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株式上場(IPO)の法務 ― 東証3市場の形式基準と実質審査、上場準備3年のスケジュール、上場後の金融商品取引法上の開示・内部統制報告義務、2030年グロース市場上場維持基準の見直し

日本の企業数は約336万者(中小企業庁集計・2021年6月時点)であるのに対し、東京証券取引所の上場会社数は3,894社(2026年8月25日時点、TOKYO PRO Marketを含む)であり、上場会社は全企業の約0.1%にすぎません。他方で、「上場=大企業」という理解は正確ではなく、グロース市場には利益基準が存在せず、審査の重点は企業規模ではなく内部管理体制等の「企業の中身」に置かれています。本コラムでは、株式上場(IPO)の制度的な仕組みを、①株式・上場の法的構造と東証3市場の形式基準、②上場準備のスケジュールと実質審査、③上場後に生じる法的義務とコスト、④経営判断の枠組み――の順に整理し、IPOを目指す・目指さないにかかわらず企業が整備すべき法務体制を解説します。

株式・上場の法的構造と東証3市場の形式基準

株式は会社に対する社員たる地位を細分化したものであり、株主は会社法105条1項に基づき、剰余金の配当を受ける権利、残余財産の分配を受ける権利、株主総会における議決権を有します。所有と経営は法律上分離しており、株主が会社の「所有者」、取締役は株主総会で選任され経営を委任された「受任者」(会社法330条・民法644条)です。非上場の中小企業では代表者が全株式を保有し両者が一体化していることが多いのに対し、上場により株主が広く分散し、この所有と経営の分離が実態として顕在化します。

上場とは、自社株式を金融商品取引所の市場において不特定多数の投資家が売買できる状態に置くことをいい、取引所は投資家保護の観点から、上場申請会社が市場に相応しいかを上場審査基準に基づき審査します。東証の新規上場形式基準(上場時見込み)の主な内容は次のとおりです。

  • プライム市場 ― 株主数800人以上、流通株式数2万単位以上、流通株式時価総額100億円以上、流通株式比率35%以上、時価総額250億円以上、連結純資産50億円以上、最近2年間の利益の額の総額25億円以上(または最近1年間の売上高100億円以上かつ時価総額1,000億円以上の見込み)
  • スタンダード市場 ― 株主数400人以上、流通株式数2,000単位以上、流通株式時価総額10億円以上、流通株式比率25%以上、連結純資産の額が正、最近1年間の利益の額1億円以上
  • グロース市場 ― 株主数150人以上、流通株式数1,000単位以上、流通株式時価総額5億円以上、流通株式比率25%以上、500単位以上の公募。利益・純資産の額に関する基準なし

このほか、3市場共通で、最近2年間の有価証券報告書等における虚偽記載がないこと、登録上場会社等監査人による監査を受けていること等が形式要件とされています。グロース市場に利益基準がないことは、成長段階にある企業にとって上場が現実的な選択肢であることを意味しますが、後述の実質審査を通過するための内部管理体制の整備が不可欠です。

上場準備のスケジュールと実質審査

上場申請に際しては、申請期(N期)の直前2期間(N-2期・N-1期)の財務諸表について監査法人の監査証明が必要となるため、実務上、N-3期に監査法人によるショートレビュー(予備調査)を受け、会計処理、社内規程、労務管理、関連当事者取引等の課題を洗い出したうえで、N-2期から上場会社に準じた管理体制を実運用に移行するという、最低3年程度の準備期間を要します。並行して主幹事証券会社を選定し、その引受審査を経て、N期に取引所へ上場申請を行い、取引所審査を受けるという流れになります。

形式基準はいわば入口要件であり、上場の可否を実質的に決するのは実質審査です。取引所は、企業の継続性および収益性、企業経営の健全性、企業のコーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制の有効性、企業内容等の開示の適正性等の観点から審査を行います。具体的には、経営者個人に依存しない組織的な経営が行われているか、資金の流れが会計帳簿と整合しているか、役員やその親族・関連会社との取引により会社の利益が害されていないか、事業計画に合理的な根拠があるか、といった点が問われます。

上場準備が直前期に頓挫する典型的な原因は2つあります。第一は内部体制の未整備であり、未払残業代・管理監督者性の誤り等の労務問題、契約書を締結しないまま継続している取引、関連当事者取引の未整理等が直前に判明した場合、是正に相応の期間を要します。第二は市場環境であり、東証の集計によれば2025年の新規上場は66社(プライム7社・スタンダード12社・グロース41社ほか)と前年比20社減・2013年以来の低水準となりました。株式市況の悪化局面では、企業側に問題がなくとも公開価格が低位にとどまることを避けるため上場が延期されることがあり、自社の努力のみでは統制できない要素が存在します。

上場後に生じる法的義務とコスト

上場会社は、金融商品取引法に基づき、有価証券報告書・四半期報告書(2024年4月以降は半期報告書)等の継続開示義務を負い、さらに金融商品取引法24条の4の4により、財務報告に係る内部統制の有効性を経営者が評価した内部統制報告書を事業年度ごとに提出する義務を負います(いわゆるJ-SOX)。これは、決算数値の正確性のみならず、数値を生成する社内プロセスの整備・運用状況そのものを毎期評価・報告する制度であり、非上場会社とは質的に異なる管理負担を伴います。加えて、取引所規則に基づく適時開示義務、コーポレートガバナンス・コードへの対応(コンプライ・オア・エクスプレイン)、上場維持基準の継続的な充足が求められます。

