令和5年(2023年)7月13日に施行された改正刑法により、従来の強制性交等罪は「不同意性交等罪」(刑法177条)へと再構成されました。処罰の中核が暴行・脅迫の有無から「同意しない意思を形成し、表明し、又は全うすることが困難な状態」の有無へと移り、経済的・社会的な地位に基づく影響力の利用を含む8つの行為・事由類型が条文上明記されたことで、企業経営者・役員にとってこの罪は、従前の感覚よりはるかに射程の広い刑事リスクとなっています。実際、不同意性交等の認知件数は2024年(令和6年)に3,936件と前年比45.2%増を記録しており、処罰範囲の明確化と被害申告環境の整備により事案の顕在化が進んでいます。冒頭に確認しておくべきは、同意のない性的行為が決して許されないという当然の前提です。そのうえで本コラムでは、この罪が「示談すれば済む」という発想の通用しない構造を持つこと、役員の逮捕・有罪が会社の資金繰り・ガバナンスに直結すること、および企業として講ずべき予防措置を解説します。
令和5年改正の概要 ― 8つの行為・事由類型
改正法は、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」を生じさせる原因として、①暴行・脅迫、②心身の障害、③アルコール・薬物の影響、④睡眠その他の意識不明瞭、⑤同意しない意思を形成・表明する「いとま」の不存在(不意打ち)、⑥予想と異なる事態への直面に起因する恐怖・驚愕、⑦虐待に起因する心理的反応、⑧経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益の憂慮、の8類型を列挙しました(刑法176条1項・177条1項)。暴行・脅迫がなく、相手方が明示的に抵抗していない場合であっても、これらの事由により同意しない意思の形成・表明・全うが困難な状態での性交等は処罰対象となります。
あわせて、婚姻関係の有無にかかわらず成立することが条文上明記され、性交同意年齢は13歳から16歳に引き上げられ(13歳以上16歳未満の者については行為者が5歳以上年長の場合)、公訴時効は10年から15年に延長されました。被害者が18歳未満の場合には、18歳に達するまでの期間が時効期間にさらに加算されます。行為から相当年数を経た後に刑事事件化する可能性が、制度上明確に拡大している点に留意が必要です。
経営者・役員に特有のリスク類型 ― 8号型と3号・4号型
8類型のうち企業経営者にとって特に重要なのは、第一に⑧の「地位・関係性の利用型」です。代表者と従業員、発注者と受注側担当者、面接担当者と求職者のように、相手方が「拒否すれば経済的・社会的不利益を受けるかもしれない」と憂慮する関係性があれば、行為者が明示的な威迫を行っていなくても本類型に該当し得ます。「嫌がっていなかった」「合意があると認識していた」という弁解は、力関係の非対称性の前では通りにくい構造です。本類型は役員・管理職研修のテーマとして扱われ始めており、ハラスメント防止体制と地続きの経営課題と位置付けるべきです。
第二に、③アルコール・④睡眠の類型です。会食・懇親の場の後、酩酊した相手方や入眠した相手方との行為は、実務上極めて典型的な事案類型であり、密室における「同意があった」ことの立証は著しく困難です。地位の非対称性と酒席が重なる場面は、経営者にとって最もリスクの高い状況と認識すべきです。
「示談すれば済む」が通用しない構造 ― 非親告罪化と量刑の枠組み
この罪について「万一の際は示談で解決すればよい」という認識は、次の三点において制度と整合しません。第一に、性犯罪は平成29年(2017年)改正により非親告罪とされました。被害者の告訴がなくても、示談が成立し被害届が取り下げられていても、検察官は公訴を提起できます。実務上、示談の成立(特に宥恕文言のある示談)は不起訴処分に向けた重要な情状ですが、それは考慮要素であって保証ではなく、事案の悪質性・社会的影響・同種前歴等によっては示談成立後に起訴される例があります。第二に、公訴が提起された場合、わが国の刑事裁判における有罪率は99%を超えており、起訴の時点で防御の余地は大きく狭まります。第三に、不同意性交等罪の法定刑は「5年以上の有期拘禁刑」であり罰金刑が存在しない一方、刑の全部の執行猶予は言い渡される刑が3年以下の場合に限られます(刑法25条)。酌量減軽等により刑が減軽されない限り、有罪判決は執行猶予のない実刑となるのがこの罪の量刑構造です。
金銭面でも、この種の事案の示談金は一般に100万円から300万円程度が目安とされ、事情により500万円を超える例もありますが、経営者の場合には資力と社会的立場を背景に、これを大きく超える金額を要求されるケースが現実に存在します。示談金の水準と示談書設計の一般論は、示談(裁判外の和解契約)の実務で詳述したとおりですが、本罪においては「支払えば終わる」という保証自体が存在しないことを重ねて強調します。
役員の身柄拘束が会社に及ぼす影響 ― 最大23日間の不在と会社法331条
逮捕された被疑者は48時間以内に検察官に送致され、送致から24時間以内に勾留請求の判断がなされます(刑事訴訟法203条・205条)。勾留は原則10日間、延長によりさらに最大10日間継続し得るため(同208条)、逮捕から起訴・釈放の判断まで最大23日間、代表者が外部と自由に連絡できない状態が続きます。この間、決裁・資金繰り判断・重要商談は停止し、多くの場合実名報道が先行します。経営者の逮捕は金融機関にとって重大な信用情報であり、融資の引揚げや新規・折返し融資の停止という形で資金調達の生命線が細る事態も現実に生じ得ます。
