Column

配置転換に伴う賃金減額の法的規律と実務対応 ― 配転命令権と賃金変更の区別(ディエファイ西友事件・西東社事件・日本ガイダント仙台営業所事件)、個別同意の認定(山梨県民信用組合事件)、就業規則の明示的根拠(コナミデジタルエンタテインメント事件)、手当の取扱い(日本ケミカル事件)、配転命令の有効性(東亜ペイント事件・滋賀県社会福祉協議会事件・新和産業事件)と労働条件通知書の「変更の範囲」

能力不足等を理由として従業員を他の職種に配置転換する際、配転先の職種の賃金水準に合わせて賃金を引き下げたいという相談は少なくありません。しかし、配転命令権と賃金の変更は法的に別個の問題であり、配置転換を命じ得ることは、賃金を一方的に減額し得ることを意味しません。厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(令和8年7月7日公表)によれば、民事上の個別労働関係紛争の相談内容のうち「労働条件の引き下げ」は33,368件(前年度比8.2%増)で、「解雇」の32,651件(同1.8%増)を上回り、都道府県労働局長による助言・指導の申出では1,220件(同10.6%増)と最多でした。

本稿では、①配転命令権と賃金変更の区別、②個別同意による賃金減額の要件、③就業規則を根拠とする賃金減額の要件、④手当の取扱い、⑤配転命令自体の有効性、⑥実務上の対応について、裁判例と条文に基づいて整理します。

1 配転命令権と賃金変更の区別

(1)配転命令権の根拠と限界

就業規則等に配転を命じ得る旨の定めがあり、職種や勤務地を限定する合意がない場合、使用者は業務上の必要に応じて配転を命じることができます。もっとも、東亜ペイント事件(最判昭和61年7月14日)は、業務上の必要性が存しない場合、業務上の必要性が存する場合であっても不当な動機・目的をもってなされたとき、または労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるときには、配転命令は権利の濫用として無効になるとしています。

(2)配転と賃金は別個の問題

配転命令権が認められることと、配転に伴って賃金を減額し得ることとは区別されます。ディエファイ西友事件(東京地決平成9年1月24日)は、「配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連しておらず、労働者が使用者からの配転命令に従わなくてはならないということが直ちに賃金減額処分に服しなければならないということを意味するものではない」と述べ、労働者の同意や懲戒としての減給等の特段の事情がない限り、使用者が一方的に賃金額を減額することは許されないとしました。西東社事件(東京地決平成14年6月21日)も、編集者を倉庫管理業務に配転して月額賃金を約66万円から約26万円に減額した事案で、配転命令により業務が軽減されたとしても従前の賃金に関する契約の拘束力は残るとして、減額を無効としています。

日本ガイダント仙台営業所事件(仙台地決平成14年11月14日)は、営業職の係長を営業事務職に配転し、給与等級を引き下げて賃金を従前の約半分とした事案です。裁判所は、本件配転命令には配転の面と降格の面があるとし、賃金は最も重要な労働条件であるから、従前の賃金を大幅に切り下げる場合には、労働者の能力・実績、帰責性の程度、降格の動機・目的、業務上の必要性、運用状況等を総合考慮して、減額を相当とする客観的合理性がなければ無効になると判示しました。そのうえで、執拗な退職勧奨に応じなかったことを契機とする配転であり、営業事務職としての就労実態も実質を伴わず、給与等級の引下げ自体が目的であったとして降格を無効とし、その根拠となった配転も無効であるとして、配転命令全体を無効としています。

(3)労働基準法91条との区別

労働基準法91条は、就業規則で減給の制裁を定める場合に、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならないと定めています。これは懲戒処分としての減給の上限を定めるものであり、配転に伴う賃金水準の変更とは制度を異にします。能力不足は原則として懲戒事由に当たらず、「10分の1までであれば賃金を引き下げてよい」という規律でもありません。

2 個別同意による賃金減額

(1)労働契約法8条・9条

労働契約法8条は、労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができると定め、9条は、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働条件を変更することはできないとしています。配転に伴う賃金減額の原則的な方法は、労働者の個別の同意を得ることです。

