Column

退職勧奨を拒否された使用者の対応 ― 解雇との区別(労働契約法16条・労働基準法20条)、退職勧奨の適法性の判断枠組み(下関商業高校事件・日本アイ・ビー・エム事件)、面談の運用基準、注意指導の記録化と配置転換、解決金の相場を踏まえた合意退職の条件設計と退職合意書

勤務態度や能力に問題のある従業員に対し、使用者が退職を勧めたものの、従業員がこれに応じない。このような場合に、使用者が「退職勧奨に応じないのであれば、残る手段は解雇しかない」と考え、解雇に踏み切る例が少なくありません。しかし、退職勧奨と解雇は、法律上まったく異なる行為であり、退職勧奨が奏功しなかったことは、解雇の理由にはなりません。他方で、退職勧奨は、一度拒否されたら二度と行ってはならないというものでもなく、裁判例は、その態様が社会通念上相当と認められる限度を超えたか否かによって適法・違法を判断しています。

本稿では、①退職勧奨と解雇の法的な区別、②退職勧奨の適法性に関する判断枠組み、③面談の運用基準、④退職勧奨と並行して行うべき措置、⑤合意退職の条件設計と退職合意書、⑥合意に至らない場合の最終判断の順に整理し、退職勧奨を拒否された使用者の点検事項を示します。

1 退職勧奨と解雇の法的な区別

(1) 退職勧奨の法的性質

退職勧奨とは、使用者が労働者に対し、退職を勧めることをいいます。厚生労働省も、退職勧奨を「使用者が労働者に対し『辞めてほしい』『辞めてくれないか』などと言って、退職を勧めること」と説明しています。退職勧奨は、法律上は、労働契約を合意により終了させることの申込み、またはその誘引にあたり、労働者がこれに応じて退職の意思を表示することによって、合意退職が成立します。労働者には、退職勧奨に応じる義務はなく、応じるか否かは労働者の自由な意思に委ねられています。

(2) 解雇の要件と解雇予告

これに対し、解雇は、使用者の一方的な意思表示によって労働契約を終了させる行為です。解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利を濫用したものとして無効となります(労働契約法16条)。退職勧奨に応じなかったという事実は、解雇の客観的に合理的な理由にはなりません。退職勧奨を行う前から存在していた理由(勤務成績の不良、勤務態度の問題等)が、解雇を正当化するだけの程度に達しているか、そして、改善の機会の付与や配置転換等のより穏当な手段を尽くしたうえでの解雇として相当といえるかが問われます。

使用者が労働者を解雇しようとする場合には、少なくとも30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければなりません(労働基準法20条1項)。この規定は、解雇の手続きに関する規律であり、予告または予告手当の支払いをしたからといって、労働契約法16条の要件を欠く解雇が有効になるわけではありません。「30日前に予告すれば解雇できる」との理解は誤りです。

(3) 解雇が無効とされた場合の経済的帰結

労働政策研究・研修機構(JILPT)が2020年および2021年の裁判上の和解282件と労働審判785件を分析した調査によれば、解雇事案における解決金の中央値は、裁判上の和解で300万円(月収換算の中央値7.3か月分)、労働審判で150万円(同4.7か月分)です。さらに、解雇が無効と判断された場合には、解雇後の期間について、労働者が就労していなくても賃金(いわゆるバックペイ)の支払義務が生じます。紛争が1年続けば、年収1年分に相当する額が加わることになります。

紛争の件数も高止まりしています。厚生労働省の公表によれば、令和7年度に全国の総合労働相談コーナーに寄せられた総合労働相談は119万8,010件で、18年連続で100万件を超えています。また、紛争調整委員会によるあっせんの申請を紛争内容別にみると、「解雇」が892件で最多です。退職勧奨が奏功しなかったことを理由に解雇に踏み切ることは、紛争の当事者となる可能性を自ら高める選択であるといえます。

2 退職勧奨の適法性に関する判断枠組み

(1) 違法とされた例 ― 下関商業高校事件

最高裁昭和55年7月10日第一小法廷判決(昭和52年(オ)第405号)は、市立高等学校の教員に対する退職勧奨について、市教育委員会の担当者が、退職するまで勧奨を続ける旨を繰り返し述べて、短期間内に多数回、長時間にわたり執拗に退職を勧奨した行為を違法と判断し、損害賠償責任を認めた原審の判断を維持しました。退職勧奨そのものが違法なのではなく、退職しない意思を明確に表明している労働者に対し、新たな事情の提示もなく、多数回・長時間にわたって同一の要求を繰り返す態様が、労働者の自由な意思決定を妨げる不法行為(民法709条)と評価されたものです。