有罪判決が確定し実刑となった場合、会社法331条1項の欠格事由に該当し、刑の執行が終わるまで取締役となることができません。代表取締役の地位も当然に失われます。執行猶予中の者は欠格事由から除外されていますが、前述のとおり本罪では執行猶予の余地自体が限定的です。上場会社又はその役員であれば、適時開示・上場審査・株価への影響という問題にも発展し得ます。
「狙われる」リスク ― 美人局等の恐喝と、請求放置の危険
他方で、経営者は加害者となるリスクだけでなく、標的とされるリスクも抱えています。飲食の場やマッチングアプリ等を入口に関係を持たせたうえ、「訴える」「会社に知らせる」と迫り示談金名目で金銭を喝取する、いわゆる美人局は恐喝罪(刑法249条・10年以下の拘禁刑)に該当する犯罪です。2026年6月には、生成AIに回答させた「示談金の相場」を提示して現金を喝取したとする恐喝被疑事件の逮捕が報道されており、手口は組織化・巧妙化しています。
ここで重要なのは、恐喝が疑われる場合であっても、①「美人局だ」と自ら断定して相手方を突っぱねること、②謝罪めいたメッセージを送ること、③請求を無視して放置すること、のいずれも不適切だという点です。相手方が真に被害を受けている可能性は常に存在し、本人による直接のやり取りは、録音・メッセージを通じて自白・口止め・威迫と評価される危険を伴います。また、正当な請求を放置すれば、被害届の提出・告訴・民事訴訟へと進展し、示談により穏当に解決し得た事案が逮捕・起訴の局面に転化しかねません。真偽のいずれであっても、本人は相手方と直接接触せず、直ちに弁護士を代理人として窓口を一本化することが唯一の適切な対応です。
企業として講ずべき予防措置
- 行動原則の明確化 ― 明確な同意のない性的行為をしないこと、酩酊・睡眠状態の相手方との行為は例外なく許されないことの徹底
- 「断りにくい立場」の相手方(従業員・取引先担当者・求職者等)と役員が二人きりになる場面を作らない会食・面談ルールの整備
- 役員・管理職研修への本罪(特に8号類型)の組込み ― 代表者個人の問題にとどめず、役員全員のリスクとして共有する
- トラブルの兆候を覚知した際の初動ルール ― 相手方との直接接触・SNS発信を禁じ、即日弁護士に連絡する体制
- 代表者の緊急不在時の職務代行・決裁権限の定め ― 身柄拘束・入院等を含む不測の事態に備えた業務継続体制の整備
よくあるご質問
Q. 被害者と示談が成立すれば、起訴されることはないのですか。
A. そのような保証はありません。性犯罪は非親告罪であるため、示談が成立し被害届が取り下げられていても、検察官は公訴を提起できます。示談の成立は不起訴の方向に働く重要な情状ですが、事案の悪質性や社会的影響によっては示談成立後に起訴される例もあります。
Q. 有罪となった場合、取締役の地位はどうなりますか。
A. 本罪には罰金刑がないため、有罪判決は拘禁刑となります。実刑の場合は会社法331条1項の欠格事由に該当し、刑の執行が終わるまで取締役となることができず、代表取締役の地位も失います。執行猶予が付されれば欠格とはなりませんが、執行猶予は言い渡される刑が3年以下の場合に限られ、本罪では執行猶予の余地自体が限定的です。
Q. 身に覚えのない示談金請求には、どう対応すべきですか。
A. 自ら「美人局だ」と断定して突っぱねることも、放置することも避けるべきです。本人が直接やり取りすれば状況は必ず悪化します。真偽のいずれであっても、直ちに弁護士を代理人として交渉窓口を一本化してください。
まとめ
本稿の要点は次のとおりです。①令和5年改正により不同意性交等罪の処罰範囲は8類型として明確化され、地位・関係性の利用(8号)とアルコール・睡眠(3号・4号)は経営者にとって最も現実的なリスク類型であること、②性犯罪は非親告罪であり、示談成立後も起訴があり得るうえ、罰金刑のない法定刑と執行猶予の要件(刑法25条)により有罪は原則として実刑に直結すること、③役員の逮捕は最大23日間の身柄拘束・実名報道・金融機関の与信判断を通じて会社の存続に直結し、実刑確定により会社法331条の欠格事由に該当すること、④美人局等の恐喝が疑われる場合も正当な請求の場合も、本人による直接対応と放置はいずれも状況を悪化させ、弁護士による窓口一本化が唯一の適切な初動であること、⑤会食ルール・役員研修・緊急時の職務代行体制を含む予防措置は、代表者個人ではなく会社の業務継続の問題として整備すべきこと、の5点です。当事務所では、顧問弁護士として役員研修・危機管理体制の整備をご支援するとともに、トラブル発生時には初動段階からの代理人対応を行っています。兆候の段階でのご相談が、結果を大きく左右します。
参考資料
- 法務省「性犯罪関係の法改正等 Q&A」
- 法務省「令和7年版 犯罪白書」(性犯罪の動向)
- 内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書」(性犯罪・性暴力)
- 刑法(e-Gov法令検索)
- 刑事訴訟法(e-Gov法令検索)
- 会社法(e-Gov法令検索)
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・統計等は2026年8月時点の情報に基づきます。実際のご対応にあたっては、専門家にご相談ください。
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