ベンチャーキャピタル(以下「VC」)からの出資は、金融機関からの融資と異なり返済を要しない資金である一方、株式の交付を通じて会社の支配権と将来のExit(M&A・上場)における対価の分配に長期的な影響を及ぼします。実務では、VCが提示する投資契約・株主間契約を経営者が十分に理解しないまま締結し、Exitの局面で「会社を売却しても経営株主の手取りが生じない」「表明保証違反を理由に経営株主個人が出資額相当の買戻義務を負う」といった帰結に至る事案が見られます。これらは違法な契約ではなく、契約文言どおりの結果です。本コラムでは、①VCファンドの法的構造と投資判断の論理、②出資と融資の法的差異・種類株式の仕組み、③投資契約等の三層構造、④主要条項の法的評価、⑤VCを活用する意義と留意点 ― の順に整理し、点検事項を示します。
1. VCファンドの法的構造と投資判断の論理
VCが投資に用いる資金の多くは、VC自身の自己資金ではなく、金融機関・事業会社・年金基金等の出資者から集めたファンドの資金です。日本のVCファンドは、投資事業有限責任組合契約に関する法律(平成10年法律第90号。以下「LPS法」)に基づく投資事業有限責任組合の形態をとることが一般的です。同組合は、無限責任組合員と有限責任組合員からなる組合であり(LPS法2条2項)、各当事者が出資を行い、株式会社の発行する株式・新株予約権の取得及び保有等の事業を共同で営むことを約することにより成立します(同3条1項)。ファンドの運営者であるVCが無限責任組合員(GP)として組合の債務について責任を負い、出資者は有限責任組合員(LP)として出資の価額を限度として組合の債務を弁済する責任を負うにとどまります(同9条2項)。有限責任の仕組みにより、外部からの大口資金の受入れが可能となっています。
この構造から、VCの投資判断には次の論理が導かれます。第一に、ファンドの資金は出資者に対する運用受託資金であり、VCは投資先の株式をExitにより現金化し、出資者に分配する義務を負います。第二に、ファンドには存続期間(実務上は10年前後と定められることが多い)があり、VCはその期間内に投資先の株式を現金化する必要があります。第三に、VCはファンド全体の運用成績によって評価されるため、個々の投資先に対しては、限られた期間内での急速な成長とExitの実現を求めます。VCが投資契約において投資家に有利な条項を求めるのは、出資者に対する義務の履行と自らの投資回収を確保するためであり、経営者にとっては、VCの要請の背後にあるこの論理を理解したうえで契約条件を検討することが、交渉の前提となります。
2. 出資と融資の法的差異 ― 株式の交付と種類株式
融資は金銭消費貸借であり、元本と利息の弁済により債権債務関係は終了します。これに対し出資は、会社が新株を発行し、投資家がその対価を払い込む取引であり、投資家は株主として会社の構成員となります。株主は株主総会における議決権を通じて会社の意思決定に関与し、定款変更・合併・事業譲渡等の重要事項については、出席株主の議決権の3分の2以上の多数による特別決議を要します(会社法309条2項)。したがって、議決権の3分の1を超える株式を保有する株主は特別決議を単独で阻止することができ、過半数を保有する株主は取締役の選任・解任を含む普通決議事項を支配します。出資比率の設計は、資金調達額の問題であると同時に、会社の支配権の問題です。
VCが取得する株式は、通常、普通株式ではなく優先株式です。会社法108条1項は、剰余金の配当(1号)、残余財産の分配(2号)、議決権を行使することができる事項(3号)、取得請求権(5号)、取得条項(6号)、種類株主総会の決議を要する事項(8号)等について内容の異なる種類株式の発行を認めており、優先株式はこれらの組合せとして設計されます。種類株式の内容は定款に定めることを要し(同条2項)、定款変更には特別決議が必要です(同309条2項11号・466条)。投資契約に記載された権利であっても、定款および登記に反映されていなければ会社法上の効力を持たず、逆に定款に定められた種類株式の内容は、契約書を読んだだけでは把握できません。契約・定款・登記の三者を整合的に確認することが、投資契約実務の基本です。
3. 投資契約等の三層構造と経済産業省ガイドライン
VCからの出資に際して締結・作成される書面は、①投資契約書(当該ラウンドにおける出資の実行、払込みの前提条件、表明保証、契約違反時の効果等を定める)、②株主間契約書(出資後の会社運営、事前承諾事項、取締役指名権、情報提供義務、株式譲渡に関する権利、Exit時の分配等を継続的に規律する)、③発行要項および定款(種類株式の内容を定める)の三層に分かれます。案件によっては、残余財産やM&A対価の分配方法を定める財産分配契約が別途締結されます。経営者側の審査において最も注意すべきは、投資家に有利な条項がこれらの書面に分散して規定される点です。投資契約書のみを確認して問題がないと判断しても、株主間契約書や発行要項に強制売却権や優先分配の定めが置かれていることがあり、三層を横断して読むことが必要です。
