KDDI株式会社は2026年8月19日、子会社であるmenu株式会社が運営するフードデリバリーサービス「menu」の提供を同年9月30日に終了し、サービス終了後に同社を解散・清算する方針を公表しました。フードデリバリー事業については、2022年以降、海外大手や国内大手資本が関与するサービスの撤退・終了が相次いでおり、本年3月にはWoltも日本におけるサービスを終了しています。
他方、国内のデリバリー市場規模は2025年に8,240億円と推計され、コロナ禍前のほぼ2倍の水準にあります。市場が拡大しているにもかかわらず事業者の撤退が続くという事実は、成長市場への参入それ自体が収益を保証するものではないことを示しています。本稿では、①撤退の状況、②撤退が相次ぐ構造的要因、③大手企業の投資目的と撤退判断、④プラットフォームに依拠する中小事業者のリスク、⑤撤退基準の設定と取締役の責任、⑥撤退を可能とする契約の設計、⑦プラットフォーム事業者の解散・清算と加盟店の債権の順に整理し、新規事業に取り組む経営者が事前に点検すべき事項を示します。
1 フードデリバリー事業からの撤退の状況
(1) 「menu」の提供終了と運営会社の解散・清算
KDDIの公表によれば、「menu」の提供終了は、フードデリバリー市場を取り巻く競争環境の変化や今後の事業見通しを総合的に検討した結果、経営資源の最適配分の観点から判断されたものです。同社は、株式会社レアゾン・ホールディングスが保有するmenu株式会社の全株式を取得して完全子会社としたうえで手続を進め、サービス終了後に同社の解散および清算を予定するとし、利用者・加盟店・配送員への各種対応については、影響を考慮しながら順次進める方針を示しています。
(2) 相次ぐ撤退・サービス終了
主な撤退・終了を時系列で整理すると、2022年1月のfoodpandaの日本撤退、同年5月のDiDi Foodの終了、同年7月24日の「楽天ぐるなびデリバリー」の終了、同年8月のDoorDashブランドの終了(日本でのサービス開始から1年あまりでWoltブランドに集約)、2023年5月のChompyのフードデリバリー事業の終了、2026年3月4日のWoltの日本におけるサービス終了、そして同年9月30日の「menu」の終了となります。撤退した事業者には、スタートアップのみならず、グローバルに事業を展開する大手事業者や、国内の大手資本が関与する事業者が含まれており、資本力の有無が事業継続を左右する市場ではないことが分かります。
(3) 市場規模の拡大と事業者の収益
日本食糧新聞が紹介するサカーナ・ジャパンの推計によれば、2025年のデリバリー市場規模は8,240億円で、前年比2.0%増、コロナ禍前との比較では97.0%増となっています。他方、事業を継続している株式会社出前館の2025年8月期連結決算は、売上高397億2,100万円(前期比21.2%減)、親会社株主に帰属する当期純損失49億7,100万円でした。同社は2026年8月期の連結業績予想について、当初は当期純損失40億円としていましたが、2026年7月15日に、売上高392億円、当期純損失78億円へと修正しています。市場規模の拡大と、個々の事業者の収益確保とが連動していない状況にあります。
2 撤退が相次ぐ構造的要因
(1) 特需と参入障壁の低さ
2020年から2021年にかけての外出自粛により、デリバリー需要は急速に拡大しました。プラットフォーム型のデリバリー事業は、自ら店舗や倉庫を保有する必要がなく、アプリケーションを開発し、加盟店と配達員を確保することで開始できるため、海外大手からスタートアップまで多数の事業者が同時期に参入しました。特需を契機として多数の事業者が同一の事業モデルで同時に参入した点に、その後の過当競争の出発点があります。
(2) 顧客獲得費用の先行と消耗戦
各社は、割引クーポンや送料無料、大規模な広告宣伝により利用者の獲得を競いました。出前館の2022年8月期連結決算では、売上高473億1,400万円に対し、営業損失は364億4,200万円に達しています。競合が撤退すれば残存する事業者に利益が集中するとの見通しのもとで、各社が損失の計上を継続する構造は、勝敗が決するまで終了しない消耗戦の性質を持ちます。撤退した各社の公表文には、競争環境の激化と経営資源の配分の見直しという共通の理由が示されており、株主・親会社が損失の継続を許容し得る期間の限界が、撤退の時期を画したものと評価できます。
(3) 日常利用への定着の限界
外出自粛の解消後、外食への回帰が進みました。国内では、徒歩圏内に小売店や飲食店が所在する地域が多く、配達手数料等の上乗せを負担してまで利用する必要性は限定的です。物価上昇の下で消費者の価格選好は強まっており、他方で、加盟店が負担する手数料も相当の水準に達しているとされ、その引上げには限界があります。利用者、加盟店、配達員のいずれに対しても追加の負担を求めることが困難であるという点が、事業者の収益確保を構造的に制約しています。
