退職代行サービスの利用が定着する中、就業規則に「退職代行の利用を禁止する」旨の規定を設ける企業が増えています。しかし、この種の規定の効力は一律ではありません。連絡の主体が①弁護士資格のない民間業者か、②労働組合か、③弁護士かによって、会社が採り得る対応は全く異なり、この区別を誤って一律に拒否した場合、かえって会社側が違法性を問われるおそれがあります。東京商工リサーチが2026年4月に公表した調査(6,425社対象)でも、弁護士・労働組合以外の業者から連絡を受けた際に「非弁行為の可能性があるので取り合わない」と回答した企業は約3割にとどまり、多くの企業が法的位置付けを整理しないまま対応している実態がうかがわれます。本コラムでは、退職代行への対応を規律する法的枠組みと、就業規則による制限の有効範囲、会社が平時に講じておくべき実務対応を整理します。
「代行」と「代理」の区別 ― 就業規則による制限の有効範囲
出発点となるのは、「代行」と「代理」の区別です。弁護士資格のない民間業者が適法に行い得るのは、本人の意思をそのまま会社に伝達する「使者」としての役割にとどまります。有給休暇の消化や未払残業代の請求といった法律事務を報酬を得る目的で取り扱うことは、弁護士法72条(非弁行為の禁止)に違反し、2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金の対象となります。
したがって、就業規則に「退職に関する連絡および交渉は、本人、または弁護士その他法令上正当な権限を有する者からのみ受け付ける」旨を定めることは、無資格業者による「交渉」要求を拒む根拠として有効です。もっとも、次の2点に留意が必要です。第一に、禁止し得るのは「交渉」であって「退職」ではありません。使者を通じて伝達された退職の意思表示は、本人の意思に基づく限り会社に到達し、その効力は妨げられません。第二に、この規定は後述のとおり労働組合には及びません。ここを混同した対応が、実務上最も多いつまずきです。
弁護士による退職代理は就業規則で制限できない
弁護士が行う退職の意思表示の代理・交渉は、弁護士法に基づく適法な「代理」であり、就業規則によってこれを禁止することはできません。就業規則は法令に反してはならず(労働基準法92条)、法令上適法な行為を社内規程で無効化することは法体系上不可能だからです。
そもそも、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は解約の申入れから2週間の経過により契約を終了させることができます(民法627条1項)。退職は労働者の権利であって会社の承認事項ではなく、「退職は1か月前までに申し出ること」とする就業規則の定めがあっても、法的には2週間の経過により退職の効力が生じるとする見解が有力です。社内運用上の目安としての意味はあっても、これを根拠に退職を争うことは現実的ではありません。
最も避けるべきは、弁護士名義の通知を「就業規則で禁止しているから」と無視する対応です。最終給与や離職票の交付を留保したまま放置すれば、賃金全額払いの原則違反や離職票交付義務違反など、今度は会社側の違法が問題となります。
無資格業者・労働組合への対応
① 無資格業者への対応 ― 交渉は拒否し、手続は進める
弁護士でも労働組合でもない業者から交渉の要求があった場合、これに応じる義務はありません。「交渉はご本人または弁護士とのみ行う」と伝えて謝絶することで足ります。実際、退職代行をめぐっては、大手業者の運営会社代表者らが弁護士法違反(利用者を提携先の弁護士に有償で紹介するいわゆる非弁提携)の疑いで2026年に起訴され、報道によれば、紹介を受けていた弁護士側にも有罪判決(懲役1年6月・執行猶予3年、所属弁護士法人に罰金150万円)が言い渡されています。「弁護士監修」等の表示が直ちに適法性を担保するものではないことが、司法判断の形で示されたといえます。
他方で、交渉の拒否と退職手続の停止は峻別しなければなりません。業者からの連絡を無視して従業員を無断欠勤扱いとし、懲戒解雇に及ぶ対応は、解雇無効・損害賠償の紛争において会社が敗れる典型例です。交渉は断りつつ、退職の意思表示の効力を前提に、給与精算・離職票交付等の手続は法令どおり進めることが正解です。
② 労働組合を名乗る主体への対応 ― 即答せず、実態を書面で確認する
判断が最も難しいのが、労働組合を名乗る主体からの団体交渉の申入れです。適法な労働組合による団体交渉権は憲法28条および労働組合法により保障されており、就業規則を理由に拒否することはできません。正当な理由のない団交拒否は不当労働行為(労働組合法7条2号)に該当します。
他方、東京弁護士会は、退職代行のために「労働組合」の形式のみを利用した、実態を伴わない組合が存在すること、さらに労働委員会の資格審査を経たとする組合の中にも実態を伴わないものがあることを指摘しています。実態のない組合に団体交渉権はありません。もっとも、実態の有無は外形から即断できないため、その場で応諾・拒否のいずれの結論も出さず、①組合規約、②当該従業員が組合員である事実、③団体交渉申入書の3点を書面で求め、「確認のうえ改めて回答する」と保留することが実務上の定石です。確認のための合理的な保留自体が直ちに不当労働行為と評価されるものではありません。そのうえで、速やかに弁護士に相談して対応方針を確定すべきです。
