平成17年会社法制定により最低資本金制度が撤廃され、株式会社は資本金1円でも設立できるようになりました。しかし、資本金の額は、設立時の実務コスト、金融機関・取引先からの信用評価、業法上の許認可要件、消費税・法人住民税・法人事業税の課税上の取扱いに直結する経営上の設計事項であり、「法律上可能な最低額」と「経営上適正な水準」は全く異なります。国税庁の会社標本調査(令和6年度分)によれば、日本の法人約300万社のうち資本金1,000万円以下の階級が87.5%を占めており、大多数の中小企業にとって資本金は数百万円から1,000万円未満のレンジで設計されているのが実態です。本コラムでは、設立時の資本金の適正水準の考え方、許認可・業法上の資本要件、資本金1,000万円・5,000万円・1億円という税務・制度上の基準線、および株主の追加出資によらない増資手続(剰余金の資本組入れ・会社法450条)について、法務・税務の両面から整理します。
設立時の資本金 ― 「1円設立」が抱える実務上の問題
資本金1円での設立が実務上推奨できない第一の理由は、設立自体に相応の費用を要することです。株式会社の設立登記の登録免許税は資本金の額の1,000分の7(最低15万円)であり、公証人による定款認証の手数料等を含めた実費は約20万円、司法書士報酬を含めれば25万〜30万円程度となります。過小な資本金で設立すれば、設立直後から実質的な債務超過となり、不足資金を代表者からの役員借入金で賄う構造が決算書に表れます。この財務構造は、金融機関の融資審査における評価の低下、犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認の厳格化を背景とした法人口座開設審査での支障、取引先の与信審査における不利な評価につながり得ます。
第二の理由は、業法上の資本・資産要件です。宅地建物取引業では営業保証金として主たる事務所につき1,000万円の供託が必要であり(保証協会に加入する場合は弁済業務保証金分担金60万円)、一般建設業の許可には自己資本500万円以上(500万円以上の資金調達能力の証明でも代替可)、有料職業紹介事業には事業所ごとに基準資産額500万円が求められます。事業計画上必要となる許認可の資本・資産要件を確認しないまま資本金を設定すると、事業開始の前提そのものを欠くことになりかねません。実務上は、想定業種の許認可要件を先に確認したうえで、「初期費用に加え、売上がない状態でも3ヶ月程度事業を維持できる運転資金」を基準に設立時資本金を設計することが合理的です。
資本金1,000万円基準 ― 消費税・法人住民税均等割の取扱い
資本金1,000万円は税務上の重要な基準線です。資本金1,000万円未満で設立された法人は、設立当初の事業年度において消費税の納税義務が原則として免除されます(ただし、適格請求書発行事業者として登録した場合は課税事業者となるほか、設立1期目の特定期間における課税売上高・給与等支払額が1,000万円を超える場合には2期目から課税される等の例外があり、個別の適用関係は税理士への確認が必要です)。また、赤字でも課税される法人住民税の均等割は、資本金等の額1,000万円以下・従業員50人以下の区分では年7万円ですが、1,000万円超となると年18万円となり、年間約11万円の負担増となります。
他方で、資本金の額は登記事項として公示され、取引先・金融機関・求職者が企業規模を判断する際の指標として現に機能しています。前述のとおり資本金1,000万円以下の法人が全体の87.5%を占めることの裏返しとして、資本金が1,000万円を超える法人は資本金階級でみて全法人の上位約13%に位置することになります。事業が軌道に乗り利益の蓄積が進んだ段階で、後述の剰余金の資本組入れにより資本金を1,000万円超へ増加させることは、年間十数万円の税負担増と引換えに対外的信用を高める資本政策として、検討に値する選択肢です。
剰余金の資本組入れ(会社法450条)― 追加出資によらない増資手続
資本金の増加は、募集株式の発行による払込み(会社法199条以下)によることが典型ですが、株主の追加出資によらずに資本金を増加させる手続として、剰余金の額の減少による資本金の額の増加(会社法450条)があります。会社に蓄積された利益剰余金を資本金に振り替えるもので、株主総会の決議により、減少する剰余金の額と資本金増加の効力発生日を定め、効力発生後に変更登記を行います。登録免許税は増加する資本金の額の1,000分の7(最低3万円)であり、司法書士報酬を含めても数万円程度の費用で実施できます。
この手続は純資産の部の内訳の振替えにすぎず、純資産の総額は変動しないため、既存の取引金融機関の信用評価が直ちに変わるものではありません。しかし、登記簿・商業登記情報として公示される資本金の額が増加することにより、新規取引先の与信審査、採用市場、新規金融機関との取引開始の場面における対外的信用の向上が期待できます。なお、外部投資家からの第三者割当増資による資本増強は、資本金の増加と資金調達を同時に実現できる反面、株主構成の変動を通じて、株主総会の運営、少数株主権の行使、将来の事業承継等の局面で経営権に関する紛争の火種となり得ます。上場等を企図しない中小企業においては、株式の分散を伴わない剰余金の資本組入れを第一に検討し、外部資本の受入れは投資契約・株主間契約の設計を含めた専門家の関与のもとで行うべきです。
