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給与体系の設計と法的リスク ― 完全歩合制と労働基準法27条の保障給、歩合給と割増賃金の判別(国際自動車事件)、年功型賃金と同一労働同一賃金(ハマキョウレックス・日本郵便・メトロコマース各最高裁判決)、年俸制における固定残業代と一方的減額の限界

プルデンシャル生命保険株式会社は令和8年(2026年)1月16日、社員・元社員による金銭不祥事に関する調査結果と再発防止策を公表し、原因の一つとして「業績に過度に連動する報酬制度」と「営業社員の収入の不安定さ」を挙げたうえで、営業報酬制度等のインセンティブの仕組みの抜本的改善を掲げました。同年7月には、営業社員の完全歩合を事実上撤廃し一定の収入保証を導入する方針が報じられています。給与体系は人件費の配分方法であると同時に、従業員の行動を方向づける制度であり、その設計には類型ごとに固有の法的リスクが内在します。本稿では、歩合制、年功型(勤続給・年齢給)、年俸制の3類型について、労働基準法、最低賃金法、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パート・有期法」)および労働契約法の規律と主要な裁判例を整理し、賃金規程の点検事項をまとめます。

1 成果連動型報酬と不祥事 ― 二つの事案が示すもの

(1) プルデンシャル生命の金銭不祥事(令和8年1月公表)

同社の公表資料によれば、令和6年8月から実施した顧客確認の結果、会社の制度または保険業務を装った金銭詐取等を行った元社員3名の事案(被害者8名・約6千万円)が発覚したほか、106名の社員・元社員が、保険業務と関連のない投資商品の勧誘や顧客からの金銭借入れなど金銭に関わる不適切行為を行っていたことが判明し、その受領額は在職中約16.3億円、退職後約14.5億円とされています。同社は原因として、営業管理職による活動管理と本社によるけん制の不足に加え、「業績に過度に連動する報酬制度は、金銭的利益を重視する志向を持つ人材を惹き付け、営業社員の収入の不安定さが不適切行為につながるリスクを増大させていました」と分析し、再発防止策として、営業報酬制度の抜本的な再構築、資格制度・表彰制度・営業管理職への登用におけるコンプライアンスおよびアフターフォロー評価の組込み、営業活動状況の把握強化等を挙げました。同社は令和8年2月9日から新規契約の販売活動を自粛し、同年4月22日には自粛期間を180日間延長して構造改革を進めています。

(2) かんぽ生命に対する行政処分(令和元年12月)

金融庁は令和元年12月27日、株式会社かんぽ生命保険に対し、保険業法132条1項に基づき、令和2年1月1日から同年3月31日までの間、保険商品に係る保険募集および保険契約の締結を停止する業務停止命令と業務改善命令を発しました(日本郵便株式会社に対しても同旨の処分)。金融庁が認定した不適正募集行為は、契約の乗換に際して事実と異なる説明を行うなど保険業法300条1項に違反するものが少なくとも67件、「自分の営業成績のために解約を遅らせてほしい」と依頼するなど社内ルールに違反するものが少なくとも662件に及び、その背景として、「営業目標として乗換契約を含めた新規契約を過度に重視した不適正な募集行為を助長するおそれがある指標を使用し続けた」過度な営業推進態勢や、募集人の営業目標・営業手当・表彰の状況を把握しない脆弱な募集管理態勢が指摘されています。

いずれの事案も、成果に連動する報酬・評価それ自体を否定するものではありません。しかし、成果指標が売上(新規契約)に偏り、収入の安定を欠き、行動の質を評価・管理する仕組みを伴わない場合には、不正の誘因となり、最終的には使用者責任に基づく被害補償、行政処分、信用の毀損という形で企業に跳ね返ることを示しています。

