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労働局のあっせん通知への対応 ― 個別労働関係紛争解決促進法に基づくあっせん制度の構造、労働審判・訴訟との比較、不参加による打ち切りと時効の完成猶予(同法16条)、期日に向けた準備と合意書の清算条項

退職した従業員が都道府県労働局にあっせんを申請し、事業主のもとに「あっせん開始通知」が届く事案は珍しくありません。厚生労働省が公表した令和6年度の個別労働紛争解決制度の施行状況によれば、総合労働相談件数は120万1,881件と5年連続で120万件を超え、紛争調整委員会に対するあっせん申請は3,867件(前年度比4.9%増)に達しています。あっせんは参加が任意であり不参加に制裁はありませんが、実務上は「罰則がないから対応しない」という判断が、結果として労働審判・訴訟への移行と解決水準の上昇を招く事例が多く見られます。本コラムでは、あっせん制度の法的構造と統計、労働審判・訴訟との比較を整理したうえで、通知を受領した事業主が講じるべき対応を解説します。

1 あっせん制度の法的構造

(1)根拠法と手続の主体

労働局のあっせんは、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成13年法律第112号。以下「個別労働紛争解決促進法」)に基づく手続です。同法5条1項は、都道府県労働局長が、個別労働関係紛争の当事者の双方または一方からあっせんの申請があった場合において、紛争の解決のために必要があると認めるときは、紛争調整委員会にあっせんを行わせる旨を定めています。あっせんを担当するのは、労働局の職員ではなく、弁護士・大学教授・社会保険労務士等の労働問題の専門家から任命されるあっせん委員です。

重要なのは、あっせんが事業主に対する調査・監督・処分の手続ではないという点です。労働基準監督署による臨検監督とは性質が全く異なり、あっせん開始通知の受領は、法令違反の認定や行政処分を意味しません。あっせんは、あくまで当事者間の話し合いによる解決を第三者が調整する手続であり、あっせん案の受諾も参加そのものも当事者の任意に委ねられています。

(2)手続の流れと特徴

典型的な流れは、労働者が総合労働相談コーナー等を経てあっせんを申請し、労働局長が紛争調整委員会にあっせんを委任し、双方の当事者に開始通知が送付され、参加の意思確認を経て期日が開かれる、というものです。制度上は事業主からの申請も可能ですが、令和6年度の申請人の内訳は労働者が98.6%を占めており、事業主は通知を受領する側になるのが実態です。手続は無料かつ非公開で、令和6年度に処理を終えた3,782件のうち76.5%が2か月以内に終了しています。

(3)対象となる紛争

あっせんの対象は個々の労働者と事業主との間の紛争であり、労働組合と事業主との間の集団的労使紛争や労働者間の紛争は対象外です。令和6年度の申請内容は、解雇(普通解雇・整理解雇・懲戒解雇の合計)792件、いじめ・嫌がらせ716件、雇止め433件、労働条件の引き下げ399件、退職勧奨344件の順で、雇用終了をめぐる紛争とハラスメントが中心を占めています。

2 労働審判・訴訟との比較

あっせんと裁判所の手続との本質的な差異は、あっせんが当事者の合意を前提とする任意の調整手続であるのに対し、訴訟は判決により権利義務を確定させる強制的な手続である点にあります。比較の要点は次のとおりです。

  • 担当者:あっせんは労働問題の専門家であるあっせん委員/労働審判は裁判官(労働審判官)と労働審判員/訴訟は裁判官
  • 費用:あっせんは無料/労働審判・訴訟は申立手数料(印紙代)と代理人費用を要する
  • 期間:あっせんは76.5%が2か月以内に終了/労働審判は原則3回以内の期日/訴訟は1年以上を要することも珍しくない
  • 公開性:あっせんは非公開/労働審判は非公開/訴訟は原則公開
  • 強制力:あっせん案に拘束力はなく参加も任意/労働審判は異議がなければ裁判上の和解と同一の効力/判決には強制力があり、欠席すれば相手方の主張に沿った判決のリスク