3 大手企業の投資目的と撤退判断
KDDIは2021年6月2日、menu株式会社との資本業務提携を公表し、同社の株式の一部を取得して持分法適用関連会社としました。公表資料では、au会員基盤を基軸とした経済圏の拡大、IDや支払い機能の連携、両社データの活用によるマーケティングの高度化が目的として掲げられ、具体的施策として、au PAYへの対応、auスマートパスとの連携、Pontaポイントの還元等が挙げられています。すなわち、投資の目的は、デリバリー事業それ自体の収益ではなく、自社の決済・ポイント事業への波及効果に置かれていました。
プラットフォーム事業には、加盟店の増加が利用者の増加を招き、利用者の増加がさらに加盟店と配達員の増加を招くというネットワーク効果が働くため、最終的に残存した少数の事業者に需要が集中しやすいという特徴があります。また、食事は日常的に反復される行為であり、利用頻度の高いアプリケーションを確保することは、決済、ポイント、広告等の他の事業の基盤ともなります。大手企業による投資は、これらの効果を目的とした、顧客との接点の獲得のための投資と位置付けることができます。
留意すべきは、投資の目的が明確であったからこそ、当該目的に照らして投資の継続が合理的でないと判断された時点で、損失を確定させて撤退する決定が可能であったという点です。目的と撤退の判断基準を事前に持たないまま開始された事業は、損失が拡大しても継続の是非を判断する尺度を欠くことになります。
4 プラットフォームに依拠する中小事業者のリスク
東京商工リサーチの集計によれば、2025年の飲食業の倒産は1,002件(前年比1.0%増)で、1996年以降の30年間で初めて1,000件を超えました。資本金別では1,000万円未満が886件(構成比88.4%)を占め、原因別では販売不振が821件(同81.9%)で最多です。倒産の要因は物価上昇や人手不足を含む複合的なものであり、デリバリー事業との関係のみで説明されるものではありません。もっとも、実務上は、特需期にデリバリー専用の厨房設備に投資し、または配達員を自ら雇用して自社配送を開始したものの、需要の減少と競合の増加により受注が減少し、設備と借入金のみが残存するに至った事例がみられます。
プラットフォーム事業者は、サービスの終了により事業上の関係を清算することができますが、当該プラットフォームを前提として設備投資や借入れを行った事業者には、賃貸借契約、リース契約、金銭消費貸借契約に基づく債務がそのまま残存します。プラットフォームの撤退は報道の対象となる一方、これに依拠した中小事業者の事業縮小は公になりにくく、リスクが認識されにくい点に注意が必要です。
5 撤退基準の設定と取締役の責任
株式会社と取締役との関係は委任に関する規定に従い(会社法330条)、取締役は善良な管理者の注意をもって職務を行う義務を負います(民法644条)。任務を怠ったときは、会社に対して損害賠償責任を負います(会社法423条1項)。新規事業への参入や撤退は経営上の専門的判断に属する事項であり、最高裁平成22年7月15日第一小法廷判決は、事業再編計画の一環としての株式の買取りに関し、経営会議における検討や弁護士の意見の聴取といった手続が履践されていたこと等の事情の下で、取締役の善管注意義務違反を否定しています。
この判断枠組みに照らせば、新規事業の開始にあたり、投資の目的、想定する損失の上限、撤退の判断基準(例えば、一定期間内に一定の売上高に達しない場合には撤退する等)を事前に定め、取締役会議事録等に記録しておくことは、経営判断の過程の合理性を裏付ける資料となります。既に支出した費用の回収に固執して損失を拡大させる事態は、経営者個人の心理として生じやすいものであり、基準を事前に文書化しておくことは、判断の客観性を確保する実務上の手段となります。
6 撤退を可能とする契約の設計
(1) 建物賃貸借契約
期間の定めのない賃貸借は、各当事者がいつでも解約の申入れをすることができますが(民法617条1項)、期間の定めのある賃貸借については、当事者が期間内に解約をする権利を留保した場合に限り、期間内の解約が可能となります(同法618条)。したがって、期間を定めた店舗・厨房の賃貸借契約に中途解約条項がない場合、賃借人は、原則として期間満了まで賃料の支払義務を免れません。定期建物賃貸借(借地借家法38条)についても、事業用の建物では、中途解約に関する特約がない限り、賃借人からの期間内の解約は認められないのが原則です。契約締結時に、中途解約条項の有無、解約予告期間、中途解約時の違約金および原状回復義務の範囲を確認する必要があります。
(2) リース契約
