業者4社が価格カルテルを行っていた疑いについて「犯則調査を行っていることは否定いたしません」との発言があり、刑事告発を視野に入れた手続が用いられたとみられます。報道によれば、国税庁の統計で2024年のビール・発泡酒の国内売上は約1兆6,000億円、4社のシェアは9割超とされ、市民生活への影響の大きな事案です。
本件は2026年11月3日時点で違反が認定されたものではなく、各社も違反を認めていません。もっとも、本件が示す論点、すなわち「価格をそろえること」のどこからが違法となるのか、違反が認定された場合に企業と役員が負う責任、同業者・事業者団体との接触における注意点は、規模を問わず全ての事業者に関係します。本稿では、①事案の概要と調査手続、②不当な取引制限の要件、③違反が認定された場合の帰結、④今後の手続の見通し、⑤中小企業における実務対応を整理し、点検事項とFAQを示します。
1 事案の概要と調査手続
(1)報道されている事実関係
報道によれば、公正取引委員会は10月7日、アサヒビール、キリンビール、サントリー、サッポロビールの4社の本社等を捜索しました。4社は数年にわたり、卸売業者向けのビール・発泡酒・第三のビールの出荷価格について、改定の時期や引上げ幅の情報を共有していた疑いがあるとされています。また、業界団体の定例会合の後に営業担当の課長級社員が別途集まる場があり、価格の一覧表を共有しながら協議していたとみられること、一部の会社では協議内容が経営陣に報告されていたとされることも報じられています。各社は調査に全面的に協力する旨のコメントを出しています。
(2)行政調査と犯則調査
公正取引委員会の調査権限には、排除措置命令・課徴金納付命令といった行政処分のための行政調査(独占禁止法47条。立入検査等)と、刑事告発を目的とする犯則調査(同法102条以下)があります。行政調査の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないとされており(同法47条4項)、刑事責任の追及を視野に入れる場合には、裁判官があらかじめ発する許可状に基づき臨検・捜索・差押え等を行う犯則調査が用いられます。独占禁止法89条から91条までの罪は公正取引委員会の告発を待って論ずるものとされ(同法96条1項。専属告発)、告発の有無が刑事手続に進むかどうかを決します。報道によれば、飲食料品をめぐる犯則調査は今回が初めてとされています。
(3)事務総長会見における説明
事務総長は同会見において、コスト上昇分を価格に反映させること「自体を何か問題視しているわけではない」とする一方、「価格というのは重要な競争手段」であり、価格の設定は「それぞれの事業者が独立して行う必要がある」と述べています。価格転嫁そのものではなく、事業者間の共同行為が問題とされていることが明確にされています。
2 不当な取引制限の要件
(1)「共同して」対価を決定・引き上げること
独占禁止法は、事業者が契約、協定その他何らの名義をもってするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げる等相互にその事業活動を拘束し、一定の取引分野における競争を実質的に制限することを「不当な取引制限」と定義し(同法2条6項)、これを禁止しています(同法3条)。書面による合意は必要なく、口頭での申合せや、明示的な合意に至らない意思の連絡であっても、共同行為と評価され得る点に注意が必要です。
(2)独立した価格判断との区別
各事業者が自らの判断で値上げを行い、結果として価格や改定時期が近接することは、それ自体違法ではありません。他方で、競争者間で値上げの時期・幅に関する情報を事前に交換していた場合、その後の価格の一致は独立した判断の結果ではなく、共同行為の結果と推認される方向に働きます。価格は需要者が他社に移ることを抑止力として形成されるものであり、競争者間の調整はこの抑止力を失わせ、需要者から選択の余地を奪う点に違法性の本質があります。海外の研究では、カルテルによる価格の上昇幅は中央値で約25%と報告されています。
(3)事業者団体と情報交換
