介護事業を取り巻く経営環境は、統計上も明確に悪化しています。東京商工リサーチの調査によれば、老人福祉・介護事業の倒産は2024年に172件、2025年に176件と2年連続で過去最多を更新し、うち訪問介護が91件と3年連続で最多となりました。休廃業・解散も653件と過去最多です。また、厚生労働省の推計では、介護職員は2026年度に約240万人が必要とされ、2022年度(約215万人)から約25万人の上積みを要する状況にあります。この環境下で、2026年6月19日、介護保険法等を一括改正する「社会福祉法等の一部を改正する法律」が参議院本会議で可決・成立しました(同月公布)。施行は一部を除き2027年4月1日です。本改正は、「質の向上」「生産性向上」「人材確保」「安定した経営基盤の確立」を国・都道府県の責務として明記する一方、制度変化への対応を怠る事業者には開設規制・研修義務・行政関与の強化という形で負荷が集中する構造となっており、介護事業者にとっては事業モデルの再点検を迫られる改正といえます。本コラムでは、改正の主要項目と、介護事業者が2027年4月までに講ずべき実務対応を解説します。
改正の全体像 ― 「評価される事業者」と「淘汰される事業者」の選別
本改正は、社会福祉法・介護保険法・老人福祉法等を一括で改正するいわゆる束ね法であり、掲げられたテーマは介護サービスの質の向上、生産性向上、人材確保、安定した経営基盤の確立です。これらが法律上の責務として明記されたことの実務的な含意は、ICT導入・業務改善・人材定着に取り組む事業所を報酬・制度面で評価する一方、従来型の運営に固執する事業所には制度上の支援が及びにくくなる、という政策の方向付けにあります。改正項目は多岐にわたりますが、事業経営への影響が大きいものは、①介護支援専門員(ケアマネジャー)の資格更新制廃止と法定研修の義務化、②有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅に対する規制強化、③人口減少地域における「特定地域サービス」の創設、④サービス類型の再編(夜間対応型訪問介護の統合方向)、⑤マイナンバーカードによる資格確認等のデジタル化の推進、の5点です。
ケアマネジャー更新制の廃止と法定研修 ― 事業者側の「受講機会確保義務」
介護支援専門員については、研修受講を要件とする資格更新制が廃止されます。もっとも、これは負担の消滅ではなく、資質向上のための法定研修制度への置き換えです。正当な理由なく研修を受講しない介護支援専門員に対しては、都道府県知事による受講命令が予定されており、命令にも従わない場合には最長1年間の業務禁止処分があり得る枠組みとされています。実務上より重要なのは、事業者側に研修を受講させる機会を確保する義務が課される方向であることです。研修期間中のシフト調整、受講費用の負担ルール、受講状況の管理体制を整備しないまま施行日を迎えれば、介護支援専門員個人の処分リスクにとどまらず、事業所自体が行政指導の対象となり得ます。就業規則・研修規程における費用負担と勤務時間の取扱い(研修時間の労働時間該当性を含む)は、労務管理の観点からも事前に整理しておくべき論点です。
有料老人ホーム等への規制強化 ― 自由な新規開設の時代の終わり
有料老人ホーム等については、定員総数が市町村の介護保険事業計画・都道府県の支援計画における勘案事項に加えられます。地域の供給が充足していると判断された場合、従来のような自由な新規開設は困難になり、開設・増床計画は自治体の計画との整合性を前提に組み立てる必要が生じます。また、住宅型有料老人ホームに対する登録制度の導入が盛り込まれたほか、併設事業所による過剰なサービス提供(いわゆる囲い込み)への対応として、ケアマネジメントに係る利用者負担の導入等の見直しも予定されています。細部は今後の政令・省令に委ねられていますが、開設・運営の両面で行政の関与が強まる方向は確定しており、施設系事業の中期計画は改正後の規制環境を前提に見直すことが必要です。
特定地域サービスの創設 ― 基準の緩和は責任の緩和ではない
