人手不足が続く一方で、大企業の一部が新規学卒者の採用(以下「新卒採用」といいます。)を縮小する動きを見せています。帝国データバンクの調査(2026年7月)では、正社員が不足していると回答した企業は51.3%であり、7月としては4年連続で半数を超えました。他方、共同通信社が主要企業111社を対象に実施したアンケート(2026年4月報道)では、2027年度入社の新卒採用を「減らす」と回答した企業が23%となり、「増やす」の16%を5年ぶりに上回っています。
この動きを受けて、「大企業が採用を絞るのであれば、自社は新卒を採用しやすくなるのではないか」と考える中小企業の経営者も少なくありません。しかし、育成の体制を欠いたまま新卒採用に踏み切ることは、採用費用の損失にとどまらず、採用内定・試用期間・解雇をめぐる法的紛争の原因にもなります。本稿では、①大企業が新卒採用を縮小する背景、②中小企業における新卒採用の意義と事業所規模別の離職率、③採用計画の前提となる育成体制、④募集から本採用後までの各段階の法的規律、⑤育成の過程で生じる法的リスク、⑥即戦力採用に依存することの留意点の順に整理し、採用活動を開始する前の点検事項を示します。
1 大企業が新卒採用を縮小する背景
人手不足の下で新卒採用が縮小される背景は、次の三点に整理することができます。
第一は、育成に充てる人的余力の不足です。新規学卒者は、入社直後から戦力となるわけではなく、先輩社員が相当の時間を割いて指導することを前提とします。現場の人員が逼迫すれば、指導に充てる時間を確保することができません。
第二は、早期離職です。厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」によれば、大学卒業者の就職後3年以内の離職率は33.8%であり、おおむね3人に1人が3年以内に離職しています。
第三は、生成AIをはじめとするデジタル技術の普及です。前記アンケートにおいて、新卒採用を減らす理由として最も多く挙げられたのは「デジタル対応を通じた省人化」であり、個別の企業からは、生成AIの活用をはじめとした業務効率化や、即戦力となるキャリア採用の強化が理由として挙げられています。議事録の作成、資料の下書き、データの集計といった定型的な業務は、従来、新入社員が担当しながら仕事を習得する場でもありましたが、これらはAIによる代替が進んでいます。米スタンフォード大学の研究チームは、米国の給与データの分析に基づき、AIの影響を受けやすい職種における22歳から25歳までの労働者の雇用が、影響の少ない職種の同世代と同じペースで推移した場合と比べて19%低い水準にあること、経験を積んだ労働者には同様の乖離が見られないことを報告しています。
大企業における新卒採用の縮小は、採用意欲の減退というよりも、育成に要する費用と離職のリスクを踏まえ、採用の重点を経験者に移す判断として理解することができます。この事情は、中小企業にも等しく当てはまります。
2 中小企業における新卒採用の意義と、事業所規模別の離職率
(1) 新卒採用の意義
新卒採用には、中途採用では得がたい利点があります。一つは、他社の業務慣行を前提としない人材が、自社の理念や業務の進め方を当初から習得することであり、将来の幹部候補を計画的に育成することができます。もう一つは、年齢構成の是正です。従業員の年齢構成が中高年層に偏った企業では、定年退職が一時期に集中し、技能や顧客関係を承継することができないまま事業の継続が困難となるおそれがあります。東京商工リサーチの集計によれば、2025年の「人手不足」関連倒産は過去最多の397件であり、このうち「従業員退職」を要因とするものが110件を占めています。
(2) 事業所規模別の離職率
もっとも、これらの利点は、採用した人材を育成し、定着させることができて初めて実現します。前記の厚生労働省の調査によれば、大学卒業者の就職後3年以内の離職率は、事業所の規模によって大きく異なります。1,000人以上の事業所では27.0%であるのに対し、100人から499人までの事業所では33.9%、30人から99人までの事業所では41.9%、5人から29人までの事業所では52.0%、5人未満の事業所では57.5%です。小規模な事業所では、新規学卒者の半数超が3年以内に離職していることになります。
人員が不足しているために採用するが、人員が不足しているために指導することができず、その結果として離職に至る。この循環を断たない限り、採用に投じた費用は回収されません。大企業による採用の縮小は、それだけで中小企業に有利に働くものではないというべきです。
3 採用計画の前提 ― 育成することができる人数の把握と、指導内容の標準化
新卒採用を行うにあたっては、第一に、自社が育成することのできる人数を把握する必要があります。一つの目安は、新入社員1名につき、指導を担当する社員1名を専任に近い形で確保することができるか、当該社員が自己の業務時間の2割から3割程度を指導に充てても現場の業務が維持されるか、という点です。指導を担当する者を確保することができない人数を採用することは、避けるべきです。
