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上場準備のスケジュールと経営者が直面する課題 ― 直前2期間の監査証明とN-3期のショートレビュー、上場準備3年間の工程と関係者の役割、上場審査で問われる内部管理体制、上場後の継続開示・内部統制報告義務と維持コスト

東京証券取引所の上場会社数は3,891社(2026年9月4日時点、内訳はプライム市場1,549社・スタンダード市場1,558社・グロース市場597社・TOKYO PRO Market 187社)であり、日本の企業数約336万者(中小企業庁集計・2021年6月時点)の約0.1%にとどまります。株式上場(IPO)を検討する企業にとって、上場審査基準の内容と同程度に重要なのが、上場申請に至るまでの期間と工程、およびその過程で経営者が直面する課題を正確に理解することです。本コラムでは、東証の公表資料に基づき、①上場審査における形式基準と実質審査の位置づけ、②直前2期間の監査証明を起点とする準備期間とショートレビュー、③上場準備3年間の工程と関係者の役割、④準備過程で経営者が直面する典型的課題、⑤上場後の継続的義務とコスト、⑥経営判断の留意点――の順に整理します。上場制度の全体像(3市場の形式基準、実質審査の観点、グロース市場上場維持基準の見直し)については株式上場(IPO)の法務を参照してください。

1. 上場審査における形式基準と実質審査の位置づけ

上場とは、自社株式を金融商品取引所の市場において不特定多数の投資家が売買できる状態に置くことをいい、取引所は投資者保護の観点から、上場申請会社が市場に相応しいかを上場審査基準に基づき審査します。東証の新規上場審査は、株主数・流通株式時価総額・流通株式比率等の数値により定められる「形式要件」と、企業の継続性および収益性、企業経営の健全性、企業のコーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制の有効性、企業内容等の開示の適正性等の観点から行われる「実質審査」の二段階で構成されます。グロース市場の形式要件は、株主数150人以上、流通株式数1,000単位以上、流通株式時価総額5億円以上、流通株式比率25%以上、500単位以上の公募の実施等であり、利益・純資産の額に関する基準は設けられていません。

形式要件は上場申請の入口にすぎず、上場の可否を実質的に決するのは実質審査です。実質審査においては、経営者個人に依存しない組織的な意思決定が行われているか、資金の流れが会計帳簿と整合しているか、役員やその親族・関連会社との取引(関連当事者取引)により会社の利益が害されていないか、事業計画に合理的な根拠があるか、法令遵守体制が機能しているかといった点が問われます。上場準備とは、これらの観点に耐え得る体制を構築し、実際に一定期間運用した実績を作る作業にほかなりません。

2. 直前2期間の監査証明とショートレビュー(予備調査)

上場準備の期間を規定する制度的な要因は、監査証明の要件です。東証は、上場審査基準との関係で、上場申請までに申請直前2期間分の監査証明が必要になる点に留意しなければならないとしています。上場申請期を「N期」と呼ぶ実務上の慣行に従えば、N-2期およびN-1期の財務諸表について監査法人等(登録上場会社等監査人であることを要します)の監査証明を受けなければならず、したがってN-3期の段階で監査契約の締結と監査を受け入れ可能な会計・内部管理体制の構築に着手する必要があります。

この段階で監査法人等が実施する予備調査が、実務上「ショートレビュー」と呼ばれるものです。法令上の手続ではありませんが、東証も、上場に向けては監査法人や公認会計士の指導を受けながら進めるのが一般的であるとし、日本公認会計士協会の「株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック」(上場準備過程での決算体制整備のポイントおよび直前2期間に入ってからの監査契約締結に関する解説を収録)を案内しています。ショートレビューにおいては、一般に、会計処理の適正性(収益認識、棚卸資産・固定資産の評価、引当金等)、月次決算の締め日数を含む決算体制、社内規程と職務分掌、労働時間管理・割増賃金等の労務管理、関連当事者取引の有無と条件、株主構成(名義株の有無等)、許認可その他の法令遵守状況等が調査され、上場会社として不十分な事項が課題一覧として提示されます。

ショートレビューの意義は、指摘事項を「不合格」と捉えることではなく、N-2期の監査開始前に是正すべき事項と是正に要する期間を早期に把握することにあります。是正に相当の期間を要する事項(未払割増賃金の精算、関連当事者取引の解消、株主構成の整理等)が直前期に判明した場合、上場申請期が後ろ倒しとなるため、ショートレビューの実施時期が早いほど全体のスケジュールは安定します。