事業者団体が一定の取引分野における競争を実質的に制限することも禁止されています(同法8条1号)。公正取引委員会「事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」は、構成事業者の商品等の価格を決定し、又はその維持若しくは引上げを決定することを原則として違反となる行為として挙げるとともに、価格又は数量の「具体的な計画や見通し」について構成事業者との間で収集・提供を行い、又は構成事業者間の情報交換を促進することを「違反となるおそれがある」行為とし、こうした情報活動を通じて競争制限に係る暗黙の了解若しくは共通の意思が形成されれば原則として違反となるとしています。団体の正式な会合の内外を問わず、同業者が集まる場での価格に関する情報交換が最も典型的なリスク要因です。
3 違反が認定された場合の帰結
(1)排除措置命令と課徴金
価格カルテルについては、違反行為の実行期間における対象商品・役務の売上額に原則として10%を乗じた額の課徴金の納付が命じられます(同法7条の2第1項)。資本金・従業員数等の要件を満たす中小企業については4%とされます(同条2項)。令和元年改正(令和2年12月25日施行)により、算定の対象となる期間は調査開始日から最長10年まで遡ることとなりました(同法2条の2第13項)。また、過去10年以内に納付命令等を受けた事業者等については課徴金が加算される規定があります(同法7条の3)。過去最大の事例は、令和5年3月30日の旧一般電気事業者らに対する課徴金納付命令であり、総額1,010億3,399万円(うち中国電力707億1,586万円)に上りました。
(2)刑事罰と代表者の責任
不当な取引制限をした者は5年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金に処せられ(同法89条1項1号)、法人には両罰規定により5億円以下の罰金が科されます(同法95条1項1号)。さらに、違反の計画を知り、その防止に必要な措置を講ぜず、又は違反行為を知り、その是正に必要な措置を講じなかった法人の代表者にも罰金刑が科されます(同法95条の2)。直近では、令和8年4月17日、運送業者等向けに販売する軽油の価格カルテルについて、公正取引委員会が販売業者5社を検事総長に告発しています。同委員会の公表によれば、各社の担当者は東京都内の飲食店で面談し、前月比で1リットル当たり2円の引上げを目標とする等の合意をしていたとされます。
(3)課徴金減免制度
調査開始日前に単独で最初に違反行為を報告し資料を提出した事業者は課徴金が免除され(同法7条の4第1項)、2番目は20%、3番目から5番目は10%、6番目以降は5%が減額されます(同条2項)。調査開始日以後の申請にも一定の範囲で減額が認められ(同条3項)、これらに加えて事件の真相の解明に資する協力の程度に応じた減算(調査協力減算制度。同法7条の5)が行われます。前記の電力カルテルでは、関西電力は排除措置命令・課徴金納付命令の対象とされておらず、報道では最初に申告したとされています。違反に関与した事業者間では、他社が先に申告する可能性を常に考慮せざるを得ず、早期の事実確認と申請の要否の判断が企業防衛上重要となります。
(4)損害賠償責任
不当な取引制限をした事業者は、被害者に対し損害賠償責任を負い、故意又は過失がなかったことを証明して責任を免れることはできません(同法25条)。この請求権は排除措置命令(これがされなかった場合は納付命令)が確定した後でなければ裁判上主張できず、確定した日から3年で時効により消滅します(同法26条)。このほか、民法709条に基づく請求も考えられます。価格カルテルの場合、直接の取引先である卸売業者・小売業者等から、上乗せされた価格相当額の賠償を求められる可能性があります。
(5)役員の責任と株主代表訴訟