資本金1億円・5,000万円基準 ― 外形標準課税と信用保証制度
資本金1億円は、税務上最も影響の大きい基準線です。資本金1億円超の法人は、交際費等の損金算入の特例(年800万円までの定額控除)をはじめ、法人税の軽減税率、少額減価償却資産の特例等の中小企業向け租税特別措置の適用を失います。さらに、法人事業税において外形標準課税(付加価値割・資本割)の対象となり、赤字であっても課税を受けることになります。税務調査の所管も税務署から国税局調査部に移り、調査の密度・体制は大きく変わります。
留意すべきは、令和6年度税制改正により、減資による外形標準課税の回避が制限されたことです。前事業年度に外形標準課税の対象であった法人は、当事業年度に資本金1億円以下となった場合であっても、資本金と資本剰余金の合計額が10億円を超えるときは引き続き外形標準課税の対象とされます(2025年4月1日以後開始事業年度から適用)。また、2026年4月1日以後開始事業年度からは、資本金と資本剰余金の合計額が50億円を超える大規模法人等の100%子法人等についても、一定の場合に対象が拡大されています。「大きくしてから戻す」ことを前提とした資本政策は、すでに制度上封じられていると理解すべきです。
また、中小企業信用保険法上の中小企業者の範囲との関係で、小売業では資本金5,000万円超(従業員50人以下の場合を除く)、サービス業では資本金5,000万円超(従業員100人以下の場合を除く)となると、信用保証協会の保証制度を利用できなくなります。資金調達手段として信用保証付融資を利用している企業が資本金を5,000万円超へ増加させる場合には、保証制度の利用可否への影響を事前に確認する必要があります。増資による信用力向上のメリットと、これらの基準線を超えることによる不利益とは、顧問税理士・弁護士を交えて総合的に比較衡量することが不可欠です。
よくあるご質問
Q. 資本金は1円でも会社を設立できると聞きましたが、問題はありますか。
A. 会社法上は設立可能ですが、設立登記の登録免許税だけで最低15万円を要するため、過小な資本金では設立直後から実質債務超過となります。役員借入金による資金繰りは金融機関・取引先の評価に影響し、法人口座の開設審査で支障が生じることもあります。宅建業の営業保証金や建設業の自己資本要件など、業種によっては資本・資産要件を満たさなければ事業を開始できない点にも注意が必要です。
Q. 株主から追加出資を受けずに資本金を増やす方法はありますか。
A. 会社法450条に基づく剰余金の資本組入れにより、株主総会決議と変更登記のみで、外部からの払込みなしに資本金を増加させることができます。費用は増資額の0.7%の登録免許税(最低3万円)と司法書士報酬程度です。純資産総額は変わらないため既存金融機関の評価が直ちに変わるものではありませんが、新規取引先・採用市場等における対外的信用の向上が期待できます。
Q. 資本金を1億円超に増資する場合のデメリットはありますか。
A. 中小企業向け租税特別措置の適用を失い、外形標準課税(赤字でも課税)の対象となるほか、税務調査の所管が国税局に移ります。令和6年度税制改正により、いったん対象となった法人は資本金を1億円以下に減資しても、資本金と資本剰余金の合計額が10億円を超える限り対象のままとされます。小売業・サービス業では資本金5,000万円超で信用保証制度の利用に制限が生じる点にも留意してください。
まとめ
資本金は、設立時に一度払い込んで終わりの金額ではなく、許認可要件・課税上の取扱い・対外的信用のいずれにも影響する、継続的に設計・見直しをすべき経営上の変数です。設立時には業種の許認可要件と3ヶ月分の運転資金から逆算した現実的な水準(多くの中小企業では300万〜1,000万円未満のレンジ)で開始し、利益の蓄積が進んだ段階で剰余金の資本組入れ(会社法450条)による増資を検討する。他方、資本金5,000万円・1億円という制度上の基準線を超えるか否かは、税務・金融の両面の影響を専門家とともに検証したうえで判断する。これが資本金設計の基本的な考え方です。当事務所では、会社設立時の資本政策の設計、増資・減資の手続、投資契約・株主間契約の審査を含むスタートアップ・中小企業の資本政策全般について、顧問弁護士として継続的に支援しています。資本構成の見直しをご検討の際は、実行前の段階でのご相談をお勧めします。
参考資料
- 会社法(e-Gov法令検索)
- 宅地建物取引業法(e-Gov法令検索)
- 建設業法(e-Gov法令検索)
- 国税庁「令和6年度分 会社標本調査」(PDF)
- 国税庁 タックスアンサー No.6501「納税義務の免除」
- 国税庁 タックスアンサー No.7191「登録免許税の税額表」
- 総務省「法人事業税における外形標準課税」
- 中小企業庁「中小企業の定義について」
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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。統計・税制等は2026年8月時点の情報に基づきます。実際のご対応にあたっては、最新の法令・通達をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
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