交渉の基準として参照すべき公的資料が、経済産業省「スタートアップ投資契約ガイドライン(我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項)」です。同ガイドラインは平成30年に策定され、令和4年に改訂されたのち、令和7年9月には増補版が策定されています。投資家とスタートアップが締結する投資契約等の意義を確認するとともに、契約設計において当事者が留意すべき事項を条項ごとに解説しており、提示された条件が実務水準から乖離していないかを判断する際の出発点となります。
4. 主要条項の法的評価
(1) 残余財産の優先分配とみなし清算条項
優先株式の中核をなす条項です。会社の清算時に、優先株主が出資額の一定倍率の金額を普通株主に優先して受け取ること(会社法108条1項2号に基づく残余財産分配の優先)を定め、あわせて、M&Aによる株式譲渡や事業譲渡を清算とみなして同じ分配を行う「みなし清算条項」が株主間契約等に置かれます。審査すべき要素は、①倍率と②参加型・非参加型の別の2点です。日本の実務上の標準は1倍であり、2倍・3倍の定めは投資家に著しく有利です。非参加型は、優先分配額と持株比率による按分額のいずれか一方のみを受け取る設計、参加型は、優先分配額を受領したうえで残額についても持株比率で分配に参加する設計です。
設例により影響を示します。VCが2億円を出資して株式の20%を取得し、経営株主が80%を保有する会社が、数年後に3億円で売却されたとします。優先分配の定めがなければ経営株主の取得額は2億4,000万円ですが、「2倍・参加型」の定めがある場合、VCはまず出資額の2倍である4億円を優先的に受領する権利を持つため、売却対価3億円の全額がVCに分配され、経営株主の取得額はゼロとなります。契約文言どおりの分配であるため、事後に争うことは極めて困難です。想定Exit金額での分配シミュレーションを契約締結前に行うことが不可欠です。
(2) 先買権・共同売却権
株主は原則としてその有する株式を自由に譲渡できますが(会社法127条)、株主間契約により、創業者が株式を譲渡しようとする場合に投資家が優先的に買い取る権利(先買権)や、投資家が自己の株式を同一条件で併せて譲渡することを求める権利(共同売却権)が定められます。これらが創業者側のみを拘束する片面的な設計となっている場合、創業者は自己の株式を自らの判断で現金化することができなくなります。
(3) 希薄化防止条項
後続ラウンドが前回より低い株価で実施された場合(ダウンラウンド)に、既存投資家の優先株式の転換比率を調整して持分の希薄化を防ぐ条項です。調整方式には、既存投資家が当初から新株価で取得したものとして転換比率を調整するフルラチェット方式と、発行済株式数と新規発行株式数を加味して調整する加重平均方式があり、フルラチェット方式は創業者の持分に対する影響が著しく大きくなります。実務上の標準は加重平均方式であり、フルラチェット方式の定めがある場合には修正を求めるべきです。
(4) 強制売却権(ドラッグアロング)
一定の要件を満たす株主が会社の売却に賛成した場合に、反対する株主に対しても同一条件での株式売却を強制できる条項です。発動要件は契約で自由に設計できるため、要件が緩やかな場合、創業者の意思に反して望まない時期・価格での会社売却が実行されるおそれがあります。審査すべき点は、①発動に必要な同意の主体と割合(創業者の同意が要件に含まれているか)、②最低売却価格の定めの有無、③創業者の拒否権の有無の3点です。
(5) 創業者株式の買取条項(リバースベスティング等)
創業者が退任した場合に、会社または投資家が創業者の保有株式を買い取ることができる条項です。共同創業者の離脱後も株式を保有し続ける事態を防ぐという趣旨自体は合理的ですが、①買取価格が取得時の払込価額に固定されている、②自発的な辞任と不当な解任とを区別していない、という設計の場合、取締役会における解任と併せて株式を低廉に回収することが可能となり、経営株主の排除に利用されるおそれがあります。退任事由を区分し、疾病・会社都合・円満退任等(Good Leaver)の場合には時価による買取または保有継続を認め、横領・競業等(Bad Leaver)の場合に限り低廉な買取を認める設計が交渉の要点です。
(6) 表明保証と買戻義務
投資契約には、会社および経営株主が、財務・法務・労務・知的財産等について一定の事実が真実かつ正確であることを表明し保証する条項が置かれます。表明保証違反があった場合、投資家は補償請求に加え、株式の買戻しを請求できる旨が定められることが一般的です。問題は買戻義務の主体です。契約によっては、会社ではなく経営株主個人が買戻義務者とされており、この場合、経営株主が把握していなかった未払割増賃金等が事後に判明したときに、出資額に利息を付した金額を個人で負担する事態が生じ得ます。対応としては、①経営株主個人を買戻義務者から除外すること、それが困難な場合には、②保証事項を経営株主が把握・管理し得る範囲に限定すること、③責任額に上限(キャップ)を設けること、④「知る限り」の留保を付すこと、⑤発動事由を故意・重過失による重大な違反に限定することが挙げられます。