(2)同意の認定:山梨県民信用組合事件

もっとも、同意書への署名押印があれば足りるわけではありません。山梨県民信用組合事件(最判平成28年2月19日)は、賃金や退職金に関する労働条件の変更については、労働者が使用者の指揮命令に服すべき立場にあり、情報収集能力にも限界があることから、変更を受け入れる旨の行為があったとしても直ちに同意があったとみるべきではないとし、同意の有無は、当該行為の有無だけでなく、変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該行為に至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか」という観点から判断すべきであるとしました。同事件では、退職金の支給基準の変更について、制度変更の必要性の説明だけでは足りず、自己都合退職の場合に退職金が0円となる可能性が高いことなど、具体的な不利益の内容・程度についての情報提供が必要であったとされています。

(3)実務上の留意点

この判断枠組みを前提とすると、配転に伴う賃金減額の同意を取得する際には、変更前後の賃金額と減額幅、減額の理由、経過措置の内容を書面で示し、説明の日時と内容を記録し、検討期間を置いたうえで署名を得ることが求められます。「署名しなければ退職してもらう」といった態様で得た同意は、自由な意思に基づくものと認められないおそれが高いといえます。

3 就業規則を根拠とする賃金減額

(1)明示的な根拠規定の必要性:コナミデジタルエンタテインメント事件

コナミデジタルエンタテインメント事件(東京高判平成23年12月27日)は、産前産後休業・育児休業から復職した従業員について、担当職務の変更に伴い役割グレードをB-1からA-9に引き下げ、役割報酬を年550万円から年500万円に減額した事案です。会社は、役割グレードと報酬の連動は報酬体系上の当然の結果であると主張しましたが、裁判所は、年俸規程には報酬グレードが役割グレードと連動することを定めた条項が存在せず、社内の手引きにおいても大幅な減額を生じる役割グレードの変更について明確な説明がないことを指摘し、「役割報酬額の引下げは、労働者にとって最も重要な労働条件の一つである賃金額を不利益に変更するものであるから、就業規則や年俸規程に明示的な根拠もなく、労働者の個別の同意もないまま、使用者の一方的な行為によってそのような重要な労働条件を変更することは、許されない」と判示しました。担当職務の変更を伴うものであっても、人事権の濫用として許されないとされています。

(2)基準の明確性

就業規則を根拠として賃金を減額するには、「職務の見直しに伴い給与を見直すことがある」といった抽象的な定めでは足りず、減額事由、減額方法、減額幅が基準として読み取れる程度の明確性が必要と考えられます。これらが特定されていない規定に基づく減額は、労働者が就業規則を通じて受け入れたと評価し得る範囲を超えるものとして、根拠を欠くと判断されるおそれがあります。

(3)規定の新設は不利益変更

賃金が減額され得る旨の規定を新たに設けること自体が、就業規則の不利益変更に当たります。労働契約法10条により、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の事情に照らして合理的なものであることが必要です。

(4)権利濫用の審査

根拠規定が存在する場合でも、個別の適用が権利の濫用に当たれば無効です。根拠規定の存否と、その適用の相当性(減額の必要性、減額幅の相当性、手続の適正)の2段階で審査されることを前提に、制度設計と運用の双方を整える必要があります。

4 手当の取扱い

(1)職務手当

賃金規程において「営業職に従事する者に支給する」など支給要件が明記されている手当は、配転により要件を満たさなくなれば、規程に従って不支給とすることができます。もっとも、配転自体が有効であることが前提であり、手当が賃金総額に占める割合が大きい場合には、その不利益の程度が配転命令の権利濫用性の判断において考慮されます。

(2)固定残業代としての手当

営業手当が時間外労働の対価(固定残業代)として支給されている場合、配転後も実際に時間外労働があれば割増賃金の支払義務は残ります。また、そもそも当該手当が時間外労働の対価と認められるかが問題になります。日本ケミカル事件(最判平成30年7月19日)は、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約書等の記載内容のほか、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであるとしています。対価性が否定されれば、当該手当は割増賃金の算定基礎に含まれ、未払割増賃金の問題が生じます。