課徴金・罰金・損害賠償等により会社に損害が生じた場合、任務を怠った取締役は会社に対し損害賠償責任を負い(会社法423条1項)、株主は会社に代わってその責任を追及する訴えを提起できます(同法847条)。アスファルト合材の価格カルテルで課徴金納付命令を受けた上場会社については、株主が当時の取締役等4名に対し、一部連帯して最大18億3,417万円の賠償を会社に支払うよう求めた株主代表訴訟で、東京地裁が令和4年3月28日に請求を認容する判決を言い渡したことが、同社の適時開示により公表されています(被告側が控訴)。違反行為に直接関与していない役員であっても、内部統制の構築・運用の不備を理由に責任を問われる可能性がある点に留意が必要です。
4 今後の手続の見通し
犯則調査においては、押収資料や関係者の供述の分析を通じ、合意の主体・時期・場所・内容の特定が進められます。そのうえで、公正取引委員会が告発するか否かが刑事手続に進むかの分岐点となり、これとは別に、行政手続として排除措置命令・課徴金納付命令が行われるのが通常です。報道されているとおり協議内容が経営陣に報告されていたのであれば、代表者に対する同法95条の2の適用や株主代表訴訟が現実的な問題となります。手続の終結までには年単位の期間を要すると考えられ、その間、取引先や株主への説明、社内調査、再発防止策の策定といった対応が並行して求められます。
5 中小企業における実務対応
(1)中小企業にとってのリスク
独占禁止法違反は大企業に限られる問題ではありません。公正取引委員会の令和6年度の処理状況によれば、課徴金納付命令の対象は延べ33名の事業者、総額37億604万円であり、排除措置命令21件の内訳は価格カルテル4件、入札談合6件、受注調整6件、不公正な取引方法5件でした。同業者間の距離が近い地域の業界、業界団体の活動が活発な業界ほど、価格や受注に関する情報が交わされやすく、意図せず違反に巻き込まれるリスクがあります。
(2)同業者との会合における対応
同業者の会合や懇親の場で、自社又は他社の今後の価格・値上げ予定・受注予定が話題となった場合には、その話題には応じられない旨を明確に表明して退席し、日時・出席者・発言内容を記録しておくことが重要です。黙って同席を続けることは、後に意思の連絡があったと評価される材料となり得ます。情報交換が許容されるのは、既に公表された情報や過去の一般的な市況の範囲にとどめるべきです。
(3)事業者団体の会合の運営
事業者団体の会合については、議題を事前に確認し、価格・数量・取引先・受注に関する具体的事項が含まれていないことを確認するとともに、議事録を作成・保存することが望まれます。正式な会合の後の非公式な集まりが問題の場となることも多いため、出席者に対する事前の注意喚起も有効です。
(4)社内規程と研修
独占禁止法遵守規程を整備し、営業担当者や価格決定権限を有する者に対し、違反行為の類型、刑事罰・課徴金の内容、同業者との接触時の行動基準を研修することが基本となります。中小企業では値決めが現場の担当者に委ねられている例も少なくないため、権限の所在に応じた教育と、同業者との接触の報告ルールの整備が必要です。
(5)違反の疑いが判明した場合の対応
違反への関与の疑いが判明した場合には、関与を黙って解消するのではなく、速やかに事実関係を調査し、証拠を保全したうえで、課徴金減免申請の要否と時期を検討する必要があります。減免は申請の順位によって効果が大きく異なるため、判断の遅れはそれ自体が重大な不利益につながり得ます。初動の段階から専門家の関与を得ることをお勧めします。
(6)被害者としての権利の確保
仕入先がカルテルを行っていた場合、自社は被害者として損害賠償を請求し得る立場にあります。同法25条に基づく請求には命令確定後3年の期間制限があるため、取引先に対する処分の報道に接した場合には、過去の仕入価格や取引条件の記録を保全しておくことが有益です。一方で、仕入価格の上昇を理由に同業者と販売価格の引上げを申し合わせれば、自社が違反の当事者となります。価格の改定は自社の判断で行うことが原則です。
企業が点検すべき事項
- 同業者の会合・懇親会で、今後の価格・値上げ予定・受注予定が話題になっていないか
- 価格に関する話題が出た場合の退席・記録のルールが定められ、周知されているか
- 業界団体の会合の議題を事前に確認し、議事録を作成・保存しているか
- 正式な会合の後の非公式な集まりの実態を把握しているか