5. VCを活用する意義と留意点
以上の条項は、いずれもVCが出資者に対する義務を履行するために設けるものであり、VCの多くが経営者を害する意図で条項を設計しているわけではありません。VCからの出資には、返済・担保・経営者保証を要しない成長資金の確保、対外的な信用の向上、事業戦略・後続の資金調達・人材紹介に関する支援、取締役会運営や月次決算体制の整備によるガバナンスの向上といった、融資では得られない意義があります。留意すべきは、VCにとって投資契約は反復的に用いる標準条件であるのに対し、経営者にとっては初めての契約であることが多く、情報と経験の非対称が存在する点です。この非対称を埋めるのは、契約締結前の専門家による審査と、タームシート段階からの条件交渉です。
スタートアップの資金調達は、1回のラウンドで完結するものではなく、複数回の調達を経てExitに至る資本政策全体の中で評価する必要があります。当該ラウンドの条件が後続ラウンドの条件の基準となることも多く、初回の投資契約における条項の設計は、その後の資本政策全体を規定します。顧問弁護士による継続的な関与は、個別の契約審査にとどまらず、資本政策・種類株式の設計・ストックオプション制度との整合を含めた一体的な検討を可能にする点で合理的です。
点検事項
- ① 投資契約書・株主間契約書・発行要項(定款)の三層を横断して確認し、契約・定款・登記の内容が整合しているか
- ② 出資後の持株比率が、特別決議の阻止ライン(3分の1超)および普通決議の支配ライン(過半数)との関係で、意図した支配構造となっているか
- ③ 残余財産の優先分配の倍率(実務水準は1倍)と参加型・非参加型の別を確認し、想定Exit金額での分配シミュレーションを実施したか
- ④ 希薄化防止条項の調整方式が加重平均方式であるか(フルラチェット方式でないか)
- ⑤ 強制売却権の発動要件に創業者の同意が含まれ、最低売却価格または創業者の拒否権が定められているか
- ⑥ 創業者株式の買取条項において、退任事由の区分(Good Leaver/Bad Leaver)と買取価格(時価か払込価額か)が適切に設計されているか
- ⑦ 表明保証違反による買戻義務の主体が会社に限定されているか、経営株主個人が負う場合には範囲の限定・上限・「知る限り」の留保が付されているか
- ⑧ 事前承諾事項(拒否権)の範囲が金額基準・重要性基準で限定され、日常の経営判断に支障を生じない設計となっているか
よくあるご質問
Q. VCから提示された投資契約のひな型に修正を求めると、出資を断られませんか。
A. 投資契約の条項は案件ごとに交渉されるのが通常であり、残余財産の優先分配の倍率や参加型・非参加型の別、強制売却権の発動要件、創業者株式の買取条項の事由・価格、表明保証の範囲・上限は、実務上いずれも交渉事項です。経済産業省のガイドラインも、契約当事者が留意すべき事項として各条項の設計を解説しています。すべての条項を争うのではなく、将来のExitや経営判断への影響が大きい条項に優先順位をつけ、市場水準を踏まえた代替案を示して交渉することが現実的です。
Q. 出資比率が20%程度にとどまるのであれば、経営への影響は限定的と考えてよいですか。
A. 持株比率が3分の1以下であれば、会社法上の特別決議を単独で阻止することはできません。しかし、投資契約・株主間契約上の事前承諾事項(拒否権)や強制売却権、情報提供義務は、持株比率にかかわらず契約上の効力を持ちます。VCの影響力は持株比率ではなく条項の設計によって決まるため、比率の低さを理由に契約審査を省略することはできません。
Q. 表明保証違反による株式の買戻義務を社長個人が負う条項は、削除できますか。
A. 買戻義務の主体を会社に限定し、経営株主個人を除外する交渉が第一です。それが困難な場合、保証事項を経営株主が把握・管理し得る範囲に限定すること、責任額に上限(キャップ)を設けること、「知る限り」の留保を付すこと、発動事由を故意・重過失による重大な違反に限定することが実務上の対応となります。表明保証は会社の財務・法務の状態を投資家に対して保証するものであり、経営株主個人が負う場合には出資額と同規模の債務を個人で負担するリスクがあります。
参考資料
- 経済産業省「スタートアップ投資契約ガイドライン」(「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」平成30年策定・令和4年改訂・令和7年増補版)
- 会社法(e-Gov法令検索)(108条・127条・309条・466条)
- 投資事業有限責任組合契約に関する法律(e-Gov法令検索)(2条・3条・9条)
関連する取扱業務・関連コラム
本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。投資契約・株主間契約の各条項の効果は個別の契約文言により異なります。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
← コラム一覧へ戻る