企業のリスク管理においては、取引先の信用悪化に対する備えが重視される一方、顧問税理士・顧問弁護士といった専門家の廃業・倒産が自社に及ぼす影響は、ほとんど検討されていないのが実情です。しかし、税務申告、帳簿書類の保管、訴訟追行といった業務は、いずれも法定の期限や保存義務を伴い、専門家の事業停止は直ちに企業側の法的不利益に転化します。本稿では、士業事務所の倒産に関する最新の統計を踏まえたうえで、顧問の士業が廃業・倒産した場合に顧問先企業が負うリスクを、委任契約の終了、税務上の不利益、訴訟手続への影響、損害賠償請求の実効性の4つの観点から整理し、平時に整備すべき契約条項と管理体制を検討します。
1. 士業事務所の倒産に関する現状
東京商工リサーチが令和8年7月25日に公表した調査によれば、税理士事務所(税理士法人および会計事務所)の倒産は、2026年上半期(1〜6月)に4件発生しました。従前、税理士事務所の倒産は半年で概ね1〜2件にとどまり、1993年以降の34年間でゼロの年が15回、年平均でも1件未満という水準であったところ、上半期で4件は1993年以降で初めてであり、年間の最多である2009年・2015年の5件に半年で迫る数字です。4件の内訳は、給付金の不正受給の指南により代表者が逮捕された事案が1件、競合の増加により赤字が継続し事業継続が困難となった事案が1件、代表者の死去による事案が1件、代表者の体調悪化による事案が1件とされています。
具体的な事例としては、令和8年4月27日付で富山地方裁判所高岡支部から破産手続開始の決定を受けた税理士法人ホライズン(富山県高岡市)が報じられています。負債は信用調査会社の集計で約1億6,400万円とされ、前身は1955年創業の税理士事務所で、地域企業の税務・会計を長年にわたり担ってきた事務所でした。事務所の歴史や規模は、事業継続性の保証とはなりません。
背景には、①会計ソフトの自動化と低価格サービスの浸透による価格競争、②資格者個人の稼働に依存する事業構造と高齢化・後継者不在、③コンプライアンス違反による資格処分という3つの要因があります。日本税理士会連合会によれば税理士登録者数は令和8年8月末日現在で82,343人であり、同会が令和6年4月に実施した第7回税理士実態調査(回答数38,607件、回答率44.8%)においても、業界の高齢化と承継の問題が課題として位置づけられています。前記4件のうち2件が代表者の死去・体調悪化を原因とする点は、この構造を端的に示すものです。
2. 委任契約の終了と帳簿書類・データの返還
(1) 委任の終了事由
顧問契約は、法的性質としては委任または準委任契約にあたります。民法653条は、委任者または受任者の死亡、委任者または受任者が破産手続開始の決定を受けたこと、受任者が後見開始の審判を受けたことを委任の終了事由と定めており、顧問の士業(個人)が死亡し、または破産手続開始の決定を受けた場合、顧問契約は当然に終了します。税理士法人・弁護士法人が破産手続開始の決定を受けた場合も、法人の解散事由に該当し、業務の継続は予定されません。
受任者は、委任者の請求があるときは委任事務の処理の状況を報告する義務を負い(民法645条)、委任事務を処理するにあたって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければなりません(同法646条1項)。したがって、預けていた帳簿・証憑・契約書の原本、預り金の返還請求は法律上可能です。もっとも、急迫の事情があるときの必要な処分義務(同法654条)が及ぶ範囲は限定的であり、事務所が閉鎖され従業員も退職した状態では、事実上の履行を期待することはできません。
(2) 保存義務は企業側にあること
重要なのは、帳簿書類の保存義務が企業自身に課されているという点です。法人税法126条・同法施行規則により、青色申告法人は帳簿書類を整理して原則7年間(欠損金額が生じた事業年度については10年間)保存しなければならず、会社法432条2項も、会計帳簿およびその事業に関する重要な資料の10年間の保存を義務づけています。税務調査の場面において、「税理士に預けていたため提出できない」との説明は、保存義務の履行を基礎づけるものではありません。
あわせて留意すべきが、電子的な業務基盤の帰属です。クラウド会計サービスの契約名義や、e-Tax・eLTAXの利用者識別番号・暗証番号を事務所側が管理している場合、事務所との連絡が途絶した時点で自社の申告データにアクセスできなくなり、識別番号の再取得等の手続を要することになります。契約名義とアクセス権限を企業側に置き、士業には権限を付与する形式とすることが、実務上の防御策となります。
3. 申告期限の徒過による税務上の不利益
(1) 無申告加算税および延滞税