2 歩合制の法的規律

(1) 労働基準法27条の保障給と最低賃金

労働基準法27条は、「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めています。したがって、雇用する労働者に対し、固定給を一切設けず売上がなければ賃金もゼロとなる完全歩合制を採ることは、同条に違反します。同条の保障給は労働時間に応じた一定額であることを要し、また、保障給を含む賃金総額は最低賃金額以上でなければならず、これに達しない定めはその部分について無効となり、最低賃金と同様の定めをしたものとみなされます(最低賃金法4条1項・2項)。なお、同条の規制が及ぶのは労働基準法上の労働者に限られますが、業務委託の形式をとっていても、業務遂行上の指揮監督、時間的・場所的拘束、諾否の自由の有無、報酬の労務対償性等の実態から労働者性が肯定されれば、同条をはじめとする労働法規の適用を免れることはできません。

(2) 歩合給と割増賃金 ― 国際自動車事件

歩合給を支払う場合であっても、法定時間外労働等に対しては労働基準法37条の割増賃金を別途支払う必要があり、歩合給についての割増賃金は、当該賃金の総額を当該賃金計算期間の総労働時間数で除した金額を基礎として算定されます(労働基準法施行規則19条1項6号)。実務上問題となるのが、歩合給の計算過程で割増賃金相当額を控除する仕組みです。最高裁令和2年3月30日第一小法廷判決(国際自動車事件)は、タクシー乗務員の歩合給の計算に当たり、売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する賃金規則について、当該仕組みは「出来高払制の下で元来は歩合給として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするもの」であり、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができず、割増金の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたということはできないと判断しました。歩合給に割増賃金を「含めた」と説明できる仕組みであっても、両者の判別可能性を欠けば割増賃金の支払とは認められず、控除額は通常の労働時間の賃金として扱われたうえで割増賃金を改めて算定すべきことになります。

(3) 歩合制を採用する場合の設計

  • 労働時間に応じた保障給を賃金規程に明記し、最低賃金額(毎年10月に改定)を確実に上回る水準を維持する
  • 歩合の算定基礎と算定方法を規程に明記し、割増賃金は歩合給とは別に施行規則19条1項6号に従って算定・支給する。歩合から割増相当額を控除する設計は採らない
  • 売上のみを指標とせず、コンプライアンス、顧客満足、契約継続率、活動報告の履行等の「質」に係る指標を評価・資格・表彰に組み込む
  • 活動管理(訪問先・活動内容の報告義務)と定期的なコンプライアンス研修を制度化し、不正の予兆を検知する体制を整える

3 年功型賃金(勤続給・年齢給)と同一労働同一賃金

(1) パート・有期法8条の規律

パート・有期法8条は、事業主に対し、短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、通常の労働者の待遇との間に、職務の内容、職務の内容および配置の変更の範囲その他の事情のうち当該待遇の性質および目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けることを禁じています。年功型の賃金体系は、長期勤続を前提として正社員に基本給・諸手当を厚く配分する一方、パート・有期雇用労働者には基本給のみを支給する設計となりがちであり、手当ごとの相違が「不合理」と評価されるリスクを抱えています。

(2) 手当ごとの不合理性判断 ― ハマキョウレックス事件・日本郵便事件

最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決(ハマキョウレックス事件)は、労働契約法旧20条(現パート・有期法8条に統合)の下で、契約社員に無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当および皆勤手当を支給しないことを不合理と判断しました。給食手当は勤務時間中に食事を取ることを要する労働者に対する食事の補助、皆勤手当は出勤する運転手の確保という目的であり、いずれも契約社員と正社員とで異なるものではないとされています。他方、転居を伴う配転が予定される正社員の住宅費を補助する住宅手当については、不合理ではないとされました。

最高裁令和2年10月15日第一小法廷判決(日本郵便事件・東京および大阪)は、契約社員に対して年末年始勤務手当、年始期間の勤務に対する祝日給、扶養手当、有給の病気休暇、夏期冬期休暇を付与しないことを不合理と判断しました。年末年始勤務手当は繁忙期に最も労働力が必要とされる期間に業務に従事したことへの対価であり、契約社員にも同様に妥当すること、扶養手当や病気休暇は継続的な勤務が見込まれる労働者の生活保障・健康維持という目的であり、相応に継続的な勤務が見込まれる契約社員にもその趣旨が妥当することが理由とされています。