(2) 適法とされた例 ― 日本アイ・ビー・エム事件

東京地裁平成23年12月28日判決(日本アイ・ビー・エム事件)は、特別支援金の支払いなどの有利な退職条件を定めたプログラムに基づいて退職勧奨を受けた従業員4名が、退職勧奨を拒否した後も説得を続けられたことは違法な退職強要であると主張して慰謝料を請求した事案です。判決は、退職勧奨が、社会通念上相当と認められる限度を超えて、労働者に不当な心理的圧力を加えたり、名誉感情を害する言辞を用いたりした場合には違法となるとの基準を示したうえで、労働者が退職に消極的な意思を示した場合であっても、使用者が直ちに説得活動を終えなければならない義務はないとし、有利な退職条件を熟慮・検討させる過程における複数回の面談は、その限度を超えるものではないと判断して、請求を棄却しました。

(3) 判断要素の整理

両判決を踏まえると、退職勧奨の適法性は、おおむね次の3つの要素によって判断されると整理することができます。

  • ① 労働者の意思表明への対応 ― 労働者が退職しない意思を確定的に表明した後に、新たな条件や情報の提示もなく同一の要求を繰り返すことは、自由な意思決定を妨げる行為と評価されやすい。これに対し、新たな退職条件や、退職を求める事情に関する新たな情報を示したうえで再考を求めることは、説得の範囲内と評価される余地がある
  • ② 面談の態様 ― 回数、1回あたりの時間、頻度、使用者側の出席者の人数、場所。内容が正当であっても、多人数で取り囲む、長時間拘束する、連日呼び出すといった態様は、心理的圧力と評価される
  • ③ 言辞 ― 「辞めなければ解雇する」といった解雇の示唆、「あなたの居場所はない」「あなたが必要だと思っている者はいない」といった人格や名誉感情を害する発言は、違法性を基礎づける典型例である

(4) 違法な退職勧奨がもたらす帰結

違法な退職勧奨は、不法行為として慰謝料等の損害賠償責任を生じさせます。また、仮に労働者が退職に応じたとしても、その意思表示が強迫によるものと評価されれば取り消すことができ(民法96条1項)、退職の合意そのものが覆る可能性があります。退職勧奨の過程で録音がされていることは、現在では一般的です。使用者は、面談のすべてが録音されている前提で臨む必要があります。

3 面談の運用基準

前記2の判断要素を踏まえ、当事務所が顧問先に提示している退職勧奨の面談の運用基準は、次のとおりです。

  • 面談は1回30分程度までとし、使用者側の出席者は2名までとする
  • 面談は録音されている前提で行い、事実と、退職を求める理由、提示する条件を淡々と説明する。解雇を示唆する発言、人格・名誉に関わる発言はしない
  • 労働者が明確に拒否した場合は、その場で切り上げる。回答を求める場合は、検討のための期間を与える
  • 再度の面談は、1〜2週間程度の期間を空け、かつ、新たな条件または情報を提示できるときに限る。連日の呼び出しは行わない
  • 面談ごとに、日時、出席者、所要時間、説明内容、労働者の発言を記録する

退職勧奨は、「お願い」である限りは適法ですが、「追い込み」に転じた時点で違法となります。両者の境界は、使用者の主観ではなく、前記の客観的な態様によって判断されることに留意する必要があります。

4 退職勧奨と並行して行うべき措置

(1) 注意指導と記録化

使用者が退職を求めるに至ったことには、通常、勤務成績や勤務態度に関する何らかの原因があります。その原因に対しては、退職勧奨とは別に、業務上の注意指導を行い、その内容を記録に残す必要があります。いつ、どのような事実があり、何が問題であったのかを具体的に示し、改善すべき事項と期限を明示したうえで、日付のある書面または電子メールで記録します。裁判所は、解雇の相当性の判断において、使用者が改善の機会を与えたかどうかを、主として記録によって判断します。口頭の注意を重ねても記録がなければ、改善の機会を与えた事実を立証することは困難です。

