Column

内部統制システムの構築義務と「経営者による無効化」 ― 会社法362条・大和銀行株主代表訴訟にみる役員責任、トップの暴走を防ぐ内部通報体制と中小企業の職務分掌の実務

「内部統制」は、大企業に固有の形式的な手続と受け止められがちですが、その本質は、経営者が安心して事業上のリスクテイクを行うための制動装置(ブレーキ)です。そして実務上、内部統制が機能不全に陥る最大の原因は、現場の過誤ではなく「経営者による内部統制の無効化」――ルールを設計する側の経営トップ自身がルールを無視する事態――にあります。東京商工リサーチの集計によれば、2024年度の「コンプライアンス違反」倒産は317件と過去最多を更新しており、統制の崩壊が企業の存続に直結する状況は、会社の規模を問いません。本コラムでは、内部統制システム構築義務の法的根拠と役員責任、経営者による無効化が現実化した近時の事案、そして中小企業が最小のコストで着手できる実務対応を解説します。

内部統制の位置づけ ― ガバナンス・コンプライアンスとの関係

コーポレートガバナンス・内部統制・コンプライアンスは、監視の主体と対象によって階層的に整理できます。最上位のコーポレートガバナンスは、株主・社外取締役・監査役等の外部の目によって「経営者」を監視する企業統治の設計です。中間層の内部統制・リスクマネジメントは、経営者が「従業員」の過誤・不正を防止するために整備する業務上の仕組みであり、経費精算の複数名チェックや契約書の法務審査がその典型です。土台となるコンプライアンスは、法令のみならず倫理を含めた誠実な遵守の姿勢そのものを指します。重要なのは監視のベクトルの違いです。ガバナンスは外部から経営者を、内部統制は経営者が従業員を監視する構造であるため、経営者自身の不正に対して内部統制は構造的に無力であり、これを補完する仕組みが別途必要になります(後述)。

法的根拠と役員責任 ― 会社法362条と大和銀行株主代表訴訟

会社法362条4項6号は、取締役の職務執行の法令・定款適合性その他業務の適正を確保するための体制(いわゆる内部統制システム)の整備を取締役会の専決事項とし、同条5項は、大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上)である取締役会設置会社の取締役会に対し、その決定を義務付けています。

この義務を裁判上初めて正面から認めたのが、大和銀行株主代表訴訟第一審判決(大阪地判平成12年9月20日)です。同判決は、ニューヨーク支店の一行員による約11億ドルの巨額損失事件について、従業員の不正行為を防止し損失の拡大を最小限にとどめるための内部統制システムを構築すべき善管注意義務・忠実義務を取締役が負うことを明示し、取締役ら11名に総額約829億円(7億7,500万ドル)の損害賠償を命じました(同事件は控訴審における和解により終結)。役員「個人」がこの規模の賠償責任を問われ得るという同判決の衝撃は、その後の会社法制定時における内部統制システム規定の明文化にもつながっており、内部統制体制の整備は現在、取締役の善管注意義務の一内容として確立しています。大会社に該当しない中小企業の取締役も、会社の規模・事業内容に応じたリスク管理体制を整備すべき義務を免れるものではなく、体制の不備により会社に損害が生じた場合には任務懈怠責任(会社法423条)を問われ得ます。

「経営者による無効化」の現実 ― 近時の事案

内部統制の教科書的な脅威は従業員の過誤・不正ですが、実際に企業を揺るがせてきたのは、経営トップ自身による統制の無効化です。

  • ENEOSホールディングス――2022年に会長が、2023年12月には社長が、いずれも酒席における不適切行為により相次いで退任・解任に至りました。後者は内部通報を端緒として監査等委員会主導の外部弁護士調査が行われた事案であり、経営トップを経由しない報告経路が機能した例でもあります。
  • ビッグモーター――保険金の水増し請求が組織的に行われ、金融庁は2023年11月30日付で損害保険代理店登録を取り消しました。ガバナンスの欠如と募集管理体制の不備を理由とする、監督当局発足以来初の登録取消処分です。
  • ダイハツ工業――第三者委員会が174件の認証試験不正を認定し、全車種の出荷停止に至りました。最も古い不正は1989年に遡り、同委員会は真因を「経営の問題」と断じています。
  • 東芝――不正会計により歴代3社長が辞任。第三者委員会は、利益のかさ上げが歴代トップの関与のもと「経営判断として」行われたと認定しました。

これらに共通するのは、現場が統制を壊したのではなく、経営トップの姿勢と旧態依然とした企業文化が「この程度は許容される」という空気を醸成し、制動をかける者が不在になったという構造です。

