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経営者による預金残高の把握と会社の資金・税務管理 ― 黒字倒産の構造と支払不能(破産法15条)、経理担当者の横領を防ぐ内部牽制(照会権限・振込承認の二重化)と取締役の善管注意義務(会社法330条・423条・362条4項6号)、法人税・消費税の申告納付期限と中間申告、源泉所得税・社会保険料の納期、督促から差押えに至る滞納処分(国税通則法37条・国税徴収法47条)

会社の規模が拡大し、経理担当者を採用して日々の出納や帳簿付けを任せるようになると、経営者自身が預金残高を確認する機会は目に見えて減少します。損益計算書上の売上や利益は把握していても、現在の預金残高やその推移を即答できない経営者は少なくありません。しかし、損益と資金の動きは一致せず、預金残高の把握を欠いた経営は、黒字倒産、経理担当者による横領の長期化、納税資金の不足による滞納といった、事後的な回復が困難な事態を招きます。

東京商工リサーチが2026年3月に公表した「倒産企業の財務データ分析」によれば、2025年に倒産した企業のうち、倒産直前の最新期に最終赤字であった企業は64.3%にとどまり、約3社に1社は最終赤字ではない状態で倒産に至っています。また、同社の集計では、2024年の「コンプライアンス違反」倒産320件のうち、税金(公租公課)滞納などの「税金関連」が176件(前年比91.3%増)を占めました。本稿では、経営者が預金残高を把握すべき理由を、資金繰り、不正防止と取締役の責任、納税資金の管理という3つの観点から整理し、実務上の確認方法を示します。

1 損益と資金の乖離 ― 黒字倒産の構造

(1)利益は会計上の判断を経た数値である

損益計算書上の利益は、収益の計上時期や棚卸資産の評価など、会計基準の範囲内で行われる判断を経て算出される数値であり、不正な操作がなくとも、判断の仕方によって同一の会社が黒字にも赤字にも見え得ます。これに対し、預金残高は入金と出金の事実のみによって増減し、会計上の判断の影響を受けません。資金繰りの実態を把握するうえで、預金残高が最も直接的な指標とされるのはこのためです。

(2)入金時期のずれと支払不能

例えば3月に1,000万円の工事を完成させ、代金の入金が取引先の締めの都合で6月末である場合、3月の損益は黒字となりますが、材料費、外注費、従業員の給与は入金に先行して支出されます。その間に手元資金が尽きれば、帳簿上は黒字のまま手形の決済や給与の支払ができなくなります。破産法は、債務者が支払不能にあるときを破産手続開始の原因とし(破産法15条1項)、支払の停止があったときは支払不能を推定します(同条2項)。法的倒産の判断で問われるのは損益の黒字・赤字ではなく、弁済期にある債務を弁済できるか否かです。

(3)月次での確認方法

経営者自身が、毎月末の預金残高をその月の売上・利益と並べて記録し、利益が計上されているにもかかわらず預金が減少している月を把握することが、資金不足の予兆を捉える最も簡便な方法です。確認に当たっては、残高の絶対額よりも前月比の増減を重視し、減少した月についてはその理由(設備投資、季節的な支払等)を説明できる状態にしておくことが重要です。あわせて、預金残高が月商の何か月分に相当するか(手元流動性)を確認します。適正水準は業種や入金サイトにより異なりますが、一般に月商の2か月分程度で一定の余裕、3か月分程度で安定的とされ、1か月分を下回る場合は、得意先からの入金を待って支払を行う状態に陥っていないかを点検する必要があります。

2 経理業務の委任と不正リスク、取締役の責任

(1)経理担当者による横領の構造

中小企業では、経理担当者が1名で出納、記帳、預金の管理を担っていることが多く、相互の牽制が働きにくい体制となりがちです。経営者が長期間にわたり預金の動きを確認していない場合、少額の不正な出金が繰り返され、発覚時には多額の被害となっていることがあります。発覚の契機も、担当者の休暇中の代行者による気付きや、税理士による数値の違和感の指摘など、偶然によることが少なくありません。業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の拘禁刑に処されます(刑法253条)が、刑事手続が進んでも被害金が回収できるとは限らず、民事上の損害賠償請求も相手方に資力がなければ実効性を欠きます。被害の発生自体を防ぎ、早期に発見する体制の整備が不可欠です。

