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医療事故・医療過誤が疑われたときの初期対応

どれほど注意を尽くしても、医療には予期せぬ結果が伴うことがあります。患者に重大な結果が生じ、医療事故・医療過誤が疑われる事態となったとき、その初期対応の巧拙が、その後の患者・ご家族との関係や、紛争の帰趨を大きく左右します。本コラムでは、医療機関が取るべき初期対応と、平時からの備えについて、弁護士・医師の視点から整理します。

初期対応の重要性

有害事象の発生直後は、現場が混乱しがちです。しかし、この段階での対応が記録として残り、後の紛争で重要な意味を持ちます。感情的・場当たり的な対応を避け、組織として落ち着いて対応する体制が求められます。

医療事故をめぐる法的責任の全体像

医療事故が疑われる場面で医療機関・医療従事者が直面し得る法的責任は、大きく次の3つに整理できます。

  • 民事責任 ― 診療契約上の債務不履行(民法415条)または不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任です。勤務医や看護師の過失が問題となる場合、開設者である病院・医療法人は使用者責任(民法715条)を負うのが通常です。
  • 刑事責任 ― 重大な過失により患者を死傷させたと評価される場合には、業務上過失致死傷罪(刑法211条)による捜査・立件の可能性があります。
  • 行政上の責任 ― 医師に対しては、医師法7条に基づく戒告・医業停止・免許取消といった行政処分があり得ます。保険診療との関係では、個別指導・監査を経て、保険医登録や保険医療機関指定の取消しに至る場合もあります。

このうち実務上最も多いのは民事責任の追及であり、その成否は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に照らして過失(注意義務違反)があったか、そして過失と結果との間に因果関係が認められるかによって判断されます。最高裁昭和36年2月16日判決(輸血梅毒事件)は、人の生命および健康を管理する業務に従事する者には「最善の注意義務」が求められるとしました。もっとも、医療に不確実性が伴う以上、悪しき結果が生じたことから直ちに過失が認められるわけではありません。だからこそ、当時の判断過程を事後的に跡付けることのできる正確な記録が、医療機関にとって決定的に重要となるのです。

取るべき初期対応

  1. 何よりもまず、患者の救命・安全の確保を最優先する
  2. 診療記録・看護記録・検査データ等を、事実に基づき正確に記載し、保全する
  3. 院内で速やかに情報を共有し、関係者から事実関係を確認する
  4. 患者・ご家族に対し、判明している事実を誠実に説明する
  5. 制度上必要となる報告(医療事故調査制度に基づく報告など)の要否を検討する

医療事故調査制度への対応 ― 医療法6条の10・6条の11

2015年10月に施行された医療事故調査制度により、病院・診療所・助産所の管理者は、「提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」が発生した場合、遅滞なく医療事故調査・支援センターに報告しなければなりません(医療法6条の10)。報告対象に該当する場合には、速やかに院内での医療事故調査を実施し、その結果をセンターに報告するとともに、遺族に説明することが求められます(医療法6条の11)。

実務上悩ましいのは、①死亡・死産という結果が「医療に起因し、又は起因すると疑われる」といえるか、②管理者がその結果を「予期しなかった」といえるか、という該当性の判断です。この判断は管理者が組織として行うものとされており、判断に迷う場合には、医療事故調査等支援団体や医療法務に通じた弁護士に早期に相談したうえで、該当・非該当いずれの判断に至った場合でも、その判断の過程と根拠を記録に残しておくことが重要です。なお、この制度は個人の責任追及ではなく医療安全の確保・再発防止を目的とするものであり、院内の当事者への説明にあたってもこの趣旨を共有しておくべきです。

やってはいけないこと

  • 診療記録の改ざんや、後からの不適切な書き換え
  • 事実関係が未確認の段階での、不用意な責任の認否
  • 説明の放置や、誠実さを欠いた対応

特に診療記録の改ざんは、それ自体が医療機関の信頼を根本から損ない、紛争を著しく不利にします。医師には医師法24条により診療録の記載義務と5年間の保存義務が課されており、患者側は訴訟提起前でも、民事訴訟法234条に基づく証拠保全の手続により、電子カルテの修正履歴やアクセスログを含む診療記録一式の検証を裁判所に申し立てることができます。事後の書き換えは高い確率で判明し、判明した場合には、過失の有無という本来の争点以前に、医療機関側の主張全体の信用性が失われます。記録は「事実をありのまま、その都度残す」ことが原則であり、記載を追加・訂正する必要が生じた場合には、追記であることが分かる形式で日時と理由を明記して行うべきです。

