賞与は、従業員の意欲や定着に大きく影響する一方で、その決定を経営者の専権事項と捉えている企業も少なくありません。厚生労働省の毎月勤労統計調査によれば、2025年の年末賞与の支給事業所数割合は76.5%(事業所規模5人以上)であり、支給事業所における労働者1人平均の賞与額は42万4,889円(前年比2.8%増)でした。約4分の1の事業所は年末賞与を支給しておらず、支給の有無は基本的に各社の判断に委ねられています。
もっとも、賞与規程の定め方によっては賞与が約定の賃金として会社を拘束し、法令上の不利益取扱い禁止にも服します。また、査定に裁量が認められる場合でも、その行使には限界があります。本稿では、①賞与の法的性質と請求権の発生、②法令上の制限、③査定の裁量権とその逸脱に関する裁判例、④不払いと不法行為に関する令和8年の最高裁判決、⑤実務上の対応について整理します。
1 賞与の法的性質と具体的請求権の発生
(1)法律上の支払義務の有無
賞与は、労働基準法その他の法律によって設けることが義務付けられたものではありません(厚生労働省「モデル就業規則」第46条の解説)。行政解釈上、賞与とは、定期または臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給され、その支給額があらかじめ確定していないものをいい、定期的に支給され、かつ支給額が確定しているものは、名称にかかわらず賞与とはみなされません(昭和22年9月13日発基第17号)。なお、賞与の定めをする場合は就業規則への記載が必要です(労働基準法89条4号)。
(2)支給額の決定と請求権の発生
福岡雙葉学園事件(最判平成19年12月18日)は、給与規程に「その都度理事会が定める金額を支給する」旨の定めがあるにとどまる事案で、期末勤勉手当の請求権は、理事会が支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生すると判断しました。業績や勤務成績を考慮して決定する旨の規定であれば、原則として同様に解されます。
(3)支給額が定められている場合
これに対し、就業規則等で支給時期や支給金額があらかじめ定められている場合、賞与の減額は労働条件の変更に当たり、原則として個々の労働者の同意が必要です(大阪労働局「よくあるご質問」参照)。「基本給の2か月分を支給する」といった確定的な定めは、業績の悪化や個人の評価を理由に一方的に減額することを困難にします。「1〜3か月分を支給する」という幅のある定めも、不支給や減額の留保がなければ、下限部分について同様の主張を受けるおそれがあります。
(4)支給日在籍要件
支給日に在籍する者にのみ賞与を支給する取扱いは、大和銀行事件(最判昭和57年10月7日)で有効とされています。もっとも、就業規則が周知されていない場合には、当該規定を理由とする不支給は認められません(中央労働委員会のあっせん事例参照)。
2 法令上の制限
(1)不利益取扱いの禁止
次の事由を理由とする賞与の不利益な取扱いは、法令により禁止または制限されています。産前産後休業・妊娠出産等(男女雇用機会均等法9条3項)、育児休業および短時間勤務等(育児・介護休業法10条・23条の2)、年次有給休暇の取得(労働基準法附則136条)、労働組合員であることや組合活動(労働組合法7条)、国籍・信条・社会的身分および性別(労働基準法3条・4条)、公益通報(公益通報者保護法5条)です。なお、公益通報者保護法の改正法は令和8年12月1日に施行されます。
(2)東朋学園事件
東朋学園事件(最判平成15年12月4日)は、賞与の支給要件を出勤率90%以上としたうえ、産前産後休業の日数および育児のための勤務時間短縮分を欠勤として扱った結果、賞与が支給されなかった事案です。最高裁は、当該条項が単に不就労期間に対応する減額にとどまらず、賞与を一切支給しないという不利益を生じさせ、権利行使を抑制して法の趣旨を実質的に失わせるものとして、該当部分を公序に反し無効としました。他方、不就労期間を欠勤として減額する計算式の適用については、直ちに公序に反するものとはいえないとして、原審に差し戻しています。全額不支給と不就労分の減額は区別されますが、その限界は事案によるため、個別の検討が欠かせません。
(3)減給の制裁
懲戒処分として賞与を減額する場合には、労働基準法91条が適用され、1回の額は平均賃金の1日分の半額、総額は一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えることができません(昭和63年3月14日基発150号・婦発47号)。厚生労働省のQ&Aは、減給処分により賞与を全額不支給とすることはできないとしています。他方で、マナック事件は、不支給事由に基づき査定の結果として基本給1か月分を支給した事案について、査定によって初めて具体的請求権が発生するとして同条違反を否定しました。懲戒としての減額と査定の結果とは区別して検討する必要があります。
(4)短時間・有期雇用労働者