(3) 賞与・退職金 ― 大阪医科薬科大学事件・メトロコマース事件

これに対し、最高裁令和2年10月13日第三小法廷判決(大阪医科薬科大学事件)はアルバイト職員への賞与の不支給を、同日判決(メトロコマース事件)は契約社員への退職金の不支給を、それぞれの事案における職務の内容、変更の範囲、その他の事情に照らして不合理とまでは評価できないと判断しました。退職金については、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保・定着を図る目的からの制度設計は人事施策上一概に不合理とはいえないとされています。判例が一貫して採るのは、待遇ごとに「その待遇の性質・目的」を特定し、それが有期・短時間労働者にも妥当するかを個別に検討するという枠組みです。実務上の教訓は、各手当の支給目的を規程・説明資料の上で明確にし、目的に照らして相違を説明できない手当を放置しないことにあります。

(4) 令和8年10月1日施行の改正と、体系見直し時の不利益変更規制

令和8年10月1日施行のパート・有期法施行規則の改正により、雇入れ時の労働条件明示事項に「待遇の相違の内容・理由等に関する説明を求めることができる旨」が追加され、違反には10万円以下の過料が定められています(詳細は別稿)。年功型の賃金体系を維持する企業は、法14条2項の説明義務への対応として、待遇ごとの目的と相違の理由を整理しておく必要があります。他方、年功型から成果型への移行に際して既存の労働者の賃金を引き下げる場合は、労働条件の不利益変更として、労働者との合意(労働契約法8条)、または就業規則の変更の合理性と周知(同法9条・10条)が要求されます。経過措置・調整給による激変緩和、説明・協議の記録が合理性判断の重要な要素となります。

4 年俸制の法的規律

(1) 年俸制と割増賃金 ― 固定残業代の判別要件

年俸制は賃金額を年単位で定める方法にすぎず、労働基準法41条2号の管理監督者等に該当しない限り、法定時間外労働等に対する割増賃金(同法37条)の支払義務は免除されません。年俸に固定残業代を組み込む場合、最高裁は、使用者が労働者に対して労働基準法37条の割増賃金を支払ったといえるためには、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるとの立場を一貫して採っています(最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決、同平成30年7月19日第一小法廷判決、前掲国際自動車事件判決)。年俸額のうち何時間分・いくらが割増賃金に当たるかが明示されていない場合、固定残業代の定めは割増賃金の支払とは認められず、年俸全額を基礎賃金として割増賃金を算定し直すこととなり、未払額は多額に及びます。

(2) 年俸額の一方的減額の限界 ― 日本システム開発研究所事件

東京高裁平成20年4月9日判決(日本システム開発研究所事件・労働判例959号6頁)は、期間の定めのない雇用契約における年俸制において、使用者と労働者との間で新年度の賃金額について合意が成立しない場合、使用者に評価決定権があるのは、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつその内容が公正な場合に限られるとし、これらの制度化・明文化を欠く事案において使用者の一方的減額を認めず、前年度の年俸額を支払うべきものと判断しました。年俸制は成果主義を貫徹する制度であるがゆえに、減額の場面で紛争が集中します。減額の上限、評価手続、フィードバック、不服申立ての各制度を賃金規程に定めておくことが、年俸制を機能させる前提条件です。

(3) 年俸制を採用する場合の設計

  • 評価基準、年俸額の決定手続、減額の上限、不服申立手続を賃金規程に明記する
  • 評価のフィードバック面談を制度化し、評価結果と根拠を記録として残す
  • 固定残業代を組み込む場合は、対象となる時間数と金額を労働条件通知書・賃金規程に明示し、超過分の精算ルールを定める
  • 賞与を年俸に含める場合は支給時期・算定方法を明確にし、割増賃金の算定基礎との関係を整理する

