Column

部下の離職が続く管理職の法的リスクと人事評価制度の設計 ― 経営者の評価と部下の評価が乖離する構造、パワーハラスメント防止措置義務(労働施策総合推進法30条の2)と安全配慮義務・使用者責任、事実確認から配置転換・降格・懲戒・解雇までの段階的対応(労働契約法15条・16条)、管理監督者性(労働基準法41条2号)、評価項目・退職者面談・相談窓口の独立性

経営者からの労務相談の中に、「業績も報告も申し分ない管理職の下で、部下の退職が続いている」という類型があります。退職者は「一身上の都合」としか述べず、経営者は当該管理職を高く評価し続けているため、原因が特定されないまま採用と離職が繰り返されます。厚生労働省の集計によれば、2024年(令和6年)の常用労働者の離職率は14.2%であり、都道府県労働局等への民事上の個別労働紛争相談では「いじめ・嫌がらせ」が55,614件(2025年度)で14年連続の最多となっています。さらに同省の委託調査では、過去3年間にパワーハラスメントを受けた労働者は19.3%、ハラスメントを受けた後の労働者の行動は「何もしなかった」が最多、勤務先の対応も「特に何もしなかった」が53.2%で最多でした。部下に対する問題行動は、被害者が声を上げず、会社も動かないまま、退職という形でのみ顕在化する構造にあります。本コラムでは、①この構造と人事評価制度の法的意義、②部下の離職を招く管理職の行動類型と法的評価、③リスクが顕在化する組織要因、④発覚後の対応手順(事実確認・指導・配置転換・降格・懲戒・解雇)、⑤予防体制の整備 ― の順に整理します。

1. 経営者の評価と部下の評価が乖離する構造 ― 人事評価制度の法的意義

経営者が日常的に観察できるのは、管理職の対上位者行動(報告・会議での発言・担当部門の業績)に限られ、対部下行動(指示の態様・叱責の内容・失敗時の対応)は直接には観察できません。部下は指揮命令系統を飛び越えた申告に伴う不利益を懸念し、経営者が当該管理職を高く評価していることを認識している場合にはなおさら沈黙します。人事評価が経営者の印象と部門業績のみに依存する場合、対上位者行動と業績形成に長けた者が、部下の定着を犠牲にしても昇進する誘因が生じます。

人事評価制度は、この情報の非対称を是正する装置として位置づけられます。部門別の離職率、部下の昇格・育成実績、部下による評価、相談窓口への申告状況といった下位者側の情報を評価項目に組み込み、文書化しておくことは、経営判断の質を高めるだけでなく、法的にも意味があります。後述する配置転換・役職解任・降格等の措置の合理性は、事前に明示された評価基準と、それに基づく評価の記録によって基礎づけられるからです。労働契約法3条4項は労使双方に信義誠実の原則を課しており、評価基準を明示せず恣意的な処遇を行うことは、同項との関係でも問題を生じます。

2. 部下の離職を招く管理職の行動類型と法的評価

  • ① 対上位者と対部下で態度が異なる ― 経営者の面前では従順で、部下に対しては高圧的に振る舞う類型です。経営者の評価と部下の評価が最も乖離し、問題の発見が最も遅れます
  • ② 成果の帰属を自己に、失敗の帰属を部下に置く ― 部下の側に「貢献が評価されない」という認識を生み、貢献意欲の高い者から順に離職を招きます
  • ③ 部下を育成せず、業務と情報を抱え込む ― 自己の不可欠性を演出する行動であり、部下の成長機会を奪うと同時に、当該管理職の離脱時に業務が停止する事業継続上のリスクを生じます
  • ④ 業績の形成過程が不透明である ― 部下への長時間労働の強要、時間外労働の申告抑制、達成困難な目標の押しつけによって業績を形成している場合、労働時間の適正把握義務と割増賃金(労働基準法37条)の問題を蓄積しており、退職者からの遡及請求(賃金請求権の消滅時効は当分の間3年)の原因となります
  • ⑤ 不利な情報を経営者に上げない ― 部下からの不満、顧客からの苦情、事故の予兆を自己の段階で止める行動です。経営者には「問題のない部門」と映りますが、内部通報・相談体制が実質的に機能していない状態を意味します
  • ⑥ 指導名目の人格否定・排除 ― 人格を否定する発言、人前での長時間・反復的な叱責、特定の部下の無視や業務の不付与は、厚生労働省の指針が示すパワーハラスメントの類型(精神的な攻撃・人間関係からの切り離し・過大な要求・過小な要求等)に該当し得ます。労働施策総合推進法30条の2は、優越的な関係を背景とした言動であって業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより就業環境が害されることのないよう、事業主に相談体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を義務づけています(中小企業も2022年4月1日から義務化)
  • ⑦ 部下の離職を本人の資質に帰する ― 「適性がなかった」「精神的に弱かった」として退職理由の検証を回避し、次の採用を求める類型です。同一部門からの連続的な離職を部門の異常として捉える視点が、経営者の側にも欠けていることが少なくありません