患者・ご家族への説明と診療記録の開示

患者本人から診療記録の開示を求められた場合、診療記録は個人情報保護法上の保有個人データに当たるため、医療機関は原則として開示に応じる義務があります(個人情報保護法33条)。開示を拒めるのは、本人または第三者の生命・身体・財産その他の権利利益を害するおそれがある場合など、法律上の例外事由に該当する場合に限られます。また、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」は、患者本人への診療情報の提供に加え、患者が死亡した場合の遺族への診療情報の提供についても、医療従事者が誠実に対応すべきことを示しています。

有害事象発生後の説明の場面では、判明している客観的事実と、現時点では未確定の事項とを区別して伝えることが基本です。原因究明の途中段階で断定的な説明をすると、後に調査結果と食い違いが生じた場合、かえって不信を招きます。説明の日時・出席者・説明内容・質疑は、その都度記録化しておくべきです。

多くの紛争は、結果そのものよりも「その後の対応」への不信から深刻化します。誠実な説明と正確な記録こそが、最大の備えとなります。

平時からの備え ― 体制整備チェックリスト

有害事象発生時の対応フロー、院内の報告ルート、連絡すべき専門家の窓口などを、平時から整理しておくことが重要です。医療法6条の12は、病院等の管理者に対し、指針の策定や従業者への研修の実施など、医療の安全を確保するための措置を講じることを義務付けており、こうした平時の体制整備は法令上の要請でもあります。具体的には、次の項目を点検しておくことをお勧めします。

  • 有害事象発生時の対応フロー(発生直後24時間の役割分担・院内報告ルート)の文書化
  • 医療事故調査制度の報告対象該当性を判断する院内手順と、相談先(医療事故調査等支援団体・顧問弁護士)の明確化
  • 診療記録の記載ルールの統一と、電子カルテの修正履歴・アクセスログの管理体制
  • 患者・ご家族への説明の担当者・同席者・記録方法の標準化
  • 医療安全管理指針の整備、インシデント・アクシデントレポートの運用と定期的な院内研修(医療法6条の12対応)
  • 医師賠償責任保険・病院賠償責任保険の付保内容(支払限度額・免責事由)の確認
  • 診療記録の開示請求への対応手順(個人情報保護法33条対応)の整備

よくあるご質問

Q. 医療事故調査制度の報告対象となる「医療事故」とは、どのような場合ですか。

A. 提供した医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産であって、管理者が予期しなかったものが対象です(医療法6条の10)。死亡・死産以外の有害事象は対象ではなく、また、医療に起因しない死亡(原病の進行など)や、あらかじめ予期されていたことが記録等から認められる死亡は対象外となります。該当性の判断は管理者が組織として行うものとされており、判断に迷う場合には医療事故調査等支援団体や弁護士に相談し、判断過程を記録化しておくことが重要です。

Q. 患者や遺族から診療記録(カルテ)の開示を求められた場合、応じる義務はありますか。

A. 患者本人からの請求については、診療記録が個人情報保護法上の保有個人データに当たるため、法定の例外事由がない限り開示に応じる義務があります(同法33条)。遺族からの請求については、死者の情報は同法の直接の対象ではありませんが、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」が遺族への診療情報の提供について定めており、これに沿った誠実な対応が求められます。開示の求めに対して合理的な理由なく応じない対応は、不信を強め、証拠保全や訴訟への移行を早める要因となります。

Q. 謝罪をすると、法的責任を認めたことになってしまいますか。

A. 謝罪の言葉が直ちに過失の自認と評価されるわけではありません。予期しない結果が生じたことへの遺憾の意やお見舞いの気持ちを伝えることと、法的責任(過失や因果関係)を認めることとは区別されます。むしろ、事実確認前の段階で誠意を示さない対応こそが紛争を深刻化させます。他方で、原因が未確定の段階で「当方のミスです」といった断定的な発言をすることは避けるべきであり、事実として判明していることと調査中であることを区別して説明する姿勢が重要です。

まとめ

医療事故・医療過誤への対応は、医学的な評価と法的な評価の双方が交錯する難しい局面です。当事務所では、医師免許を持つ弁護士が、医療現場の実情と医学的知見を踏まえて、初期対応から紛争解決まで一貫して支援します。対応に迷われた際は、早い段階でご相談ください。

参考資料

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本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、専門家にご相談ください。

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