5 賃金規程の点検事項

  • ① 歩合制の対象者について、労働時間に応じた保障給が規程に定められ、最低賃金額(毎年10月改定)を上回っているか
  • ② 歩合給の算定過程で割増賃金相当額を控除する仕組みになっていないか。歩合給に対する割増賃金が施行規則19条1項6号に従って別途算定・支給されているか
  • ③ 業務委託契約の営業担当者について、就労の実態が労働者と評価されるおそれがないか(時間・場所の拘束、諾否の自由、指揮監督の程度)
  • ④ 成果指標が売上に偏っていないか。コンプライアンス・顧客対応の質・継続率が評価・資格・表彰に組み込まれているか
  • ⑤ 正社員のみに支給する各手当について、支給目的が規程上明確であり、パート・有期雇用労働者との相違を目的に照らして説明できるか
  • ⑥ 令和8年10月1日以降の雇入れに用いる労働条件通知書に、待遇差の説明を求めることができる旨の記載が追加されているか
  • ⑦ 年功型から成果型への移行に際し、不利益変更の合意取得または就業規則変更の合理性(経過措置・説明協議の記録)が確保されているか
  • ⑧ 年俸制について、評価基準・決定手続・減額の限界・不服申立手続が就業規則等に明示され、公正な内容となっているか
  • ⑨ 年俸に含まれる固定残業代の時間数と金額が明示され、通常の賃金と判別可能であるか。超過分の精算が行われているか
  • ⑩ 賃金請求権の消滅時効(当分の間3年)を踏まえ、未払割増賃金が生じている場合の影響額を試算し、是正の優先順位を定めているか

よくあるご質問

Q. 営業社員を業務委託契約にすれば、完全歩合制でも問題ありませんか。

A. 契約の名称ではなく就労の実態で判断されます。勤務時間や勤務場所の拘束、業務の依頼に対する諾否の自由の有無、指揮監督の程度、報酬が労務の対価としての性格を有するか等を総合して労働基準法上の労働者と判断されれば、労働基準法27条の保障給、最低賃金法、割増賃金の各規制が及びます。完全歩合制を維持するために業務委託の形式をとる場合には、実態においても独立した事業者としての裁量が確保されていることが必要です。

Q. 労働基準法27条の保障給はいくらに設定すべきですか。

A. 同条は「労働時間に応じ一定額の賃金の保障」を求めるものであり、具体的な額は法文上定められていませんが、少なくとも最低賃金額を下回ることはできません(最低賃金法4条)。行政解釈では、労働者の実収賃金と余りへだたらない程度の収入が保障されるよう保障給の額を定めるべきものとされ、少なくとも平均賃金の6割程度を保障することが妥当とされています(昭和63年3月14日基発150号)。歩合の実績が低調な月でも生活を維持できる水準を目安に、賃金規程に時間当たりの保障額を明記しておくことが実務上の対応となります。

Q. 年功型の賃金体系を成果型に改める際、既存社員の基本給を引き下げることはできますか。

A. 労働条件の不利益変更に当たるため、原則として労働者との個別合意(労働契約法8条)が必要です。就業規則の変更によって行う場合には、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況等に照らして合理的であり、かつ変更後の就業規則が周知されていることが要件となります(労働契約法9条・10条)。経過措置や調整給による激変緩和、十分な説明と協議の記録が、合理性を基礎づける重要な要素です。

Q. 年俸制の社員について、評価が低かったので翌年度の年俸を減額したいのですが、本人の同意がなくても可能ですか。

A. 本人との合意が成立しない場合に使用者が年俸額を一方的に決定できるのは、成果・業績の評価基準、年俸額の決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつその内容が公正な場合に限られます(日本システム開発研究所事件・東京高判平成20年4月9日)。これらの定めがない場合、減額は認められず、従前の年俸額を支払うべきことになります。年俸制を導入する際には、減額の上限・手続・不服申立てを賃金規程に定めておくことが不可欠です。

参考資料

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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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