(3)実質的に基本給の一部となっている手当

支給要件が曖昧で、営業職以外の従業員にも支給されてきた等の運用がある場合、当該手当は名称にかかわらず実質的に基本給の一部と評価され得ます。この場合、配転を理由とする不支給は賃金の一方的減額に当たり、1(2)の原則に戻ります。

(4)歩合給・通勤手当

実績に応じて算定される歩合給・インセンティブは、規程上の算定方法が明確であれば、配転後に実績が生じない限り発生しませんが、既に発生した分は支払う必要があります。通勤手当は実費補償の性格を有するため、通勤経路の変更に応じて規程どおり変更することができます。

5 配転命令自体の有効性

(1)職種限定の合意:滋賀県社会福祉協議会事件

滋賀県社会福祉協議会事件(最判令和6年4月26日)は、福祉用具の改造・製作等を担当する技術職として18年間勤務した職員を総務課に配転した事案で、労働者と使用者との間に職種及び業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者の個別的同意なしに、当該合意に反する配置転換を命じる権限を有しないと判示しました。原審は配転命令権の存在を前提に権利濫用の有無を判断していましたが、最高裁はそもそも権限が存在しないとして原判決を破棄しています。

また、令和6年4月以降、労働契約の締結時に明示すべき労働条件として、就業の場所及び従事すべき業務の「変更の範囲」が追加されています(労働基準法15条1項、同法施行規則5条1項1号の3)。労働条件通知書に「業務の変更の範囲:営業業務(変更なし)」等と記載した場合、職種限定の合意を裏付ける有力な資料となり、命令による配転は困難になります。

(2)不当な動機・目的:新和産業事件

新和産業事件(大阪高判平成25年4月25日)は、退職勧奨を拒否した営業部の課長を倉庫業務に配転し課長職を解いた結果、賃金が従前の2分の1以下となった事案です。裁判所は、総合職から運搬業務への配転とこれに伴う降格に業務上の必要性がなく、退職に追い込むなどの不当な動機・目的があったと推認して配転命令を無効とし、賃金差額のほか慰謝料50万円の支払いを命じました。厚生労働省のハラスメント対策サイトにおいても、パワーハラスメントに関する裁判例として紹介されています。

(3)業務上の必要性と不利益の程度

東亜ペイント事件の枠組みのもと、業務上の必要性がない配転や、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる配転は無効となります。賃金の減額幅が大きい場合、それ自体が不利益の程度として考慮されます。転居を伴う配転については、育児・介護休業法26条により、子の養育や家族の介護の状況への配慮義務が課されています。

6 実務上の対応

(1)賃金規程の整備

職種別の賃金テーブル、職種変更時の賃金変更ルール(減額事由・減額方法・減額幅)、減額幅の上限、調整手当による経過措置(例:1〜2年間の段階的減額)を規程に明記します。手当については、支給要件と支給目的を明確にし、固定残業代として支給する手当は時間外労働の対価である旨と対応する時間数を明示します。

(2)同意書と説明資料

変更前後の賃金額、減額の理由、経過措置、説明日を記載した同意書のひな形を整備し、説明資料を交付したうえで検討期間を設けて署名を得ます。説明の経過は記録に残します。

(3)労働条件通知書の「変更の範囲」

将来の配転の可能性を踏まえ、就業場所及び業務の変更の範囲の記載を見直します。限定的に記載した場合には、配転には個別同意が必要になることを前提に運用します。

(4)能力不足の事実と指導の記録

能力不足を理由とする配転の場合、具体的な事実と指導の経過を日付とともに記録します。これは配転の業務上の必要性を裏付ける資料であるとともに、将来、解雇の有効性が問題となった場合の資料にもなります。

(5)進め方の順序

賃金の話から始め、決定事項として通告し、その場で署名を求めるという進め方は、同意の有効性を争われる典型的な経過です。業績と指導の記録を本人と確認し、配転の理由を伝えたうえで、賃金については経過措置とともに最後に提示し、検討期間を置くことが望まれます。