労働審判は、労働審判法に基づき地方裁判所で行われる手続で、同法15条2項により、特別の事情がある場合を除き3回以内の期日で審理を終結しなければならないとされています。労働審判に対しては、審判書の送達または告知を受けた日から2週間以内に異議を申し立てることができ(同法21条1項)、適法な異議がなければ労働審判は裁判上の和解と同一の効力を有します(同条4項)。異議があれば訴訟に移行します(同法22条1項)。最高裁判所の調べによれば、令和5年の労働審判事件の新受件数は3,473件、労働関係民事通常訴訟事件の新受件数は3,763件であり、あっせん申請3,867件と同程度の規模で利用されています。

3 不参加による打ち切りと、その後の紛争の帰趨

(1)不参加の実態

令和6年度の処理状況を見ると、処理終了件数3,782件のうち、当事者双方が参加してあっせんが開催されたものは1,848件(48.9%)にとどまり、一方当事者の不参加による打ち切りが1,718件(45.4%)を占めています。不参加の多くは事業主側であり、およそ半数の事案で事業主があっせんに応じていないのが実態です。

(2)時効の完成猶予(個別労働紛争解決促進法16条)

しかし、打ち切りによって紛争が消滅するわけではありません。個別労働紛争解決促進法16条は、あっせんが打ち切られた場合において、あっせんの申請をした者が打ち切りの通知を受けた日から30日以内にあっせんの目的となった請求について訴えを提起したときは、時効の完成猶予に関しては、あっせんの申請の時に訴えの提起があったものとみなす旨を定めています。すなわち、あっせん申請によって時効の進行は事実上止まっており、事業主が不参加を選択しても時効の利益を得ることはできません。あっせんまで申請した労働者は相応の不満と準備をもって手続に臨んでおり、門前払いを受けた場合には労働審判や訴訟へ進む蓋然性が高いと見るべきです。

(3)解決水準の上昇

厚生労働省が公表する令和6年度のあっせん事例では、入社後間もない従業員の解雇について賃金6か月相当額の162万円が請求された事案が解決金10万円で、正社員登用の期待を理由とする雇止めについて150万円が請求された事案が給与2か月分の50万円で、それぞれ合意に至っています。これに対し、労働政策研究・研修機構(JILPT)が2020年および2021年に1地方裁判所で終局した労働審判事案785件・和解終局の労働関係民事訴訟事案282件を分析した調査によれば、解決金の中央値は労働審判で150万円(賃金月額の4.7か月分)、訴訟上の和解で300万円(同7.3か月分)です。紛争が長期化するほど解雇後の賃金相当額(バックペイ)が累積し、解決水準は上昇します。あっせん段階で数十万円規模で終結し得た紛争が、対応を誤ることにより一桁上の負担に転じ得ることを踏まえ、参加・不参加の判断を行う必要があります。

4 通知受領後の実務対応

(1)申請内容の把握

まず、あっせん申請書に記載された申請人の主張と請求の内容(何を不当とし、いくらの金銭を求めているか)を正確に把握します。請求の法的構成(解雇無効を前提とするバックペイか、慰謝料か、未払賃金か)によって、会社側の反論の組み立てと解決ラインの設定が変わります。

(2)事実関係と証拠の整理

雇用契約書、労働条件通知書、就業規則、賃金台帳、タイムカード等の勤怠記録、指導・注意の記録、面談記録、電子メールやチャットのやり取りを収集し、時系列で整理します。この作業を通じて、会社としてどの範囲で反論が可能か、どこに法的リスクがあるか(例えば解雇理由の客観的合理性・社会的相当性を裏付ける証拠の有無、就業規則の周知の有無、割増賃金の未払の有無)が明らかになります。あっせんの段階で証拠の弱点を把握しておくことは、仮に労働審判・訴訟へ移行した場合の見通しを立てるうえでも不可欠です。

(3)解決ラインの設定と期日への参加

整理した事実関係と証拠に基づき、会社として許容し得る解決金の水準と、金銭以外の条件(退職日の扱い、離職理由、秘密保持等)を事前に決定したうえで期日に臨みます。反論があるのであれば、不参加によって沈黙するのではなく、期日において主張することが合理的です。参加したからといってあっせん案を受諾する義務はなく、令和6年度には当事者双方が参加した事案の59.3%で合意が成立しています。