無効化への対抗策 ― 経営トップを経由しない報告経路と統制環境

経営者による無効化に対抗する仕組みは、大きく2つです。

第一に、経営トップを経由しない報告経路の整備です。通常、現場の不正は経営者への報告により是正されますが、経営者自身が不正の主体である場合、この経路は機能しません。社外の弁護士窓口を含む内部通報制度、監査役・社外役員への直通ルートを平時から整備し、通報者の保護を明文化しておく必要があります。公益通報者保護法上、常時使用する労働者数が300人を超える事業者には内部公益通報対応体制の整備が義務付けられており(300人以下は努力義務)、体制の不存在自体が法令上の不備となり得ます。

第二に、統制環境(企業文化)の更新です。規程を整備しても、ハラスメントやコンプライアンスに関する基準が時代に合致しないままでは形骸化を免れません。経営陣自身が基準を更新し続けること、そして「社長だから例外」という特例を設けないことが、無効化に対する最大の防壁となります。

中小企業の実務 ― 職務分掌と可視化から始める

中小企業に大部の規程集は不要です。費用対効果の観点から最初に着手すべきは職務の分離、すなわち申請・承認・記録の担当を分けることです。とりわけ「資金の承認」と「資金の管理」を同一人物に委ねないことが重要です。実務上、創業期からの経理担当者に通帳・印鑑・カードの管理を一任し、経営者すら資金の流れを把握できないブラックボックスが形成されている例が少なくなく、これが横領の最大の温床となります。承認は経営者、出納は経理、記帳の確認は税理士と分離するだけで、不正の相当部分は防止できます。

次いで可視化です。現預金・印鑑の管理方法や稟議のルールを、紙1枚で足りるので明文化する。加えて、預金残高と帳簿の照合、経費精算の複数名チェックといった月次の相互検証を簡易なチェックリストで回すことが、中小企業における内部統制の現実的な第一歩となります。

よくあるご質問

Q. 中小企業にも内部統制システムの構築義務はありますか。

A. 会社法362条5項の決定義務の対象は大会社である取締役会設置会社ですが、大会社に該当しない会社の取締役も、善管注意義務の一内容として、会社の規模・事業内容に応じたリスク管理体制を整備すべき義務を負うと解されています。従業員の横領を放置できる管理状態にしていた場合など、体制の不備は役員個人の任務懈怠責任(会社法423条)に直結し得ます。

Q. 経営トップ自身の不正は、どのような仕組みで防ぐのですか。

A. 内部統制は経営者が従業員を管理する仕組みであるため、経営者自身の不正には構造的に無力です。株主・社外役員・監査役等による外部からの監視(ガバナンス)と、社外の弁護士窓口・監査役直通ルートなど経営トップを経由しない報告経路の整備が対抗策となります。通報者保護の明文化とセットで、平時から準備しておくことが肝要です。

Q. 内部統制の不備について、役員はどこまで責任を負いますか。

A. 大和銀行株主代表訴訟第一審判決は取締役ら11名に総額約829億円の賠償を命じ(控訴審で和解終結)、内部統制システム構築義務が取締役の善管注意義務の一内容であることを確立しました。要求される体制の水準は会社の規模により異なりますが、「知らなかった」という弁明では免責されません。

まとめ

本稿の要点は次のとおりです。①内部統制は経営者が従業員を管理する仕組み、ガバナンスは外部が経営者を監視する仕組みであり、監視のベクトルが異なること、②内部統制システムの整備は大会社の取締役会の法定義務であるとともに、大和銀行株主代表訴訟以降、取締役の善管注意義務の内容として確立しており、不備は役員個人の重大な賠償リスクとなること、③実務上の最大の脅威は「経営者による無効化」であり、経営トップを経由しない報告経路(内部通報・監査役直通)と統制環境の更新が対抗策となること、④中小企業は職務分掌(承認・出納・記帳の分離)と紙1枚の可視化から着手すべきこと、の4点です。当事務所では、社内規程・職務分掌規程の整備、内部通報窓口(社外弁護士窓口)の設計・受託、役員責任に関する助言、不祥事発覚時の調査対応まで、ガバナンス体制の構築を一貫して支援しています。統制は、事故が起きる前に整備してこそ意味があります。お早めにご相談ください。

参考資料

関連する取扱業務・関連コラム

本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度は2026年8月時点の情報に基づきます。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

← コラム一覧へ戻る

職務分掌・内部通報窓口・ガバナンス体制の整備は、
事故が起きる前にご相談ください。

電話 — 平日 10:30 – 17:00 03 - 6824 - 4639

メール でのお問い合わせは 24 時間受付