第二に、指導内容の標準化です。業務の進め方が特定の熟練者の経験にのみ依存している場合、当該熟練者が多忙となれば指導は停止し、退職すれば指導の基盤そのものが失われます。業務手順書、チェックリスト、動画による手引きなど、形式は問いませんが、誰が指導を担当しても一定の内容を伝えることができる状態を、採用に先立って整えておくことが求められます。後記5のとおり、指導内容の標準化と記録化は、法的紛争が生じた場合の備えともなります。
4 新卒採用の各段階における法的規律
(1) 募集段階 ― 労働条件の明示、職場情報の提供、求職者等に対するハラスメント対策
労働者の募集を行う者は、募集に当たり、従事すべき業務の内容および賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならず(職業安定法5条の3第1項)、広告等により募集に関する情報を提供するときは、虚偽の表示または誤解を生じさせる表示をしてはならず、正確かつ最新の内容に保たなければなりません(同法5条の4第1項・2項)。当初明示した労働条件を変更して労働契約を締結しようとする場合には、変更する内容を相手方に明示する必要があります(同法5条の3第3項)。
新規学卒者の募集については、青少年の雇用の促進等に関する法律(若者雇用促進法)が、募集・採用の状況、職業能力の開発・向上、職場への定着の促進に関する取組の実施状況等の「青少年雇用情報」を提供するよう努めること、応募者等から求めがあった場合にはこれを提供することを、募集を行う者に求めています(同法13条)。離職の状況や研修の有無は、応募者が重視する情報です。実態と異なる説明により入社後に認識の相違が生じることは、早期離職の直接の原因となります。
また、令和7年の男女雇用機会均等法の改正により、2026年10月1日から、就職活動中の学生やインターンシップへの参加者等の求職者等に対するセクシュアルハラスメントを防止するための措置を講ずることが、事業主の義務とされました。採用面接やインターンシップ等における自社の役職員の言動について、方針の明確化と周知、相談への対応体制の整備等が必要となります。新卒採用に着手する企業は、採用担当者およびリクルーターに対する周知を、採用活動の開始前に済ませておくべきです。
(2) 採用内定 ― 労働契約の成立と内定取消しの制約
採用内定の法的性質は事案ごとに判断されますが、最高裁判所は、大学卒業予定者に対する採用内定の通知により、就労の始期を大学卒業の直後とし、それまでの間、誓約書に記載された採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと認めたうえで、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると判示しています(最高裁昭和54年7月20日第二小法廷判決・民集33巻5号582頁)。
したがって、内定を通知した後に「採用計画を見直した」「面接時の印象と異なる」といった理由で内定を取り消すことは、原則として許されません。採用する人数は、前記3の育成可能な人数を踏まえ、内定を通知する前に確定しておく必要があります。
(3) 労働契約の締結 ― 労働条件の書面による明示
使用者は、労働契約の締結に際し、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならず、労働契約の期間、就業の場所および従事すべき業務、始業・終業の時刻、休憩・休日、賃金、退職に関する事項等については、書面の交付等の方法により明示しなければなりません(労働基準法15条1項、同法施行規則5条)。2024年4月1日以降は、就業の場所および従事すべき業務について、その「変更の範囲」も明示事項とされています。明示義務の違反は30万円以下の罰金の対象であり(同法120条1号)、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除することができます(同法15条2項)。
配属先や転勤の有無、時間外労働の見込み、固定残業代の有無と内容について、説明と実態が食い違うことは、「聞いていた話と違う」という不信を生み、早期離職につながります。労働条件通知書は、内定の段階で交付しておくことが望ましいといえます。
(4) 試用期間 ― 本採用拒否の限界
「適性を欠くと判明した場合には、試用期間中に辞めてもらえばよい」との理解は、法的には誤りです。最高裁判所は、試用期間を解約権が留保された労働契約と解したうえで、留保された解約権の行使は、通常の解雇の場合よりも広い範囲において解雇の自由が認められるものの、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されると判示しています(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁)。
とりわけ新規学卒者は、職務経験を有しないことを前提に採用されています。一定期間の指導を経ても改善が見られないことを具体的な事実によって示すことができなければ、能力不足を理由とする本採用拒否が是認される余地は限られます。なお、試用期間中の者であっても、14日を超えて引き続き使用された場合には、解雇の予告または解雇予告手当の支払が必要となります(労働基準法20条・21条)。