注意指導の目的は、将来の解雇に備えることだけではありません。指導の過程で労働者の勤務状況が改善すれば、退職を求める必要そのものがなくなります。いずれの結果になっても使用者にとって不利益はなく、退職勧奨と並行して直ちに着手すべき措置です。

(2) 配置転換の検討

現在の部署で成果が出ない労働者であっても、別の業務では能力を発揮することは珍しくありません。業務との不適合や、特定の人間関係に起因する問題である場合には、配置転換によって状況が改善することがあります。また、裁判所は、解雇の相当性を判断するにあたり、使用者が解雇を回避するためのより穏当な手段を尽くしたかを考慮します。配置転換を試みた事実は、万一解雇に至った場合に、使用者が解雇回避の努力を尽くしたことを示す重要な事実となります。もとより、配置転換の命令も無制限ではなく、業務上の必要性がない場合、不当な動機・目的による場合、または労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合には、権利の濫用と評価されます。退職に追い込む目的での配置転換は、それ自体が違法と評価される可能性があります。

(3) 改善期間の設定と評価

注意指導は、期間を区切り、達成すべき水準を示し、定期的な面談で進捗を確認し、期間満了時に記録に基づいて評価するという形で運用することが望ましいといえます。改善が認められなかったという客観的な事実が積み上がることによって、条件を見直した退職の再提案や、最終手段としての解雇を検討する前提が整います。他方、業務を取り上げて放置する、達成不可能な目標を課す、席を隔離するといった運用は、指導ではなくハラスメントであり、それ自体が損害賠償の対象となります。

5 合意退職の条件設計と退職合意書

(1) 上乗せ金の水準

注意指導や配置転換を経ても状況が変わらない場合、改めて退職の協議を行うことになりますが、その際には、単に退職を求めるのではなく、条件を見直すことが重要です。前記1(3)のとおり、紛争となった場合の解決金の中央値は、労働審判で月収の4.7か月分、裁判上の和解で7.3か月分です。これが「紛争となった場合の相場」であるとすれば、これを下回る水準の上乗せ金、例えば月収数か月分を提示して合意退職が成立することは、使用者にとって合理的な支出であると説明することができます。

(2) 金銭以外の条件

金銭以外にも、労働者の納得を得やすくする条件があります。退職日までの就業を免除すること(賃金の支払いは必要です)、年次有給休暇の残日数を退職日までに取得させること、離職理由の取扱いなどです。離職理由については、事業主から退職するよう勧奨を受けたことにより離職した者は、雇用保険法上の特定受給資格者に該当します(雇用保険法23条2項2号、同法施行規則36条9号)。退職勧奨に応じた退職は、労働者の自己の都合による退職とは異なる取扱いとなり、離職票の離職理由もこれに即して記載する必要があります。この点は労働者の関心が高く、協議の材料となることが多い事項です。

(3) 退職合意書の作成

合意が成立した場合は、退職合意書を作成します。退職日、退職の経緯(会社の退職勧奨に応じた合意退職であること)、上乗せ金の額・名目・支払期日、退職日までの就業免除と年次有給休暇の取扱い、貸与物の返還、秘密保持、相互の誹謗中傷の禁止、そして、合意書に定めるもののほかに相互に債権債務がないことを確認する清算条項を定めます。なお、労働者から退職の事由等についての証明書を請求された場合、使用者は遅滞なくこれを交付しなければなりません(労働基準法22条1項)。

6 合意に至らない場合の最終判断

以上の手順を尽くしても合意に至らない場合、最終的には解雇を検討せざるを得ないことがあります。その場合であっても、解雇の有効性は労働契約法16条の要件によって判断され、前記4の注意指導の記録、配置転換の実施、改善期間における評価の積み上げが、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を基礎づける事実となります。これらを欠いたまま、退職勧奨の拒否を契機として解雇に踏み切ることは、前記1(3)の経済的帰結を招く可能性が高いといえます。

弁護士への相談の時期は、退職勧奨を切り出す前が理想ですが、遅くとも、①労働者が明確に拒否し次の面談の進め方を検討するとき、②注意指導と改善期間の設計を行うとき、③解雇通知を出す前の3つの場面では、相談を経ることをお勧めします。解雇通知を出した後は、使用者が選択できる手段は大きく狭まります。