厨房設備等のリース契約は、リース期間中の中途解約を認めず、解約する場合には残リース料相当額の支払いを要する旨を定めるのが一般的です。事業の撤退基準として想定する期間よりもリース期間が長い場合、撤退を決定した後も支払義務が残存します。設備の調達にあたっては、リース期間と撤退基準の期間の整合性、中途解約時の精算条項を確認し、必要に応じてレンタルや中古設備の利用等、固定的な負担を抑える方法を検討することが考えられます。
(3) プラットフォームとの加盟契約
プラットフォームと加盟店との契約は、プラットフォーム事業者が準備した規約によるのが通常であり、民法上の定型約款(民法548条の2)に該当し得ます。定型約款は、相手方の一般の利益に適合する場合、または契約の目的に反せず、変更の必要性、変更後の内容の相当性等に照らして合理的である場合には、個別の合意なく変更することができ(同法548条の4第1項)、変更にあたっては効力発生時期を定めてインターネット等により周知することが求められます(同条2項)。加盟店の側では、手数料の変更手続、加盟店側からの解約の条件と予告期間、サービス終了時の売上金の精算時期・方法、顧客情報や注文データの取扱いを、契約締結時に確認しておく必要があります。
(4) 違約金条項および借入れ
当事者は債務不履行について損害賠償の額を予定することができ、違約金は賠償額の予定と推定されます(民法420条1項・3項)。一定期間内の解約に違約金を課す条項は、撤退の費用を直接に増加させるため、金額と発生条件を事前に把握しておくことが必要です。また、設備投資のための借入れに経営者が連帯保証をしている場合、事業からの撤退後も経営者個人の保証債務が残存します。新規事業に係る借入れについては、返済期間と撤退基準の期間との整合性、保証の要否を、借入れの段階で検討することが求められます。
7 プラットフォーム事業者の解散・清算と加盟店の債権
株式会社は、株主総会の決議によって解散し(会社法471条3号)、解散した場合には清算をしなければなりません(同法475条1号)。清算株式会社は、遅滞なく、債権者に対し、2か月を下らない一定の期間内に債権を申し出るべき旨を官報に公告し、かつ、知れている債権者には各別に催告しなければならず(同法499条1項)、当該期間内は原則として債務の弁済をすることができません(同法500条1項)。期間内に債権の申出をしなかった債権者は、知れている債権者を除き、清算から除斥されます(同法503条1項)。
通常の清算は、会社財産により債務を完済できることを前提とする手続であり、「menu」についても、KDDIは完全子会社としたうえで手続を進め、加盟店等への対応を円滑に遂行する方針を公表しています。他方、一般論としては、プラットフォーム事業者が資金繰りの悪化により突然サービスを停止し、破産手続等に移行した場合、加盟店の売上金の回収が困難となる事態も想定されます。加盟店の側では、売上金の精算サイクル(締め日から入金までの期間)を把握し、未精算の売上金が過大に滞留しない取引条件となっているかを確認することが、平時の備えとなります。取引先であるプラットフォーム事業者から解散やサービス終了の通知を受けた場合には、未精算の売上金の額を確定し、催告への対応を含め、債権の申出の要否を速やかに確認する必要があります。
点検事項
- ① 現在の売上のうち、一時的な需要(特需)に由来する部分と、継続的な需要に由来する部分を区分して把握しているか。特需による利益を前提として固定費を増加させていないか
- ② 新規事業について、投資の目的、損失の上限、撤退の判断基準(期間・売上高等の数値)を事前に定め、取締役会議事録等に記録しているか
- ③ 店舗・厨房等の賃貸借契約に中途解約条項があるか。解約予告期間、違約金、原状回復義務の範囲を把握しているか
- ④ 設備のリース期間が、撤退基準として想定する期間と整合しているか。中途解約時の精算額を把握しているか
- ⑤ プラットフォームとの加盟契約について、手数料の変更手続、解約条件、サービス終了時の売上金の精算、データの取扱いを確認しているか
- ⑥ 特定のプラットフォームに対する売上の依存度を把握し、当該プラットフォームが終了した場合の代替手段を検討しているか
- ⑦ 新規事業のための借入れについて、返済期間と撤退基準との整合性、経営者保証の有無と範囲を確認しているか
よくあるご質問
Q. 新規事業の撤退基準は、どのように定めればよいですか。
A. 投資の目的を明確にしたうえで、期間と数値により定めることが実務的です。例えば「開始から1年以内に月間売上高が一定額に達しない場合には撤退する」「累積損失が一定額に達した時点で継続の可否を取締役会で審議する」といった形で定め、取締役会議事録等に記録します。取締役は善管注意義務を負い(会社法330条・民法644条)、経営判断については、その過程と内容の合理性が問われます。基準を事前に文書化しておくことは、判断の客観性を確保するとともに、判断過程の合理性を裏付ける資料となります。あわせて、賃貸借契約やリース契約の期間が撤退基準の期間と整合しているかを確認することが必要です。