(4)合意書の作成 ― 清算条項

合意に至った場合、合意書には解決金の額・支払期限・支払方法のほか、当事者間に本件に関し何らの債権債務がないことを相互に確認する清算条項を必ず設ける必要があります。清算条項を欠くと、解決金を支払った後に未払割増賃金や慰謝料等について別途請求を受けるおそれがあります。あわせて、合意内容の秘密保持条項、必要に応じて相互の誹謗中傷禁止条項を検討します。あっせんは期日までの期間が短いため、参加の要否、解決水準、合意書の条項設計を短期間で完結させなければならず、通知を受領した当日に弁護士へ相談することが望まれます。

企業が点検すべき事項

  • ① あっせん開始通知を受領した際、放置せず直ちに申請内容を確認し、期日と参加意思の回答期限を把握する体制があるか
  • ② 解雇・雇止め・退職勧奨の各場面で、理由と経過を裏付ける書面(指導記録、面談記録、通知書)を平時から作成・保管しているか
  • ③ 就業規則の周知、労働条件の明示、労働時間の客観的記録、割増賃金の支払が適正に行われており、あっせんの場で「別の請求原因」を指摘される余地がないか
  • ④ 解決金の水準と金銭以外の条件について、会社としての判断基準(決裁権限を含む)を事前に定めているか
  • ⑤ 合意書のひな形に清算条項・秘密保持条項が含まれ、事案に応じて修正できる体制があるか
  • ⑥ 退職トラブルの火種が生じた段階(解雇・退職勧奨の検討時)で、あっせん申請に至る前に弁護士へ相談する運用となっているか

あっせんは非公開の手続であり、適切に利用すれば、企業の対外的な評判を損なうことなく、短期間かつ低コストで紛争を終結させることができます。他方で、最も費用対効果の高い対応は、あっせんを申請される前の段階、すなわち解雇や退職勧奨の進め方を検討する時点で法的助言を得て、紛争の発生自体を回避することです。顧問弁護士の関与のもとで、平時からの証拠の整備と雇用終了手続の適正化を図ることが、結果として最も合理的な投資となります。

よくあるご質問

Q. 労働局のあっせんに参加しなかった場合、会社に不利益はありますか。

A. 参加は任意であり、不参加に対する罰則や制裁はありません。ただし、不参加により打ち切られても紛争は消滅せず、個別労働紛争解決促進法16条により、申請人が打ち切り通知を受けた日から30日以内に訴えを提起すれば時効の完成猶予についてあっせん申請時に訴えの提起があったものとみなされます。労働審判や訴訟に移行すれば解決水準は上昇する傾向にあり、無料・非公開・短期間で解決し得る機会を放棄する結果となります。

Q. あっせんと労働審判はどのように異なりますか。

A. あっせんは労働局の紛争調整委員会による任意の調整手続で、無料・非公開・強制力なしが特徴です。労働審判は裁判所の手続で、労働審判法15条2項により原則3回以内の期日で審理を終結し、2週間以内に適法な異議がなければ同法21条4項により裁判上の和解と同一の効力を有します。JILPT調査による解決金の中央値は労働審判で約150万円と、あっせんより高額になる傾向があります。

Q. あっせんで合意する際、合意書にはどのような条項が必要ですか。

A. 解決金の額・支払期限・支払方法に加え、本件に関し当事者間に他に何らの債権債務がないことを相互に確認する清算条項が不可欠です。清算条項を欠くと、解決金の支払後に未払割増賃金や慰謝料等の別個の請求を受けるおそれがあります。あわせて秘密保持条項や誹謗中傷禁止条項を検討します。

参考:厚生労働省「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」同・施行状況資料(PDF)厚生労働省「個別労働紛争解決制度」e-Gov法令検索「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」(5条・16条)e-Gov法令検索「労働審判法」(15条・21条・22条)労働政策研究・研修機構「裁判所における解雇の金銭解決の実態 令和編」(リサーチアイ第78回)

本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・統計は厚生労働省・労働政策研究・研修機構・e-Gov法令検索の公表資料(2026年8月時点)に基づきます。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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