- 独占禁止法遵守規程が整備され、営業担当者・価格決定権限者に研修を行っているか
- 同業者との接触(会合・電話・メッセージ等)を上長に報告するルールがあるか
- 価格改定の決定過程(根拠となるコスト・市況・決裁)が社内記録として残されているか
- 違反の疑いが判明した場合の社内調査・証拠保全・減免申請の検討手順が決まっているか
- 取締役会が独占禁止法遵守の体制を把握し、内部統制として監督しているか
- 仕入先に対する処分の情報に接した場合に、取引記録を保全する体制があるか
よくあるご質問
Q. 原材料費の高騰を理由に、同業他社と同じ時期に値上げすることは違法ですか。
A. 自社の判断で行う値上げであれば違法ではありません。結果として時期や幅が他社と近接しても、それだけで不当な取引制限となるものではありません。問題となるのは、値上げの時期・幅について競争者と事前に情報を交換し、又は申し合わせることです。価格改定の根拠となるコストや市況、社内の決裁過程を記録しておくことが、独立した判断であることの裏付けとなります。
Q. 同業者との懇親会で値上げの話題が出て、黙って聞いていただけでも問題になりますか。
A. 発言をしていなくても、同席を続けた事実やその後の自社の価格改定の状況によっては、意思の連絡があったと評価される材料となり得ます。価格に関する話題が出た場合には、応じられない旨を明確にして退席し、日時・出席者・発言内容を記録しておくことをお勧めします。
Q. 中小企業でも課徴金や刑事罰の対象となりますか。
A. 対象となります。課徴金の算定率は一定の中小企業について4%に軽減されていますが、実行期間は最長10年まで遡り得ます。刑事罰についても企業規模による区別はなく、担当者個人、法人、違反を知りながら放置した代表者が処罰の対象となり得ます。令和6年度の排除措置命令21件のうち、入札談合・受注調整が12件を占めています。
Q. 過去のカルテルに関与していたことが判明した場合、どうすべきですか。
A. 関与を黙って解消するだけでは、既に行われた違反の責任は消えません。速やかに事実関係を調査して証拠を保全し、課徴金減免申請の要否と時期を検討してください。減免の効果は申請の順位によって大きく異なり、調査開始日前に最初に申請した事業者のみが全額免除の対象となります。判断を急ぐ必要があるため、早期に弁護士に相談することをお勧めします。
まとめ
ビール大手4社に対する犯則調査は、価格カルテルが刑事告発の対象となり得る重大な違反であることを改めて示すものです。違法とされるのは価格が一致することではなく、競争者と共同して価格を決定・引き上げることであり、違反が認定されれば、課徴金(原則10%・最長10年)、刑事罰、損害賠償、役員の責任追及が連鎖的に生じ得ます。同業者や事業者団体との接触が多い中小企業ほど、価格に関する情報交換を避ける行動基準の整備、社内研修、価格決定過程の記録、違反の疑いが生じた場合の初動手順の確立に取り組むことが重要です。
参考資料
- 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(e-Gov法令検索)(第2条第6項・第2条の2・第3条・第7条の2〜第7条の5・第8条・第25条・第26条・第47条・第89条・第95条・第95条の2・第96条・第102条)
- 会社法(e-Gov法令検索)(第423条・第847条)
- 公正取引委員会 事務総長定例会見記録(令和8年10月7日)
- 公正取引委員会「旧一般電気事業者らに対する排除措置命令及び課徴金納付命令等について」(令和5年3月30日)/同「軽油販売業者による価格カルテルに係る告発について」(令和8年4月17日)
- 公正取引委員会「令和6年度における独占禁止法違反事件の処理状況について」(令和7年5月1日)
- 公正取引委員会「課徴金減免制度」/同「令和元年独占禁止法改正」/同「事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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