企業が点検すべき事項

  1. 就業規則に配転を命じ得る旨の定めがあるか。
  2. 雇用契約書・労働条件通知書で職種や勤務地を限定していないか。「変更の範囲」の記載は実態に合っているか。
  3. 賃金規程に、職種変更時の賃金変更ルール(減額事由・減額方法・減額幅)が定められているか。
  4. 減額幅の上限や経過措置(調整手当)の定めがあるか。
  5. 手当の支給要件と目的が規程に明記され、運用が規程と一致しているか。
  6. 固定残業代として支給する手当は、対価性と対応する時間数が明示されているか。
  7. 賃金減額の同意書に、変更前後の金額・理由・説明日が記載され、検討期間を置いているか。
  8. 配転の業務上の必要性を説明できる資料(能力不足の事実・指導記録)があるか。
  9. 退職勧奨の拒否直後の配転など、不当な動機・目的を疑われる経過になっていないか。
  10. 転居を伴う配転について、育児・介護の状況を確認し配慮したか。

よくあるご質問

Q. 営業職から事務職に配置転換した場合、事務職の賃金水準に合わせて減額できますか。

A. 配転を命じ得ることと賃金を減額し得ることは別個の問題であり、原則として労働者の個別の同意が必要です。就業規則を根拠とするには、減額事由・減額方法・減額幅が読み取れる明示的な規定が必要であり、規定があっても個別の適用が権利の濫用に当たれば無効となります。

Q. 同意書に署名押印を得ていれば、賃金減額の同意は有効ですか。

A. 署名押印の事実だけでは足りません。山梨県民信用組合事件(最判平成28年2月19日)は、不利益の内容・程度、同意に至った経緯・態様、事前の情報提供・説明の内容に照らし、自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかで判断するとしています。変更前後の金額と理由を書面で示し、検討期間を置いたうえで署名を得ることが必要です。

Q. 減給は賃金の10分の1までであれば可能と聞きましたが、配転に伴う減額にも適用されますか。

A. 労働基準法91条は懲戒処分としての減給の制裁の上限を定めたものであり、配転に伴う賃金水準の変更には適用されません。配転に伴う減額は、個別同意または就業規則の明示的な根拠に基づく必要があります。

Q. 配転に伴い営業手当を不支給とすることはできますか。

A. 規程上「営業職に従事する者に支給する」と要件が明記された職務手当であれば、配転が有効であることを前提に不支給とし得ます。固定残業代としての手当は、配転後も実際の時間外労働に対する割増賃金の支払義務が残り、実質的に基本給の一部となっている手当は一方的に不支給とすることができません。

まとめ

配置転換と賃金の変更は法的に別個の問題であり、配転を命じ得ることは賃金を一方的に減額し得ることを意味しません。賃金の減額には、自由な意思に基づくと認められる個別の同意、または減額事由・方法・幅を明示した就業規則上の根拠と、権利濫用に当たらない運用が必要です。手当は支給目的と運用により取扱いが異なります。さらに、職種限定の合意、不当な動機・目的、業務上の必要性と不利益の程度により、配転命令自体が無効となることがあります。配転の有効性を確認したうえで、賃金の変更をどの範囲で、どのような手続により行うかを順序立てて検討することが、紛争予防の基本となります。賃金規程・同意書・労働条件通知書の整備については、配転を実施する前に顧問弁護士にご相談いただくことをおすすめします。

参考資料

関連コラム

本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

← コラム一覧へ戻る

賃金規程・就業規則の見直し、配転に伴う賃金変更の同意書や説明資料の作成、労働条件通知書の「変更の範囲」の記載、個別の配置転換・降格の進め方の検討まで、顧問契約の中で継続的にサポートしています。配置転換や賃金制度の見直しをご検討中の企業様は、お気軽にご相談ください。

電話 — 平日 10:30 – 17:00 03 - 6824 - 4639

メール でのお問い合わせは 24 時間受付