3. 上場準備3年間の工程と関係者の役割

  • N-3期 ― 監査法人等の選定とショートレビューの実施、指摘事項の是正計画の策定、管理部門責任者(CFO・経理責任者等)の確保
  • N-2期 ― 監査法人等による本監査の開始(監査証明1期目)、社内規程・職務分掌・内部監査・取締役会運営等の上場会社に準じた管理体制の実運用、主幹事証券会社の選定と資本政策・社内体制整備に関する助言の受領
  • N-1期 ― 監査証明2期目、主幹事証券会社による引受審査、新規上場申請のための有価証券報告書(「Ⅰの部」「Ⅱの部」)の作成、株式事務代行機関(信託銀行等)の選定
  • N期 ― 取引所への上場申請、取引所審査(東証が送付する質問事項への回答書およびヒアリングにより実施。グロース市場の審査期間は2か月)、上場承認、公募・売出し、上場

関係者の役割について、東証の整理によれば、主幹事証券会社は、上場申請準備段階では資本政策や社内体制整備のアドバイス、上場手続のサポート、公募・売出し等を引き受けるための引受審査を行い、上場に際しては取引所に対し「上場適格性調査に関する報告書」を提出します。株式事務代行機関は、株主名簿作成事務等の受託、議決権・配当等の株主権の処理を行う機関であり、設置が求められています。監査法人等は、前述の監査証明の主体であるとともに、準備過程を通じて会計・内部管理体制の指導を行います。上場準備は、これらの外部関係者と申請会社の管理部門が3年間にわたり協働するプロジェクトであり、経営者は本業の運営と並行して、各関係者への対応に自身の時間を継続的に投入することになります。

4. 準備過程で経営者が直面する典型的課題

実務上、上場準備の過程で経営者が直面する課題は、次の3類型に整理できます。

  • ① 意思決定手続の変更 ― 上場会社においては、重要な業務執行の決定は取締役会の決議事項とされ(会社法362条4項)、決定に至る過程と根拠を議事録により記録することが求められます。代表者の一存で行われてきた投資・人事・取引先の選定に説明と根拠が必要となり、経営者にとっては権限の一部を組織に委ねることを意味します
  • ② 過去の取引・法令遵守状況の是正 ― 契約書を締結しないまま継続している取引、未払割増賃金・管理監督者性の誤り等の労務問題、役員・親族・関連会社との取引、名義株や分散した株主構成等は、上場審査までにすべて解消または整理する必要があります。これらは是正に時間を要し、直前期に判明した場合には上場時期の延期要因となります
  • ③ 管理部門の人材と経営者の時間 ― 監査法人・主幹事証券会社・取引所への対応、規程整備、内部監査体制の構築には相応の人員が必要であり、管理部門の採用・育成が準備期間を左右します。上場準備と本業の成長を同時に進める負荷は、経営者にとって最も現実的な試練です

加えて、企業側の努力では統制できない要素として株式市況があります。東証の集計によれば、2025年の新規上場は66社(プライム7社・スタンダード12社・グロース41社ほか)と前年比20社減・2013年以来の低水準となり、2026年1月から8月までのプライム・スタンダード・グロース3市場への新規上場は22社(プライム0社・スタンダード7社・グロース15社。TOKYO PRO Marketを除く)にとどまっています。市況の悪化局面では、企業側に問題がなくとも公開価格が低位にとどまることを避けるため上場が延期されることがあり、上場申請期を企業が一方的に確定できるものではない点も、準備段階から織り込んでおく必要があります。

5. 上場後の継続的義務とコスト

上場会社は、金融商品取引法に基づき有価証券報告書等の継続開示義務を負い、さらに同法24条の4の4により、財務報告に係る内部統制の有効性を経営者が評価した内部統制報告書を事業年度ごとに提出する義務を負います(いわゆるJ-SOX)。これは決算数値の正確性のみならず、数値を生成する社内プロセスの整備・運用状況そのものを毎期評価・報告する制度であり、非上場会社とは質的に異なる管理負担を伴います。加えて、取引所規則に基づく適時開示義務、コーポレートガバナンス・コードへの対応、上場維持基準の継続的な充足が求められ、グロース市場については2030年3月1日以後に最初に到来する事業年度末から、上場維持基準が「上場5年経過後に時価総額100億円以上」へ引き上げられることが決定しています。