コスト面では、東証の年間上場料は上場時価総額に応じてプライム市場で96万円〜456万円、スタンダード市場で72万円〜432万円、グロース市場で48万円〜408万円(いずれもTDnet利用料12万円を別途加算・税抜。グロース市場は上場後3年間は半額)とされています。これに監査報酬、株主名簿管理人(信託銀行等)への委託費用、有価証券報告書・招集通知等の開示書類作成費用、IR・内部監査・経理等の人員に係る人件費が加わり、上場維持のための固定費は年間で数千万円規模に達することも珍しくありません。上場により得られる資金調達力・信用力・採用力と、これらの継続的コストとを比較衡量する必要があります。

さらに、株主構成の観点からは、上場後は不特定多数の株主に対する説明責任を負い、配当・株価に対する市場の期待に応えることが求められるほか、株式が自由に流通する以上、意図しない第三者による株式の買集めのリスクも生じます。上場は、経営の自由度と引換えに「開かれた経営」を選択することを意味します。

なお、東証は2025年9月26日、グロース市場の上場維持基準について、現行の「上場10年経過後に時価総額40億円以上」を「上場5年経過後に時価総額100億円以上」に引き上げる制度要綱を公表し、2030年3月1日以後に最初に到来する事業年度末から適用することとしています。上場後も一定の成長を継続しなければ市場区分の変更・上場廃止に直面し得る制度設計となっており、IPOを検討する企業は上場時の基準のみならず、上場後の維持基準を織り込んだ事業計画を策定する必要があります。

経営判断の枠組み ― 「上場もできる会社」としての法務体制整備

  • ① IPOを目的ではなく手段として位置づける ― 上場により得られる資金調達・社会的信用・採用力が自社の成長戦略に不可欠かを検討し、金融機関借入、非上場のままでの第三者割当増資、M&Aによる売却等の代替手段と比較する
  • ② 維持コスト・義務に対する収益体力を数値で検証する ― 年間数千万円規模の固定費と管理部門の増強を負担してなお成長投資が可能かを、事業計画上で確認する
  • ③ 上場の可否を直ちに決定せず、「上場もできる会社」の状態を整える ― 契約書の締結・整備、労働時間管理・割増賃金等の法令適合、関連当事者取引の整理、株主総会・取締役会議事録および会計帳簿の適切な作成・保存等、上場審査で問われる項目は、そのまま企業防衛の観点から整備すべき項目と一致する

実務上、当初から「上場したい」というご相談は少数であり、事業承継・M&Aによる売却・IPOのいずれも選択可能な状態にしておきたいというご相談が多数を占めます。上場審査で問われる法令遵守・内部管理体制は、M&Aにおける買主側のデューデリジェンスで確認される項目とも大部分が重なります。日常的に契約・労務・ガバナンスを整備しておくことは、IPOの基盤であると同時に、企業価値そのものを高める投資であり、直前期にまとめて是正しようとすると3年の準備期間では収まらなくなります。顧問弁護士による継続的な体制点検は、この観点から合理的な選択といえます。

よくあるご質問

Q. 赤字の会社でも株式上場は可能ですか。

A. グロース市場の形式基準には利益・純資産の額に関する基準がなく、合理的な事業計画と高い成長可能性が認められれば赤字でも上場は可能です。ただし、実質審査においてコーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制の有効性、事業計画の合理性等が審査されるため、形式基準の充足のみでは上場できません。

Q. 上場準備にはどの程度の期間が必要ですか。

A. 直前2期間の監査証明が必要となるため、N-3期のショートレビューから起算して最低3年程度を要するのが一般的です。契約・労務・関連当事者取引等の課題が直前期に発見されると、準備期間はさらに延びます。

Q. 上場後にはどのような法的義務とコストが生じますか。

A. 有価証券報告書等の継続開示義務、内部統制報告書の提出義務(金商法24条の4の4)、適時開示義務、上場維持基準の充足が求められます。コスト面では、年間上場料(プライム市場96万円〜456万円等・TDnet利用料別)に加え、監査報酬、株式事務代行費用、開示書類作成費用、管理部門の人件費が継続的に発生します。

参考:e-Gov法令検索「会社法」(105条・330条)e-Gov法令検索「金融商品取引法」(24条の4の4)日本取引所グループ「上場審査基準(プライム市場)」同「上場審査基準概要(スタンダード市場)」同「上場審査基準概要(グロース市場)」同「上場後の料金(年間上場料)」同「上場会社数」東京証券取引所 上場部「2025年の新規上場の状況」(2026年1月14日)日本取引所グループ「グロース市場の上場維持基準の見直し等について」(2025年9月26日)中小企業庁「中小企業・小規模事業者の数(2021年6月時点)の集計結果」

本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。上場基準・料金・統計は日本取引所グループおよび中小企業庁の公表資料(2026年8月時点)に基づきます。実際のご対応にあたっては、最新の法令・取引所規則をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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