パートタイム・有期雇用労働法8条は不合理な待遇差を禁止しています。大阪医科薬科大学事件(最判令和2年10月13日)は、旧労働契約法20条のもとでアルバイト職員に賞与を支給しないことを不合理とまでは評価できないと判断しましたが、これは当該事案の職務内容等を踏まえた判断であり、非正規労働者に賞与を支給しなくてよいことを一般的に認めたものではありません。令和8年10月1日施行の同一労働同一賃金ガイドライン改正でも、賞与に関する記載が充実しています。
3 査定の裁量権とその逸脱
査定には使用者の裁量が認められますが、合理的な理由を説明できない減額や、自社の規程に反する査定は、裁判で否定されることがあります。主な裁判例を類型ごとに整理します。
(1)理由と証拠を示せない減額:日本圧着端子製造事件
大阪地判平成9年1月24日は、従業員兼務取締役の夏期従業員賞与を30万円と決定した事案です。給与規程に営業成績や勤務成績を考慮して支給する旨と支給条件等が定められていたことから、賞与の額は適正な査定に基づくものであることを要するとしたうえで、過去の支給実績(1回約457万円)や一般従業員の支給実績と比較して不合理に低く、会社が十分に合理的な主張立証をしていないと判断し、一般従業員の支給水準を基準に控えめに見積もった130万円との差額100万円の支払を命じました。兼務取締役という特殊性のある事案ですが、減額の合理性について会社側の説明が問われる点は参考になります。
(2)恣意的な査定:キムラフーズ事件
福岡地判平成31年4月15日は、代表者が原告の賃金額に強い不満を抱き、賃金の減額やパワーハラスメントを繰り返していた事情も併せ考慮し、公正な査定を行わず恣意的に賞与を減額した意図が推認されるとして、一定期間の賞与について、査定権限を公正に行使することに対する期待権の侵害による不法行為の成立を認めました。過去の支給最低額の2分の1を下回り、かつ他の正社員の最低支給率も下回っていたことが、判断の基礎とされています。
(3)評定期間外の事由と規程違反:マナック事件
広島高判平成13年5月23日は、勤務中に経営陣を批判する発言をした従業員が降格され、その後も低い査定が続いた事案です。裁判所は、職能資格や査定に関する使用者の裁量を広く認め、発言のあった評定期間の賞与を基本給1か月分としたことについて裁量権の逸脱を否定しました。他方で、当該事件が評定期間に入っていない賞与および昇給査定については、算定期間等を定めた人事考課規程・賞与規定に反し、裁量権の逸脱に当たると判断しました。評定期間の定めが、会社自身を拘束することを示す裁判例です。また、規程に定めた査定項目と異なる事由により減額することにも、同様の問題が生じ得ると考えられます。
4 賞与の不払いと不法行為:最判令和8年2月13日
最高裁第二小法廷令和8年2月13日判決(令和6年(受)第2399号)は、労働者が労働契約に基づく一時金の具体的請求権を有していたことを前提に、その不払いを不法行為として一時金相当額等の損害賠償を求めた事案について、賃金債権を有するのであれば、その不払いは契約に基づく金銭債務の不履行にすぎず、当該不履行自体は不法行為法上の権利利益を侵害するものではないとして、不法行為の成立を認めた原審判決を破棄しました。
同判決は「専ら一時金が支払われなかったこと」を不法行為と主張した事案に関するものであり、キムラフーズ事件のように不公正な査定による期待権侵害が問題となる事案に直ちに及ぶものかは、今後の議論を待つ必要があると考えます。具体的請求権があるのか、査定の違法を争うものなのかによって請求の構成が異なる点に留意が必要です。
5 実務上の対応
(1)賞与規程の整備
モデル就業規則第46条を参考に、算定対象期間、支給日、在籍要件、「会社の業績及び労働者の勤務成績などを考慮して各人ごとに決定する」旨、「会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由により、支給時期を延期し、又は支給しないことがある」旨を定めます。初めて賞与を支給する企業は、確定額や確定月数を定めることに慎重であるべきです。算定式は必須ではありませんが、定めた場合には拘束されます。
(2)査定手続の整備と記録
査定期間、査定項目、評価者、決定手続を定め、そのとおりに運用してください。勤務態度を考慮するのであれば、項目として明示します。ただし、基準を過度に細分化すると運用が硬直化します。注意指導やミスは日付とともに記録し、対象期間内の事実に基づいて評価します。特に平均を下回る査定をする場合は、根拠資料を残し、本人に理由を説明できるようにしてください。
(3)小規模企業における留意点
話し合いで決定する運用や、詳細な基準を置かないこと自体が直ちに違法となるものではありません。もっとも、基準がない場合には差別的取扱いの主張を受けやすく、説明も困難になります。従業員が増える段階で、最低限の規程と評価項目を整備することが望まれます。一律の寸志から始める場合も、将来の支給を約束するものではない旨を通知等で明らかにしておくことが有益です。
(4)支給時の手続
賞与には社会保険料がかかり、支給日から5日以内に被保険者賞与支払届を提出します。源泉徴収は、原則として前月の給与等を基礎に「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」を用いて行います。役員に対する賞与は、定期同額給与、事前確定届出給与または一定の業績連動給与に該当しなければ損金に算入されません(法人税法34条1項)。税務の詳細は税理士にご確認ください。