対応の分岐は「相手方の法的資格」で決まります。無資格業者=交渉拒否可(ただし退職手続は進める)/労働組合=実態確認のうえ、適法な組合であれば団交応諾義務あり/弁護士=制限不可、法令どおりの処理が最も低リスク。この三分法を社内で共有しておくことが、初動の誤りを防ぎます。
会社が講ずべき3つの実務対応
① 就業規則の整備 ― 「無資格業者の交渉」のみを対象とする文言に
「退職代行禁止」と包括的に定める規定は、弁護士・労働組合との関係で無効な部分を含み、規定全体の信頼性を損ないます。「退職に関する連絡および交渉は、本人、または弁護士その他法令上正当な権限を有する者からのみ受け付ける」といった、無資格業者による交渉のみを対象から外す文言に整備すべきです。あわせて、「無断退職の場合は違約金○万円」「引き継ぎをせずに退職した場合は損害賠償○万円」といった規定は、労働基準法16条(賠償予定の禁止)に正面から違反して無効であり、罰則の対象にもなります。防衛のつもりで設けた規定が、会社を加害者の立場に置くことになりかねません。
② 弁護士名義の通知への対応方針の確立
弁護士名義の退職通知は、本人の確定的な意思表示と受け止め、最終給与の精算、年次有給休暇の処理、離職票・源泉徴収票の交付を法令どおり進めることが、結果的に最も低コストかつ低リスクです。引き継ぎのないまま退職した従業員への損害賠償請求は、賠償額の予定と異なり現実損害の請求自体は禁止されていないものの、退職と損害の因果関係および損害額の立証は極めて困難であり、認容例はごく例外的です。多くは費用倒れに終わるうえ、賠償の示唆自体が退職妨害として違法性を問われるおそれがあります。
③ 退職申出の標準フローの整備
退職代行の利用動機の相当部分は、「退職を言い出せない」という心理的障壁にあります。退職を申し出る際の窓口、手順、標準的な所要期間を明文化して周知することは、代行利用の動機そのものを減らす予防策として有効です。
よくあるご質問
Q. 就業規則に「退職代行の利用を禁止する」と定めれば、退職代行からの連絡を無視できますか。
A. 無視できるのは、無資格の民間業者による「交渉」の要求に限られます。使者として伝達された本人の退職の意思表示自体は会社に到達し、期間の定めのない雇用であれば申入れから2週間で契約は終了します(民法627条1項)。弁護士による代理や適法な労働組合による団体交渉の申入れは、就業規則を理由に拒否できません。
Q. 「労働組合なので団体交渉に応じよ」と主張する退職代行業者には、どう対応すべきですか。
A. その場で応諾も拒否もせず、組合規約・組合員資格・団体交渉申入書の3点を書面で求め、確認のうえ回答する旨を伝えて保留してください。適法な組合の団交拒否は不当労働行為となる一方、実態のない組合の存在も指摘されており、確認を経ない即答はいずれの方向にもリスクがあります。
Q. 引き継ぎをせずに退職した従業員に、就業規則に基づき違約金や損害賠償を請求できますか。
A. 賠償額をあらかじめ定める違約金規定は労働基準法16条に違反して無効であり、罰則の対象にもなります。現実損害の賠償請求自体は禁止されていませんが、因果関係・損害額の立証は極めて困難で、認容例はごく例外的です。賠償の示唆自体が違法性を問われかねず、推奨できません。
まとめ
就業規則による退職代行の制限は、「無資格業者との交渉の拒絶」という限度では有効に機能しますが、弁護士・労働組合との関係では効力をもたず、退職の意思表示そのものを妨げることもできません。会社に求められるのは、相手方の法的資格に応じた対応の三分法を平時から整理し、就業規則の文言を適法な範囲に整備しておくことです。当事務所では、就業規則・退職関連規程の整備、退職代行・労働組合対応の初動助言、団体交渉への同席・代理、問題社員対応まで、人事労務の全局面を支援しています。退職代行からの連絡を受けてお困りの場合も、規程整備をご検討の場合も、お気軽にご相談ください。
参考資料
- 東京商工リサーチ 「退職代行」からの連絡、企業の3割取り合わず(2026年4月)
- 弁護士法(e-Gov法令検索)
- 労働基準法(e-Gov法令検索)
- 民法(e-Gov法令検索)
- 労働組合法(e-Gov法令検索)
- 東京弁護士会 退職代行サービスと弁護士法違反
- 東京弁護士会 退職代行サービスと弁護士法違反 その2
- 東京弁護士会 退職代行サービスと弁護士法違反に関する注意喚起
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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