人口減少が深刻な地域については、都道府県の条例により人員基準等を柔軟に緩和できる「特定地域サービス」の類型が新設されます。人員確保のハードルが下がる一方、自治体ごとに基準が異なることになるため、複数拠点を展開する事業者のコンプライアンス管理は複雑化します。ここで強調すべきは、行政上の人員基準が緩和されても、利用者に対する安全配慮義務や、事故発生時の債務不履行・不法行為責任(使用者責任を含む)の判断基準が緩和されるわけではないという点です。緩和された基準を前提に運営する事業所ほど、リスクアセスメント、事故防止マニュアル、ヒヤリハット・介護記録の整備、損害保険の見直しが、法的防御の生命線となります。また、利用が伸び悩む夜間対応型訪問介護は定期巡回・随時対応型サービスへの統合・一本化の方向が示されており、該当事業者は人員配置・夜間オペレーション・医療連携・利用者への説明を含む移行計画を早期に策定する必要があります。
介護事業者が2027年4月までに整備すべき事項
- 介護支援専門員の法定研修受講を前提とした人員計画・研修規程(費用負担・勤務時間の取扱い)の整備と受講管理体制の構築
- 施設系事業の開設・増床計画と自治体の介護保険事業計画との突合、登録制度への対応準備
- 夜間対応型等の再編対象サービスに係る移行ロードマップの策定と、利用者・家族への説明体制の整備
- マイナンバーカードによる資格確認等、デジタル化を前提とした業務フロー・システムへの投資判断
- 基準緩和地域における安全管理体制・介護記録・契約書および重要事項説明書の見直し
よくあるご質問
Q. ケアマネジャーの更新制が廃止されると、事業者の負担は軽くなりますか。
A. 単純な負担減にはなりません。更新制の廃止と引き換えに法定研修が設けられ、正当な理由のない未受講には受講命令・業務禁止処分があり得ます。加えて、事業者側には受講機会の確保義務が課される方向であり、研修計画・シフト・費用負担のルール整備という新たな経営課題が生じます。
Q. 特定地域サービスで人員基準が緩和された場合、事故時の責任も軽減されますか。
A. 軽減されません。行政上の基準が条例で緩和されても、安全配慮義務や民事責任の判断基準が緩むわけではありません。緩和された基準で運営する場合こそ、リスク管理体制と記録の整備が重要になります。
Q. 施行までに何から着手すべきですか。
A. 影響の大きさと準備期間を踏まえると、①ケアマネジャーの研修対応(規程・費用・シフト)、②施設開設・増床計画と自治体計画の突合、③再編対象サービスの移行計画、④デジタル化投資の判断、⑤安全管理体制と契約書類の見直し、の順での着手をお勧めします。政令・省令で細部が確定し次第、前提の再確認も必要です。
まとめ
本稿の要点は次のとおりです。①介護事業者の倒産・休廃業が過去最多を更新する経営環境の下、2026年6月19日に成立した社会福祉法等一部改正法が原則2027年4月1日に施行されること、②ケアマネジャーの更新制廃止は法定研修への置き換えであり、事業者には受講機会確保義務という新たな経営課題が生じること、③有料老人ホーム等は定員総数の計画勘案・登録制度の導入により開設・運営双方への行政関与が強まること、④特定地域サービスによる人員基準の緩和は安全配慮義務・民事責任の緩和を意味せず、記録とリスク管理の重要性がむしろ高まること、⑤改正の構造上、制度変化に先回りして業務改善・デジタル化・人材定着に取り組む事業者と、対応を先送りする事業者との二極化が加速すること、の5点です。当事務所では、介護・ヘルスケア事業者の皆様に対し、改正法対応の優先順位付け、研修規程・就業規則の整備、施設開設計画の規制面の検討、事故対応体制・契約書類の見直し、行政対応まで一貫した支援を提供しています。施行前の準備段階からのご相談をお勧めします。
参考資料
- 厚生労働省「社会福祉法等の一部を改正する法律案の概要」(PDF)
- 厚生労働省「介護人材確保の現状について」(PDF)
- 東京商工リサーチ「2025年『介護事業者』倒産 過去最多の176件」
- 東京商工リサーチ「2025年『介護事業者』の休廃業・解散653件」
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度は2026年8月時点の情報に基づきます(政令・省令等により細部が確定する事項を含みます)。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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