これらの行動は、単体では直ちに違法とは評価されないものも含まれますが、⑥は事業主の措置義務と使用者責任に直結し、④は割増賃金請求の、③⑤は内部統制上の問題として、いずれも会社の法的リスクを構成します。

3. リスクが顕在化する組織要因 ― 三つの要因の重なり

上記の行動類型に該当する管理職が存在するだけで直ちに紛争が生じるわけではありません。実務上、リスクが顕在化するのは、(a) 業績と報告のみで人材を評価する経営者、(b) 対上位者行動に長けた管理職、(c) 部下が申告できない職場環境 ― の三つの要因が重なった場合です。経営者は当該管理職を昇進させ、管理職は部下への統制を強め、部下は沈黙のまま退職するという循環が、是正の契機を欠いたまま継続します。

この状態が継続した場合の法的帰結は、次のとおりです。第一に、パワーハラスメント防止措置義務(労働施策総合推進法30条の2)との関係で、相談窓口が形式的に存在しても、相談者の申告が当該管理職に伝わる、経営者が当該管理職を擁護するといった運用は、必要な措置を講じたとは評価されません。第二に、使用者は労働契約に伴い労働者の生命・身体等の安全に配慮する義務を負い(労働契約法5条)、被用者が事業の執行について第三者に加えた損害について賠償責任を負います(民法715条)。部下が精神疾患により休職・退職に至った場合、管理職の言動を認識し得たにもかかわらず放置した会社自身の責任が問われます。第三に、退職者からの未払割増賃金請求、営業秘密の持出しや引抜きといった退職後紛争が生じます(従業員の本当の退職理由と離職防止・退職後紛争への実務対応参照)。第四に、当該管理職を「管理監督者」(労働基準法41条2号)として時間外割増賃金の対象から除外している場合、権限・裁量・待遇の実態を欠けば管理監督者性は否定され、当該管理職自身からの割増賃金請求のリスクも生じます(「名ばかり管理職」の法的リスクと幹部登用の実務参照)。

4. 発覚後の対応手順 ― 措置の段階性と法的根拠

問題を認識した経営者が、従前の高評価から一転して即時の降格・解雇に踏み切ることは、当該管理職との間で新たな紛争を生じさせます。措置は段階的に、かつ記録を残しながら進める必要があります。

  • ① 事実確認と記録 ― 当該管理職を経由しない経路で部下・退職者からヒアリングを行い、電子メール・チャット等の客観資料を確保し、日時・内容を記録します。ヒアリングに際しては、申告者への不利益取扱いの禁止(労働施策総合推進法30条の2第2項)を説明し、秘密保持を確保します
  • ② 注意・指導 ― 確認された事実を示して改善を求め、面談記録を作成します。指導の事実と本人の反応は、後続の措置の合理性を基礎づける資料となります
  • ③ 配置転換・役職の見直し ― 改善が見られない場合、部下を持たない職位への異動や役職の解任を検討します。人事権の行使としての降格(役職の解任)と、懲戒処分としての降格は法的性質が異なり、前者は就業規則上の明示的根拠を要しないとされる一方で権利濫用の制約を受け、後者は就業規則上の懲戒事由と手続を要します。役職手当の減額を伴う場合には、その根拠と程度の相当性についても検討が必要です
  • ④ 懲戒処分 ― ハラスメントの事実が確認された場合、就業規則の懲戒規定に基づく処分を検討します。懲戒は、労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には無効となります(労働契約法15条)。弁明の機会の付与、処分の均衡、二重処分の禁止に留意します
  • ⑤ 解雇 ― 解雇は客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を要し(労働契約法16条)、指導・処分の積み重ねを欠く場合には無効と判断される可能性が高くなります。従前の人事記録に高評価が残っている場合、能力不足を理由とする解雇の合理性は一層厳格に審査されます