法定申告期限は、税理士側の事情によって延長されるものではありません。期限後申告となった場合、国税通則法66条に基づき無申告加算税が課されます。国税庁の説明によれば、税務調査を受けた後に期限後申告を行った場合、納付すべき税額のうち50万円までは15%、50万円超300万円までは20%、300万円を超える部分は30%、調査の事前通知を受けた後・調査前の申告であれば同様の区分で10%・15%・25%、調査通知前に自主的に期限後申告を行った場合は5%とされています。あわせて延滞税が課され、令和8年1月1日から同年12月31日までの期間については、納期限の翌日から2か月を経過する日までが年2.8%、それ以降は年9.1%です。
(2) 青色申告の承認取消し
より長期的な影響を及ぼすのが、青色申告の承認取消しです。国税庁の事務運営指針「法人の青色申告の承認の取消しについて」は、法人税法127条1項4号の規定による取消しについて、2事業年度連続して提出期限内に同法74条1項の確定申告書の提出がない場合に、当該2事業年度目の事業年度以後の事業年度について承認を取り消すものとしています。青色申告の承認が取り消されれば、欠損金の繰越控除、各種の特別償却・税額控除、少額減価償却資産の特例等が利用できなくなり、その影響は複数年度に及びます。顧問税理士の事業停止が、企業の税負担そのものを恒久的に増加させ得るということです。
4. 訴訟手続への影響
顧問弁護士に訴訟を委任している場合、時間的な猶予はさらに限られます。民事訴訟法124条1項が訴訟手続の中断事由として列挙するのは、当事者の死亡、法人の合併による消滅、当事者の訴訟能力の喪失、法定代理人の死亡または代理権の消滅、信託に関する任務の終了等であり、訴訟代理人の辞任・廃業は中断事由に含まれていません。したがって、代理人が不在となっても口頭弁論期日は指定どおり進行し、準備書面・証拠の提出期限も動きません。期日を欠席すれば擬制自白や弁論終結といった不利益を受けるおそれがあり、後任の代理人が記録を引き継ぎ事案を把握するまでの空白が、そのまま訴訟追行上の不利益となります。
また、預託中の着手金・預り金、証拠書類の原本の返還も問題となります。連絡が途絶した場合には、所属弁護士会への照会を行い、必要に応じて裁判所に事情を説明したうえで、速やかに後任の代理人を選任することが現実的な対応となります。
5. 損害賠償請求の実効性 ― 社員の無限連帯責任と職業賠償責任保険
申告期限の徒過や誤った税務処理により企業に損害が生じた場合、税理士に対する債務不履行・不法行為に基づく損害賠償請求が考えられます。税理士法人については、税理士法48条の21が会社法580条1項を準用しており、法人の財産をもって債務を完済することができない場合、または法人の財産に対する強制執行がその効を奏しなかった場合には、社員が連帯して弁済の責任を負います。弁護士法人についても、弁護士法30条の15が同様に、法人の財産をもって債務を完済することができないときは各社員が連帯して弁済の責任を負う旨を定めています(案件ごとに指定社員を依頼者に通知した場合の特則があります)。
もっとも、法人が破産手続に至っている局面では、社員個人についても資力が失われていることが多く、債務名義を取得しても回収可能性は限定的です。実務上の担保となるのは、税理士職業賠償責任保険・弁護士賠償責任保険の加入の有無であり、顧問契約の締結時および更新時に、加入の有無と補償の概要を確認しておくことが合理的です。
6. 顧問契約書および管理体制の整備
以上のリスクは、事務所の選定段階と契約段階での設計により、相当程度低減することが可能です。顧問契約書には、少なくとも次の条項を設けることが望まれます。
- ① 契約終了時の資料返還:契約終了・業務停止の場合における預り資料(原本・写し)の返還期限、返還場所、返還方法を明記する
- ② データの引渡形式:会計データについて、PDF等の出力形式にとどまらず、会計ソフトのデータ本体または汎用形式(CSV等)での引渡しを明記する
- ③ 後任への引継ぎ協力義務:後任の税理士・弁護士に対する引継ぎ(進行中の事案の状況説明を含む)に協力する義務を定める
- ④ 秘密保持および終了後の存続:秘密保持義務が契約終了後も存続すること、返還後の複製物の廃棄を定める
- ⑤ 再委託・担当者の変更:再委託の可否と事前承諾、担当者変更時の通知を定める
- ⑥ 職業賠償責任保険:保険加入の維持と、加入状況の開示を求める条項を検討する
あわせて、企業側の管理体制として、決算・申告・年末調整・社会保険関係の届出・株主総会等の期限を自社の管理表でも把握すること、通帳・契約書・証憑の原本を自社で保管すること、クラウド会計およびe-Tax・eLTAXの契約名義とIDを自社に置くことが有効です。事務所の選定においても、資格者が1名のみで代替性がないか、担当者不在時に回答できる体制があるか、業務が属人的な記憶ではなく記録として管理されているかという観点は、料金水準と同等に重要です。
