スタートアップが優秀な人材を惹きつけ、長期的に活躍してもらうための重要なインセンティブが「ストックオプション」です。中でも税制適格ストックオプションは、権利行使時の課税が繰り延べられ、株式の売却時にまとめて譲渡所得として課税されるため、付与を受ける役職員にとってメリットの大きい制度です。一方で、税制適格の要件は細かく、設計や運用を誤ると「非適格」と扱われ、想定外の税負担が生じるおそれがあります。本コラムでは、税制適格ストックオプションを活用するうえで押さえておきたい実務上のポイントを整理します。
税制適格ストックオプションとは
ストックオプションは、あらかじめ定めた価額(権利行使価額)で自社株式を取得できる権利です。通常(非適格)の場合、権利行使時の株式の時価と行使価額との差額が給与所得等として課税され、まだ株式を売却して現金を得ていない段階で納税資金が必要になることがあります。
これに対し、一定の要件を満たす税制適格ストックオプションは、権利行使時には課税されず、取得した株式を売却した時点で、売却価額と行使価額との差額が譲渡所得(おおむね約20%)として課税されます。課税のタイミングが後ろ倒しになり、税率面でも有利になり得る点が大きな特徴です。
主な税制適格要件
税制適格となるためには、租税特別措置法などに定められた要件をすべて満たす必要があります。主なものは次のとおりです。
- 付与対象者が、自社または一定の関係会社の取締役・使用人等であること(一定の社外高度人材を含む)
- 権利行使期間が、付与決議の日後2年を経過した日から10年(一定の設立間もない非上場会社は15年)を経過する日までの範囲内であること
- 権利行使価額が、契約締結時の株式の時価以上であること
- 権利行使価額の年間合計額が、定められた限度額を超えないこと
- 新株予約権の譲渡が禁止されていること
- 取得した株式が、証券会社等を通じて一定の方法で保管・管理されること
法的根拠 ― 租税特別措置法29条の2と会社法236条以下
税制適格ストックオプションの課税上の特例は、租税特別措置法29条の2に定められています。同条は、会社法238条2項等の決議に基づき金銭の払込みを要しないで発行された新株予約権(いわゆる無償ストックオプション)を対象に、前記の要件をすべて満たす場合に限り、権利行使時の経済的利益に課税しないことを定めるものです。したがって、公正価値で発行される有償ストックオプションは同条の対象外であり、また無償型であっても要件を一つでも欠けば適用を受けられません。
一方、ストックオプションの発行手続そのものは会社法236条以下の新株予約権の規律に従います。会社法236条1項は、目的である株式の数、行使価額、行使期間、譲渡制限の有無など、新株予約権の内容として定めるべき事項を列挙しています。募集新株予約権を発行する際は、会社法238条1項所定の募集事項を、非公開会社では株主総会の特別決議により(同条2項、309条2項6号)、公開会社では原則として取締役会の決議により(240条1項)決定します。役職員への無償付与については、それが「特に有利な条件」による発行(238条3項1号)に当たるかという論点がありますが、実務上は職務執行の対価としての性質を整理したうえで設計・説明を行うのが一般的です。
重要なのは、税制適格性は租税特別措置法の問題、発行の有効性は会社法の問題という二つの層があることです。会社法上有効に発行された新株予約権であっても、割当契約書に譲渡禁止の定めが欠けるなど租税特別措置法上の要件を満たさなければ非適格となります。逆に、税制面だけを意識して会社法上の決議手続を誤れば、発行自体の効力が争われるリスクが生じます。発行決議・発行要項・割当契約書の三点の整合性を確認することが、実務の出発点となります。
設計・運用で誤りやすいポイント
権利行使価額の設定
権利行使価額は「契約締結時の時価以上」とする必要があります。直近の資金調達時の株価や、必要に応じて第三者による株価算定を踏まえ、合理的に設定することが重要です。時価より低く設定してしまうと、その時点で税制適格の要件を満たさなくなるおそれがあります。
付与対象者の範囲
付与時点で大口株主に該当する者など、対象外となる場合があります。また、社外の協力者へ付与する場合には、いわゆる「社外高度人材」に関する要件や手続を満たしているかを確認する必要があります。
行使限度額の管理
権利行使価額の年間合計額には上限が設けられています。令和6年度の税制改正により、会社の区分に応じて最大で年間3,600万円まで限度額が引き上げられましたが、複数回にわたって付与する場合には、累計額を適切に管理することが欠かせません。
税制適格ストックオプションは、設計段階の小さな見落としが「非適格」という大きな結果につながり得ます。付与のたびに、その時点の最新の要件を確認することが重要です。
典型的な失敗例と対策
割当契約書の記載漏れ