(2)内部牽制の具体策

  • ネットバンキングの照会権限を経営者が保有し、少なくとも月1回は自ら残高と入出金明細を確認する
  • 一定額を超える振込については、起票者と承認者を分け、経理担当者と経営者(又は他の役職員)の2名による承認を要する設定とする
  • 通帳・キャッシュカード・届出印やネットバンキングの認証手段を同一人に集中させない
  • 銀行の残高証明書や入出金明細と帳簿残高を、経理担当者以外の者が定期的に照合する
  • 経理担当者の休暇取得や業務の一時的な交代を制度化し、業務の属人化を避ける

これらの措置は、不正の発見だけでなく、「経営者が見ている」という事実を通じた抑止の効果も有します。

(3)取締役の善管注意義務と内部統制

株式会社と取締役との関係は委任に関する規定に従い(会社法330条)、取締役は善良な管理者の注意をもって職務を執行する義務を負います(民法644条)。取締役がその任務を怠ったときは、会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(会社法423条1項)。また、取締役会設置会社では、業務の適正を確保するための体制の整備は取締役会が決定すべき事項とされ(同法362条4項6号)、大会社ではその決定が義務付けられています(同条5項)。会社の預金の確認を長期間にわたり怠り、基本的な牽制の仕組みも設けないまま資金ショートや横領を招いた場合には、具体的な事情によっては任務懈怠の有無が問題となり、株主から責任を追及される可能性も否定できません。会社の規模を問わず、出納に関する最低限の牽制体制を整え、その運用を経営者自身が確認しておくことが、会社の資金と経営者自身を守ることにつながります。

3 納税資金の管理 ― 預金残高は「自由に使える資金」ではない

(1)申告納付期限と中間申告

内国法人は、原則として各事業年度終了の日の翌日から2か月以内に法人税の確定申告書を提出し、その期限までに納付しなければなりません(法人税法74条1項・77条)。消費税についても、課税期間の末日の翌日から2か月以内に確定申告・納付を行います(消費税法45条1項・49条)。さらに消費税には中間申告制度があり(同法42条)、直前の課税期間の確定消費税額(地方消費税を除く)が48万円を超える場合は年1回、400万円を超える場合は年3回、4,800万円を超える場合は年11回、中間申告・納付が必要となります。預金残高のうち、これらの納付に充てるべき金額は、経営判断において自由に使える資金ではありません。

(2)利益と無関係に生じる納付

消費税は、取引の対価に含めて受領した税額から仕入れ等に係る税額を控除して納付するものであり、損益が赤字であっても納付額が生じ得ます。また、給与等から源泉徴収した所得税は原則として徴収した月の翌月10日までに納付する必要があり(所得税法183条1項。給与等の支払を受ける者が常時10人未満の事務所等で承認を受けた場合の納期の特例として同法216条)、健康保険料は翌月末日までに納付しなければなりません(健康保険法164条1項)。これらの公租公課は毎月又は定期的に資金を流出させるため、月次の資金計画に組み込んでおく必要があります。

(3)滞納処分のリスク

国税を納期限までに完納しない場合、税務署長は督促状により督促を行い(国税通則法37条1項)、督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は滞納者の財産を差し押さえなければならないとされています(国税徴収法47条1項1号)。延滞税も発生します(国税通則法60条)。租税債権は、通常の私債権と異なり、判決等の債務名義を得ることなく差押えが可能であり、預金や売掛金が差し押さえられれば、取引先や金融機関との関係にも直ちに影響が及びます。前述のとおり、2024年の「コンプライアンス違反」倒産のうち「税金関連」は176件に上り、東京商工リサーチは滞納への徴収が厳格さを増していることを指摘しています。

(4)実務上の対応

決算期の数か月前に税理士から納税予定額と納付日の見込みを得て、資金繰り表に反映させるとともに、納税資金を別口座に区分して積み立てておく方法が有効です。預金残高から納付予定額を控除した額を「自由に使える資金」として認識することで、設備投資や採用、借入の返済計画を適切に判断することができます。

4 弁護士への相談が有効な場面

預金の動きに説明のつかない減少がある場合や、経理担当者の不正が疑われる場合には、証拠の保全、関係者への聴取、懲戒処分や損害賠償請求、刑事告訴の要否を、初動の段階から一体として検討する必要があります。拙速な対応は証拠の散逸や不当な処分による紛争を招くおそれがあります。また、資金繰りの悪化が見込まれる場合には、早期に金融機関への返済条件の変更の相談、取引先との支払条件の交渉、売掛金の回収強化、納税の猶予制度の検討等を行うことで、選択肢を確保することができます。