企業が点検すべき事項
- 就業規則・賃金規程に、賞与の算定対象期間、支給日、支給対象者が定められているか。
- 「◯か月分を支給する」など、確定的な定めになっていないか。
- 業績等により支給しないことがある旨の留保があるか。
- 査定項目、評価者、決定手続が定められ、実際にそのとおり運用されているか。
- 査定に用いた事実が、すべて対象期間内のものか。
- 産休・育休、時短勤務、有給取得、組合活動、公益通報等を不利に考慮していないか。
- 出勤率等の支給要件で、法令上の休業等を欠勤扱いしていないか。
- 懲戒としての減額と査定の結果とを区別しているか。
- 平均を下回る査定について、根拠資料と本人への説明の記録があるか。
- 短時間・有期雇用労働者との待遇差について、理由を説明できるか。
よくあるご質問
Q. 賞与の算定式を就業規則に定めることは法律上必須ですか。
A. 必須ではありません。もっとも、賞与の定めをする場合にはこれに関する事項を就業規則に記載する必要があり(労働基準法89条4号)、モデル就業規則の解説でも支給対象時期、算定基準、査定期間、支払方法等を明確にすることが必要とされています。算定式を定めた場合、会社もこれに拘束されます。
Q. 産前産後休業や育児のための短時間勤務の期間に応じて賞与を減額できますか。
A. 東朋学園事件(最判平成15年12月4日)は、出勤率90%を賞与の支給要件とし、産前産後休業等の期間を欠勤日数に含める部分を公序に反し無効としました。他方、不就労期間に対応して賞与を減額する計算式の適用については、直ちに公序に反するとはしていません。ただし、同判決は就業規則の不利益変更等を審理させるため差し戻しており、個別の検討が必要です。
Q. 懲戒処分として賞与を不支給にできますか。
A. 懲戒として賞与を減額する場合には労働基準法91条の制限が適用され、厚生労働省のQ&Aでも、減給処分により賞与を全額不支給とすることはできないとされています。他方、マナック事件(広島高判平成13年5月23日)は、規程上の不支給事由に基づく査定の結果として低額を定めた事案について同条違反を否定しており、懲戒としての減額か査定の結果かを区別して検討する必要があります。
Q. 賞与の不払いについて不法行為に基づく損害賠償を請求されることはありますか。
A. 最判令和8年2月13日は、労働者が具体的請求権を有することを前提に、専ら一時金が支払われなかったことをもって不法行為と主張した事案で、不法行為の成立を否定しました。他方、キムラフーズ事件(福岡地判平成31年4月15日)のように、不公正な査定による期待権侵害が不法行為とされた裁判例もあります。両者の関係は事案ごとに整理する必要があります。
まとめ
賞与の支給自体は法律上の義務ではありませんが、規程の定め方によって約定の賃金となり、法令上の不利益取扱い禁止にも服します。査定に裁量が認められる場合でも、理由と証拠を示せない減額、恣意的な査定、規程に反する査定は否定されることがあります。裁判例が問うているのは、減額の事実そのものよりも、その理由を説明できるかどうかです。規程と査定手続を整備し、定めたとおりに運用することが、紛争予防の基本となります。賞与の支給を検討される段階で、顧問弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
参考資料
- 労働基準法(e-Gov法令検索)(第3条・第4条・第11条・第89条・第91条・附則第136条)/男女雇用機会均等法(第9条)/育児・介護休業法(第10条・第23条の2)
- 労働組合法(第7条)/パートタイム・有期雇用労働法(第8条)/公益通報者保護法(第5条)/消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要」
- 厚生労働省「モデル就業規則」第6章 賃金(第46条)/厚生労働省 法令等データベース(昭和22年9月13日発基第17号)/厚生労働省 スタートアップ労働条件 Q&A/大阪労働局「よくあるご質問(賃金・退職金・賞与関係)」
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷令和8年2月13日判決(令和6年(受)第2399号)」/厚生労働省 確かめよう労働条件「賞与不払い」(福岡雙葉学園事件・大和銀行事件)/中央労働委員会 労使関係セミナー資料(大阪医科薬科大学事件)/中央労働委員会 あっせん事例(賞与の不支給)
- 全基連 労働基準判例検索:東朋学園事件/日本圧着端子製造事件/キムラフーズ事件/マナック事件
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和8年2月分結果速報」(特別集計:2025年年末賞与)/日本年金機構「従業員に賞与を支給したときの手続き」/国税庁 No.2523/国税庁 No.5211
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