租税特別措置法29条の2の要件の多くは、発行決議だけでなく、付与対象者との間の契約(割当契約書)において定められている必要があります。他社のひな型を流用した結果、譲渡禁止の定めや権利行使期間・行使価額に関する条項が欠落したり、発行要項と契約書の内容が食い違ったりする例は少なくありません。付与前に、決議・発行要項・割当契約書を突き合わせて要件充足を確認することが対策となります。
信託型・有償型スキームとの混同
いわゆる信託型ストックオプションについては、国税庁が公表したQ&A(ストックオプションに対する課税(Q&A))において、権利行使時の経済的利益が給与所得等として課税されるとの考え方が示され、税制適格ストックオプションとは課税関係が大きく異なることが明確になりました。スキームの名称や外形が似ていても課税上の取扱いは別物であり、導入済みの制度についても、どの類型に該当するのかを改めて確認しておく必要があります。
付与後の管理体制の不備
付与時点で要件を満たしていても、その後の運用で適格性が損なわれることがあります。たとえば、複数回の付与により権利行使価額の年間合計額の管理が漏れる、証券会社等との株式の保管委託に関する契約の締結が遅れる、付与対象者が大口株主に該当することを見落とすといった例です。ストックオプションは付与して終わりではなく、行使・売却まで続く長期の制度として管理する視点が欠かせません。
導入・運用チェックリスト
- 株主総会または取締役会の決議内容と、発行要項・割当契約書の整合性の確認
- 割当契約書における譲渡禁止・権利行使期間・権利行使価額等の要件事項の明記
- 付与対象者の地位(取締役・使用人等)の確認と、大口株主等の適用除外への非該当性の確認
- 社外高度人材へ付与する場合の、計画認定等の所定の手続の履践
- 権利行使価額の設定根拠(株価算定資料等)の保存
- 権利行使価額の年間合計額(行使限度額)を累計で管理する体制の整備
- 証券会社等との株式の保管・管理に関する契約の締結
- 付与に関する法定調書の税務署への提出
- 資本政策表(潜在株式を含む持株比率)への反映と定期的な更新
よくあるご質問
Q. 税制適格ストックオプションと有償ストックオプションはどう違いますか?
A. 税制適格ストックオプションは、無償で付与したうえで租税特別措置法29条の2の要件を満たすことにより、権利行使時の課税を繰り延べる制度です。これに対し有償ストックオプションは、付与対象者が公正価値に相当する発行価額を払い込んで取得するもので、金融商品の取得として整理されるため、適切に設計されていれば権利行使時に給与課税が生じない点に特徴があります。対象者の範囲や設計の自由度、会計処理も異なるため、目的に応じた使い分けが必要です。
Q. 権利行使前に会社がM&Aで買収される場合、税制適格ストックオプションはどうなりますか?
A. 税制適格の優遇は、権利を行使して株式を取得し、その株式を売却するという一連の流れの中で機能します。権利行使期間の開始前に買収が行われる場合や、新株予約権自体を買い取ってもらう場合には、譲渡所得ではなく給与所得等として課税される可能性があります。M&Aの際は、行使させてから株式を買い取る方法とするか、新株予約権のまま処理するかによって役職員の手取り額が大きく変わり得るため、ストラクチャー検討の早い段階で税務・法務の確認を行うことが重要です。
Q. 付与後に税制適格の要件を満たしていないことが判明した場合、どうなりますか?
A. 要件を欠く場合は非適格として扱われ、権利行使時の株式の時価と行使価額との差額が給与所得等として課税されます。この場合、会社側には源泉徴収義務の問題が生じ、過年度に遡った対応が必要となることもあります。発行済みのストックオプションについても、契約書・発行要項・運用実態を定期的に点検し、問題を早期に発見することが被害を最小化する対策となります。
まとめ
ストックオプション税制は近年改正が重なり、行使限度額の引上げや社外高度人材の活用拡大など、スタートアップにとって使いやすい方向で整備が進んでいます。一方で、要件は依然として複雑であり、設計・運用を誤ると本来のインセンティブ効果を損なうおそれがあります。資本政策全体を見据え、設計段階から専門家に相談することで、インセンティブ効果を最大化しつつ税務リスクを抑えることができます。
参考資料
- 租税特別措置法(e-Gov法令検索)
- 会社法(e-Gov法令検索)
- 国税庁 タックスアンサーNo.1540 ストック・オプション税制の適用を受けて取得した株式を譲渡した場合
- 国税庁 タックスアンサーNo.1543 税制非適格ストック・オプションに係る課税関係について
- 国税庁 ストックオプションに対する課税(Q&A)
- 経済産業省「ストックオプション税制」関連情報(経済産業省ウェブサイト)
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的・税務的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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