点検事項

  • ① 退職勧奨を拒否された後、「解雇するしかない」という前提で動いていないか。解雇の客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を、退職勧奨とは切り離して検討しているか
  • ② これまでの面談の回数、1回あたりの時間、頻度、使用者側の出席者の人数、発言内容を把握しているか。解雇の示唆や人格に関わる発言がなかったか
  • ③ 労働者が確定的に拒否した後に、新たな条件や情報の提示なく同一の要求を繰り返していないか
  • ④ 面談は1回30分程度・使用者側2名まで・録音前提という基準で運用し、面談記録を作成しているか
  • ⑤ 退職を求める原因となった勤務上の問題について、具体的な注意指導を行い、日付のある書面または電子メールで記録しているか。改善事項と期限を明示しているか
  • ⑥ 配置転換の可能性を検討したか。配置転換を行う場合、業務上の必要性を説明できるか
  • ⑦ 上乗せ金の水準を、紛争となった場合の解決金の相場と比較して検討したか。就業免除、年次有給休暇、離職理由の取扱いなど金銭以外の条件を整理しているか
  • ⑧ 合意が成立した場合の退職合意書(退職日・上乗せ金・清算条項・秘密保持等)を準備しているか

よくあるご質問

Q. 退職勧奨を断られました。30日分の解雇予告手当を支払えば、解雇できますか。

A. できません。解雇予告手当(労働基準法20条1項)は、解雇の手続きに関する規律であり、これを支払っても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効です(労働契約法16条)。退職勧奨に応じなかったことは、解雇の理由にはなりません。退職勧奨を行う前から存在する勤務上の問題について、注意指導と改善の機会の付与、配置転換等の手段を尽くしたうえで、なお解雇が相当といえるかを検討する必要があります。

Q. 一度断られた労働者に、再び退職を勧めることは違法ですか。

A. 再度の退職勧奨そのものが違法になるわけではありません。裁判例は、労働者が退職に消極的な意思を示した場合でも、使用者が直ちに説得を終えなければならない義務はないとしています。ただし、退職しない意思を確定的に表明した労働者に対し、新たな条件や情報の提示もなく、多数回・長時間にわたって同一の要求を繰り返すことや、解雇の示唆、人格を害する発言は、違法な退職強要と評価されます。再度の面談は、期間を空け、新たな条件や情報を提示できるときに限って行うことをお勧めします。

Q. 上乗せ金はいくら提示すればよいですか。

A. 法令上の基準はありません。参考になるのは、紛争となった場合の解決金の水準です。労働政策研究・研修機構の調査によれば、解雇事案の解決金の中央値は、労働審判で150万円(月収換算4.7か月分)、裁判上の和解で300万円(同7.3か月分)です。これを下回る水準、例えば月収数か月分の上乗せで合意退職が成立するのであれば、紛争に至った場合の費用と比較して合理的な支出であると説明することができます。金額だけでなく、就業免除、年次有給休暇の取扱い、離職理由の取扱いを組み合わせることも有効です。

Q. 退職勧奨に応じて退職した場合、離職理由は「自己都合」になりますか。

A. なりません。事業主から退職するよう勧奨を受けたことにより離職した者は、雇用保険法上の特定受給資格者に該当します(雇用保険法23条2項2号、同法施行規則36条9号)。労働者が自らの意思で退職する自己都合退職とは異なる取扱いであり、離職票の離職理由は、退職勧奨に応じた離職であることに即して記載する必要があります。実態と異なる離職理由を記載することは、事後に紛争の原因となります。

まとめ

退職勧奨を拒否されたことは、解雇の理由にはなりません。解雇は、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が備わったときに限って有効であり、解雇予告は手続きの規律にすぎません。一方、退職勧奨は一度拒否されたら終わりというものではなく、労働者の意思への向き合い方、面談の態様、言辞という3つの要素において社会通念上相当な限度を守る限り、新たな条件や情報を示して再考を求めることは許容されます。使用者が行うべきことは、面談の運用基準を守りながら、注意指導の記録化、配置転換の検討、改善期間の設定を並行して進め、紛争となった場合の相場を踏まえた条件で合意退職の再提案を行うことです。当事務所では、退職勧奨の面談の想定問答の作成、注意指導と記録の設計、退職条件の検討と退職合意書の作成、労働審判・あっせんへの対応を、顧問契約に基づき継続的に支援しています。

参考資料

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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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