当事務所は、出納・振込承認に関する社内規程と内部牽制の仕組みづくり、経理担当者の不正が疑われる場合の調査と処分・回収・刑事告訴の対応、資金繰り悪化時の初動対応を、顧問契約に基づき継続的に支援しています。

企業が点検すべき事項

  • ① 経営者自身が、会社の預金残高の概数を即答できる状態にあるか
  • ② 毎月末の預金残高を売上・利益と並べて記録し、利益と資金の動きの乖離を確認しているか
  • ③ 預金の前月比の増減を把握し、減少した月についてその理由を説明できるか
  • ④ 預金残高が月商の何か月分に相当するかを把握し、自社の入金サイトに応じた目標水準を定めているか
  • ⑤ ネットバンキングの照会権限を経営者が保有し、月1回以上自ら確認しているか
  • ⑥ 一定額を超える振込について、2名による承認を要する設定・規程となっているか
  • ⑦ 通帳・届出印・認証手段が同一人に集中しておらず、帳簿と銀行残高の照合を経理担当者以外の者が行っているか
  • ⑧ 取締役会設置会社において、出納に関する内部統制の整備について決定し、その運用を確認しているか(会社法362条4項6号)
  • ⑨ 法人税・消費税(中間申告を含む)、源泉所得税、社会保険料の納付予定額と納付日を資金繰り表に反映しているか
  • ⑩ 納税資金を区分して管理し、預金残高から納付予定額を控除した「自由に使える資金」を把握しているか

よくあるご質問

Q. 利益が出ていれば、預金残高まで細かく確認する必要はないのではありませんか。

A. いいえ。利益は会計上の判断を経た数値であり、売上の計上と入金の時期がずれる中で支払が先行すれば、黒字のまま資金が尽きることがあります。法的倒産の判断で問われるのは損益ではなく支払能力です(破産法15条1項)。東京商工リサーチの分析でも、2025年の倒産企業のうち最新期に最終赤字であったのは64.3%であり、約3社に1社は最終赤字ではない状態で倒産しています。

Q. 経理を信頼できる担当者に任せています。それでも経営者が確認する必要がありますか。

A. あります。経理を任せること自体に問題はありませんが、確認をやめることが問題です。経営者による定期的な確認は、資金不足の早期発見に加え、不正の抑止と早期発見に資し、担当者を不要な疑いから守ることにもなります。また、確認を長期間怠り、牽制の仕組みも設けないまま損害を生じさせた場合には、具体的な事情によっては取締役の任務懈怠が問題となり得ます(会社法330条・423条1項、民法644条)。

Q. 預金はどの程度あれば安全といえますか。

A. 一律の基準はありませんが、月商の何か月分に相当するかが簡便な目安です。一般に2か月分程度で一定の余裕、3か月分程度で安定的とされ、1か月分を下回ると大口取引先の入金遅延ひとつで支払が滞るおそれがあります。現金商売の業種ではより少なくても資金が回る一方、入金まで数か月を要する業種では3か月分でも不足する場合があるため、自社の入金サイトと納税予定を踏まえて目標水準を定めることが重要です。

Q. 納税資金が不足しそうな場合、どうすればよいですか。

A. 納期限を経過して滞納となれば、督促を経て預金や売掛金の差押えに至るおそれがあります(国税通則法37条1項、国税徴収法47条1項)。不足が見込まれる段階で、速やかに税理士・弁護士に相談し、所轄の税務署への納付の相談や猶予制度の利用の可否を検討してください。あわせて、資金繰り表を作成して不足額と時期を明らかにし、金融機関や取引先との調整を並行して進めることが重要です。

まとめ

預金残高は、会計上の判断に左右されない会社の「素顔」であり、黒字倒産の予兆、経理担当者による不正、納税資金の不足のいずれも、預金の動きを見ていれば早期に把握できる可能性が高まります。経理を任せることと、経営者が確認をやめることは別の問題です。毎月の前月比の増減と月商比の確認、照会権限の保有と振込承認の二重化、納税予定額を控除した資金の把握という基本的な手当てを平時から講じておくことが、会社の資金を守り、取締役としての責任を果たすための出発点となります。

参考資料

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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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