(5) 本採用後 ― 解雇権濫用法理
試用期間の経過後は、解雇権濫用法理が全面的に適用されます。解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効となります(労働契約法16条)。能力不足を理由とする解雇については、裁判例上、使用者が改善を促し、その機会を与えたにもかかわらず改善されなかったか、今後の指導による改善可能性の見込みがあるか等が考慮されており、指導の内容と経過を示す記録を欠く場合、使用者が解雇の有効性を立証することは困難です。解雇が無効と判断された場合、使用者は、解雇の日以降の賃金の支払を免れません(民法536条2項)。
5 育成の過程で生じる法的リスク
(1) 指導の記録化
以上のとおり、新卒採用は、採用した以上は育成するという前提のもとで行うべき意思決定です。指導の内容、指導に対する本人の対応、改善の状況を記録する様式を定めておくことは、育成の進捗を把握するためだけでなく、本採用拒否や解雇の有効性が争われた場合に、使用者が指導を尽くしたことを示す資料となります。
(2) 指導とパワーハラスメント
指導を担当する者に余力がない職場では、指導が感情的な叱責に転化しやすくなります。事業主は、職場におけるパワーハラスメントを防止するための雇用管理上の措置を講ずる義務を負っており(労働施策総合推進法30条の2)、中小企業についても2022年4月1日から適用されています。業務上必要かつ相当な範囲の指導はパワーハラスメントに当たりませんが、人格を否定する言動や、長時間にわたる叱責の反復は、これに該当し得ます。また、使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務を負います(労働契約法5条)。指導担当者に対する研修と相談窓口の整備は、新入社員の定着のための施策であると同時に、使用者の責任を回避するための措置でもあります。
6 即戦力採用に依存することの留意点
育成の負担を避けるために、採用を経験者に限定するという選択もあり得ます。しかし、これには二つの留意点があります。
第一に、経験者の採用のみによって人員を維持している企業では、社内に育成の仕組みが形成されません。30代から40代の中核人材が退職した場合、代替の人材は外部から調達するほかありませんが、正社員の不足を訴える企業が半数を超える状況の下では、経験者の採用競争は激しく、採用に要する費用と期間は増大します。その間、業務が停滞することになります。
第二に、経験者であっても、自社の業務の進め方、顧客の特性、取扱商品についての教育は必要です。「経験者であるから指導は不要である」として受入れ後の支援を怠れば、能力を発揮することができないまま不満を抱いて離職するという、新卒採用と同様の結果を招きます。即戦力として採用した者について、期待した成果が上がらないことを理由に直ちに解雇することができるわけでもありません。能力不足を理由とする解雇には、中途採用者についても、原則として改善の機会の付与が求められます。
結局のところ、問われているのは、新卒採用か中途採用かの選択ではなく、採用した人材を教育する体制の有無です。
点検事項
- ① 指導を担当する社員を確保することができる人数を算定し、採用予定人数がこれを超えていないか
- ② 業務手順書・チェックリスト等により、指導内容が特定の社員に依存しない状態となっているか
- ③ 求人票・募集要項の記載は、実際の労働条件と一致しているか。応募者から求めがあった場合に提供する職場情報(青少年雇用情報)を準備しているか
- ④ 採用担当者・リクルーターに対し、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止に関する方針を周知し、相談への対応体制を整備しているか
- ⑤ 内定通知書・誓約書に内定取消事由を定めているか。採用人数は内定の通知前に確定しているか
- ⑥ 労働条件通知書に、就業の場所・従事すべき業務とその変更の範囲、時間外労働の有無、賃金の内容を正確に記載しているか
- ⑦ 就業規則に、試用期間の長さ、本採用拒否の事由、試用期間の延長の可否を定めているか
- ⑧ 指導の内容・経過を記録する様式を定め、運用しているか。指導担当者に対するハラスメント防止の研修を実施しているか
よくあるご質問
Q. 試用期間中であれば、能力不足を理由に本採用を拒否することができますか。
A. 試用期間中であっても、本採用の拒否が自由に認められるわけではありません。最高裁判所は、試用期間中の解約権の行使について、通常の解雇よりも広い範囲で認められるとしつつ、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されると判示しています(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決)。新規学卒者は職務経験を有しないことを前提に採用されているため、具体的な指導を行い、改善の機会を与えたにもかかわらず改善が見られなかったことを、記録によって示すことができるようにしておく必要があります。