なお、レスポンスの著しい遅延、担当者の頻繁な交代、質問に対する回答の不明確化といった兆候は、事務所側の経営状況の悪化を示唆する場合があります。契約の見直しやセカンドオピニオンの取得は、関係が悪化してからではなく、平時に検討すべき事項です。
点検事項
- ① 顧問契約書に、契約終了・業務停止時の預り資料の返還期限および返還方法が定められているか
- ② 会計データの引渡形式(データ本体・汎用形式)と、後任への引継ぎ協力義務が明記されているか
- ③ 通帳・契約書・証憑等の原本を自社で保管し、士業には写しまたは電子データを交付する運用となっているか
- ④ クラウド会計サービスの契約名義およびe-Tax・eLTAXの利用者識別番号・暗証番号を自社が管理しているか
- ⑤ 決算・申告・各種届出の期限を、士業任せにせず自社の管理表でも把握しているか
- ⑥ 帳簿書類の保存義務(法人税法上7年・欠損金がある事業年度は10年、会社法432条2項の10年)を自社で履行できる状態にあるか
- ⑦ 顧問先の士業について、資格者が1名のみで代替性を欠く体制となっていないか、職業賠償責任保険に加入しているかを確認しているか
- ⑧ 士業と連絡が取れなくなった場合の初動(所属会への照会、後任の選任、税務署・裁判所への説明)が想定されているか
よくあるご質問
Q. 顧問税理士が破産し、決算・申告の期限に間に合わなかった場合、会社はどのような不利益を受けますか。
A. 期限後申告となれば無申告加算税および延滞税が課されます。無申告加算税は、税務調査後の申告の場合、納付すべき税額のうち50万円までは15%、50万円超300万円までは20%、300万円を超える部分は30%とされ、調査通知前に自主的に申告した場合は5%に軽減されます。延滞税は令和8年中の期間について、納期限の翌日から2か月を経過する日までが年2.8%、それ以降は年9.1%です。加えて、2事業年度連続して期限内に法人税の確定申告書の提出がない場合には、法人税法127条1項4号により青色申告の承認が取り消され、欠損金の繰越控除等が利用できなくなります。税理士の事情は、これらの不利益を回避する理由とはなりません。
Q. 顧問先の事務所が閉鎖され、預けていた帳簿や証憑が回収できません。保存義務はどうなりますか。
A. 帳簿書類の保存義務は会社自身が負います。法人税法上、帳簿書類は原則として7年間(欠損金額が生じた事業年度は10年間)の保存が必要であり、会社法上も会計帳簿およびその事業に関する重要な資料を10年間保存しなければなりません(会社法432条2項)。受任者は委任事務の処理状況を報告し、受け取った物を引き渡す義務を負いますが(民法645条・646条)、事務所が破産手続に入っている場合、原本の回収には破産管財人との折衝を要し、相当の時間がかかることがあります。原本は自社で保管し、士業には写しまたは電子データを交付する運用が安全です。
Q. 訴訟の途中で代理人弁護士が廃業した場合、訴訟手続は中断しますか。
A. 中断しません。民事訴訟法124条1項が中断事由として定めるのは当事者の死亡、法人の合併による消滅、法定代理人の死亡・代理権の消滅等であり、訴訟代理人の辞任・廃業はこれに含まれません。したがって期日および主張・立証の提出期限はそのまま進行し、対応が遅れれば手続上の不利益を受けるおそれがあります。連絡が取れない状態が続く場合には、速やかに後任の代理人を選任し、裁判所に対して受任の届出と必要に応じた期日の調整を求めることが実務上の対応となります。
参考資料
- 東京商工リサーチ「倒産と無縁の税理士業界に異変、2026年上半期は4件発生」(令和8年7月25日)
- 北國新聞「高岡の税理士事務所『税理士法人ホライズン』破産開始決定受ける」
- 日本税理士会連合会「税理士登録者数」(令和8年8月末日現在)
- 日本税理士会連合会「第7回税理士実態調査報告書」(令和6年4月実施)
- 国税庁「No.2024 確定申告を忘れたとき」(無申告加算税)
- 国税庁「No.9205 延滞税について」
- 国税庁「法人の青色申告の承認の取消しについて」(事務運営指針)
- 民法(e-Gov法令検索)(645条・646条・653条・654条)
- 法人税法(e-Gov法令検索)(74条・126条・127条)
- 国税通則法(e-Gov法令検索)(60条・66条)
- 会社法(e-Gov法令検索)(432条・580条)
- 民事訴訟法(e-Gov法令検索)(124条)
- 税理士法(e-Gov法令検索)(48条の21)
- 弁護士法(e-Gov法令検索)(30条の15)
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。個別の倒産事例は報道等に基づく概要です。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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