Q. 期間を定めて借りた店舗を、期間の途中で解約することはできますか。
A. 契約に中途解約条項がある場合は、その定めに従って解約することができます。期間の定めのある賃貸借は、当事者が期間内に解約をする権利を留保した場合に限り、期間内の解約が可能とされており(民法618条)、中途解約条項がない場合には、原則として期間満了まで賃料の支払義務を負います。定期建物賃貸借(借地借家法38条)についても、事業用の建物では、中途解約の特約がない限り、賃借人からの期間内の解約は原則として認められません。中途解約条項がある場合でも、解約予告期間や違約金が定められていることが多いため、契約締結時にこれらの条件を確認し、必要に応じて交渉することが重要です。
Q. 利用しているプラットフォームがサービスを終了する場合、加盟店は何を確認すべきですか。
A. 第一に、未精算の売上金の額と精算の時期・方法を、加盟契約および事業者からの通知に基づき確認します。第二に、運営会社が解散・清算する場合には、債権者に対する公告および催告(会社法499条1項)が行われますので、催告を受けたときは、自社の認識する債権額と相違がないかを確認し、必要に応じて債権の申出を行います。第三に、顧客情報や注文履歴等のデータの取扱い、貸与を受けている機器の返還、他のプラットフォームへの移行の要否を確認します。なお、運営会社が破産手続に移行した場合には、債権届出等の別途の手続が必要となります。
Q. プラットフォームから手数料の引上げを通知されました。応じなければなりませんか。
A. 加盟契約が定型約款に該当する場合、プラットフォーム事業者は、変更が契約の目的に反せず、変更の必要性、変更後の内容の相当性等に照らして合理的であるときは、個別の合意なく約款を変更することができ、その際には効力発生時期を定めて周知することが求められます(民法548条の4)。変更が合理的といえるかは個別の事情によりますので、通知の内容、変更の理由、契約上の変更手続の定めを確認する必要があります。加盟店の側では、変更を受け入れて取引を継続する場合の採算と、解約する場合の条件(予告期間・違約金の有無)を比較して判断することになります。取引上の地位の格差を背景とした一方的な不利益変更については、独占禁止法上の問題が生じる場合もあり、対応に迷う場合には専門家への相談が有益です。
まとめ
フードデリバリー市場は、規模が拡大しているにもかかわらず、特需を契機とする同時参入、顧客獲得費用の先行による消耗戦、日常利用への定着の限界という構造的要因により、大手資本が関与する事業者においても撤退が続いています。大手企業は、自社の経済圏への波及効果という明確な目的を有していたからこそ、目的に見合わないと判断した時点で撤退を決定することができました。これに対し、プラットフォームの成長を前提に設備投資や借入れを行った中小事業者には、撤退後も契約上の債務が残存します。新規事業の開始にあたっては、特需と継続的需要を区分し、撤退基準を事前に定め、賃貸借・リース・加盟契約・借入れの各契約を撤退基準と整合する内容としておくことが求められます。当事務所では、新規事業に係る契約書の作成・レビュー、賃貸借契約・リース契約・加盟契約の解約条件の確認と交渉、事業撤退に伴う契約関係の整理、取引先の解散・倒産時の債権回収を、顧問契約に基づき継続的に支援しています。
参考資料
- KDDI「フードデリバリーサービス『menu』の提供終了およびmenu株式会社の解散・清算について」/KDDI「フードデリバリー事業を展開するmenuとKDDI、資本業務提携契約を締結」
- Wolt「Woltの日本におけるサービスの終了について」/ぐるなび「『楽天ぐるなびデリバリー』『楽天ぐるなびテイクアウト』サービス終了に関するお知らせ」
- 出前館「2025年8月期 決算短信」/出前館「2026年8月期 第3四半期決算短信」/出前館「2022年8月期 決算短信」
- 日本食糧新聞「2025年のデリバリー市場規模は8240億円」
- 東京商工リサーチ「2025年『飲食業』倒産 初の1,000件超」
- 最高裁判所 平成22年7月15日第一小法廷判決(裁判所ウェブサイト)
- 会社法(e-Gov法令検索)/民法(e-Gov法令検索)/借地借家法(e-Gov法令検索)
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。各社の発表・決算は公表資料、統計は東京商工リサーチ(2026年1月公表)および日本食糧新聞掲載の推計によります。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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