Q. 内定を通知した後に、採用計画の見直しを理由として内定を取り消すことはできますか。
A. 原則としてできません。採用内定の通知により解約権を留保した労働契約が成立したと認められる場合、内定の取消しは、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として取り消すことが客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られます(最高裁昭和54年7月20日第二小法廷判決)。採用人数は、自社が育成することのできる人数を踏まえ、内定を通知する前に確定しておくべきです。
Q. 新卒採用を始めるにあたり、事前に整備しておくべき書類は何ですか。
A. 少なくとも、①実際の労働条件と一致した求人票・募集要項、②内定取消事由を記載した内定通知書・誓約書、③就業の場所・従事すべき業務とその変更の範囲等を記載した労働条件通知書、④試用期間・本採用拒否の事由を定めた就業規則、⑤指導の内容と経過を記録する様式、の整備が必要です。あわせて、2026年10月1日から義務化された求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置として、採用担当者への方針の周知と相談への対応体制の整備を行ってください。
Q. 即戦力として中途採用した社員が期待した成果を上げない場合、解雇することができますか。
A. 中途採用者であることのみを理由に、解雇が直ちに有効となるわけではありません。解雇には労働契約法16条が適用され、能力不足を理由とする場合には、原則として、具体的な指導と改善の機会の付与が求められます。地位や職務を特定して採用した場合には判断が異なり得ますが、その場合も、採用時に求める能力・成果の水準を契約書等で明確にしておくことが前提となります。経験者であっても、自社の業務の進め方や顧客・商品に関する教育は必要であり、受入れ後の支援と指導の記録を欠かさないことが重要です。
まとめ
大企業が新卒採用を縮小する背景には、育成に充てる余力の不足、早期離職、AIによる定型業務の代替という三つの事情があり、これらは中小企業にも等しく当てはまります。小規模な事業所では新規学卒者の半数超が3年以内に離職しており、大企業による採用の縮小は、それだけで中小企業の好機となるものではありません。新卒採用は、育成することができる人数の範囲で行い、指導内容を標準化したうえで、募集時の労働条件の明示、採用内定、労働条件通知書、試用期間の各段階の規律に沿って進める必要があります。経験者の採用に重点を置く場合にも、教育の体制が必要であることに変わりはありません。当事務所では、採用活動の開始前の就業規則・労働条件通知書・内定通知書の整備、指導記録の運用、本採用拒否・解雇に関する判断、ハラスメント防止措置の整備を、顧問契約に基づき継続的に支援しています。
参考資料
- 労働基準法(e-Gov法令検索)/労働基準法施行規則(e-Gov法令検索)/労働契約法(e-Gov法令検索)
- 職業安定法(e-Gov法令検索)/青少年の雇用の促進等に関する法律(e-Gov法令検索)/民法(e-Gov法令検索)
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(e-Gov法令検索)/雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(e-Gov法令検索)
- 最高裁判所 昭和48年12月12日大法廷判決(裁判所ウェブサイト)/最高裁判所 昭和54年7月20日第二小法廷判決(裁判所ウェブサイト)
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)を公表します」(令和7年10月24日)
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」/厚生労働省「青少年の雇用の促進等に関する法律(若者雇用促進法)について」
- 帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年7月)」/東京商工リサーチ「2025年(令和7年)の全国企業倒産1万300件」
- Stanford Digital Economy Lab「Canaries in the Coal Mine? Six Facts about the Recent Employment Effects of Artificial Intelligence」
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。統計の数値は帝国データバンク・厚生労働省・東京商工リサーチ等の各公表資料および報道(共同通信社のアンケート)によります。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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