5. 予防体制の整備

  • ① 評価項目への「部下の定着・育成」の組込み ― 部門別離職率、部下の昇格実績、部下による評価を、業績と同等の重みで評価項目に明記します。評価基準の文書化は、後の人事措置の合理性を基礎づける資料にもなります
  • ② 退職者面談の実施主体の分離 ― 直属上司を経由せず、経営者または人事部門が退職理由を聴取する機会を制度化します。同一部門からの連続的な退職は、それ自体を調査の契機として扱います
  • ③ 相談窓口の独立性 ― 相談経路を直属上司・経営者直轄から切り離し、人事部門または外部窓口への直接経路を設けます。相談者への不利益取扱いの禁止を周知し、相談内容が被申告者に伝わらない運用を確保します
  • ④ 管理職教育 ― 自らが受けた指導を再生産している例が多いため、パワーハラスメントの判断枠組みと具体例(職場のハラスメントの判断枠組みと使用者の措置義務参照)を管理職に対して継続的に教育します
  • ⑤ 就業規則・人事制度の点検 ― 評価基準、配置転換・降格の根拠規定、懲戒規定、相談窓口の運用規程が整合的に整備されているかを平時に点検します。問題発覚後に規定の不備が判明した場合、選択可能な措置は大きく制約されます

部下の離職が続く管理職の問題は、当該個人の資質の問題として処理されがちですが、法的には、経営者に情報が届かない評価制度と相談体制の問題です。評価項目と相談経路の設計を変更することで経営者の得る情報は大きく変わり、措置の法的安定性も高まります。顧問弁護士による人事制度・就業規則の継続的な点検は、この観点から合理的な選択といえます。

点検事項

  • ① 人事評価の項目に、部門別の離職率・部下の育成実績・部下による評価が含まれ、文書化されているか
  • ② 同一部門からの連続的な退職を把握し、調査の契機として扱う運用があるか
  • ③ 退職者面談を直属上司以外が実施しているか
  • ④ ハラスメント相談窓口が直属上司・経営者直轄から独立し、相談者への不利益取扱いの禁止が周知されているか
  • ⑤ 管理職の部下に対する労働時間管理(時間外労働の申告抑制の有無)を確認する仕組みがあるか
  • ⑥ 就業規則に配置転換・降格・懲戒の根拠規定が整備され、人事権行使としての降格と懲戒処分としての降格が区別されているか
  • ⑦ 管理監督者として扱っている管理職について、権限・裁量・待遇の実態が労働基準法41条2号の要件を満たしているか

よくあるご質問

Q. 業績の高い管理職の下で部下の退職が続いています。本人に問題があるかどうかは、どのように確認すべきですか。

A. 当該管理職を経由しない経路で部下および退職者からヒアリングを行い、電子メール・チャット等の客観資料とあわせて日時・内容を記録します。ヒアリングに際しては、申告者への不利益取扱いの禁止(労働施策総合推進法30条の2第2項)と秘密保持を説明することが、事実の申告を得る前提となります。印象や噂ではなく、具体的な言動の事実を積み上げることが、後続の措置の合理性を基礎づけます。

Q. 問題が確認できた管理職を直ちに降格させることはできますか。

A. 役職の解任(人事権の行使としての降格)は就業規則上の明示的根拠を要しないとされる一方で、業務上の必要性を欠く場合や不当な動機・目的による場合には権利濫用として無効となり得ます。懲戒処分としての降格は、就業規則上の懲戒事由と手続を要し、労働契約法15条の制約を受けます。いずれの場合も、事実確認と注意・指導の記録を経ずに行う降格は争われた場合に不利であり、役職手当の減額を伴う場合には、その程度の相当性も問題となります。

Q. 相談窓口を設置していますが、部下からの相談がありません。措置義務は果たしていることになりますか。

A. 労働施策総合推進法30条の2は、相談に応じ適切に対応するために「必要な体制の整備」を求めており、窓口の形式的な設置では足りません。相談経路が直属上司や経営者直轄に限られる、相談内容が被申告者に伝わる、相談者が不利益を受けるといった運用では、労働者は相談できず、体制が整備されているとは評価されません。厚生労働省の実態調査でも、ハラスメントを受けた労働者の行動は「何もしなかった」が最多であり、相談がないことは問題がないことを意味しません。

参考:厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概要」厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(2026年7月7日公表)厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要」(2024年5月17日)厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」e-Gov法令検索「労働施策総合推進法」(30条の2)e-Gov法令検索「労働契約法」(3条4項・5条・15条・16条)e-Gov法令検索「労働基準法」(37条・41条・115条・143条)e-Gov法令検索「民法」(715条)

本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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