コスト面では、東証の年間上場料は上場時価総額に応じてプライム市場で96万円〜456万円、グロース市場で48万円〜408万円(いずれもTDnet利用料12万円を別途加算・税抜。グロース市場は上場後3年間は半額)とされ、これに監査報酬、株式事務代行機関への委託費用、開示書類作成費用、IR・内部監査・経理等の人件費が加わり、上場維持のための固定費は年間で数千万円規模に達することも珍しくありません。また、上場後は不特定多数の株主に対する説明責任を負い、配当・株価に対する市場の期待に応えることが求められます。上場は、経営の自由度と引換えに「開かれた経営」を選択することを意味し、上場日は準備の終点ではなく、継続的義務の起点です。

6. 経営判断の留意点と法務体制の整備

  • ① IPOを目的ではなく手段として位置づける ― 上場により得られる資金調達・社会的信用・採用力が自社の成長戦略に不可欠かを検討し、金融機関借入、非上場のままでの第三者割当増資、M&Aによる売却等の代替手段と比較する
  • ② 維持コスト・義務に対する収益体力を数値で検証する ― 年間数千万円規模の固定費と管理部門の増強を負担してなお成長投資が可能かを、事業計画上で確認する
  • ③ 「直前にまとめて是正する」前提を採らない ― ショートレビューで指摘される事項(契約書の締結・整備、労働時間管理と割増賃金の法令適合、関連当事者取引の整理、議事録・会計帳簿の適切な作成・保存等)は、上場の有無にかかわらず企業防衛の観点から整備すべき項目と一致し、M&Aにおける買主側のデューデリジェンスの確認項目とも大部分が重なる

実務上、当初から上場を確定的な目標とするご相談は少数であり、事業承継・M&Aによる売却・IPOのいずれも選択可能な状態を維持したいというご相談が多数を占めます。上場を目指すか否かを直ちに決定する必要はありませんが、ショートレビューにおいて指摘される事項を日常的に整備しておくことは、準備期間の短縮と企業価値の向上の双方に資するものであり、顧問弁護士による継続的な契約・労務・ガバナンス体制の点検は、この観点から合理的な選択といえます。

点検事項

  • ① 取引先との契約書が締結・保管されているか。口頭または覚書のみで継続している取引はないか
  • ② 労働時間の記録、割増賃金の計算、管理監督者の範囲が法令に適合しているか。未払割増賃金の潜在債務はないか
  • ③ 役員・親族・関連会社との取引(賃貸借、業務委託、資金貸借、保証等)の有無と条件を把握し、解消または適正化の方針が定まっているか
  • ④ 株主名簿と実際の株主が一致しているか。名義株、株式の分散、譲渡制限の運用に問題はないか
  • ⑤ 株主総会・取締役会の議事録が適切に作成・保存され、重要な意思決定の過程と根拠が記録されているか
  • ⑥ 許認可、個人情報、知的財産等の法令遵守状況を把握し、是正が必要な事項が特定されているか
  • ⑦ 管理部門の責任者と人員体制が、監査法人・主幹事証券会社への対応に耐え得るか

よくあるご質問

Q. ショートレビューとは何ですか。必ず受けなければなりませんか。

A. 上場準備の初期段階で監査法人等が行う予備調査の実務上の呼称であり、法令上の手続ではありません。ただし、上場申請の直前2期間について監査証明が必要とされるため、その前の事業年度までに監査を受けられる体制を整える必要があり、課題を洗い出す目的で実施されるのが一般的です。

Q. 上場準備の期間を短縮することはできますか。

A. 直前2期間の監査証明が要件であるため、最低3年程度の期間を制度上短縮することは困難です。他方、契約・労務・関連当事者取引・議事録等をあらかじめ整えておけば、ショートレビューの指摘事項と是正期間が減り、準備期間が延びることを防げます。

Q. 上場後にはどのような義務とコストが継続しますか。

A. 有価証券報告書等の継続開示義務、内部統制報告書の提出義務(金商法24条の4の4)、適時開示義務、コーポレートガバナンス・コードへの対応、上場維持基準の充足が求められます。コスト面では、年間上場料(プライム市場96万円〜456万円、グロース市場48万円〜408万円・TDnet利用料別)に加え、監査報酬、株式事務代行費用、開示書類作成費用、管理部門の人件費が継続的に発生します。

参考:日本取引所グループ「上場スケジュール」同「上場関係者と役割」同「最近のIPOの状況」(2026年9月1日更新)同「上場審査基準(プライム市場)」同「上場審査基準概要(スタンダード市場)」同「上場審査基準概要(グロース市場)」同「上場後の料金(年間上場料)」同「上場会社数」東京証券取引所 上場部「2025年の新規上場の状況」(2026年1月14日)日本取引所グループ「グロース市場の上場維持基準の見直し等について」(2025年9月26日)日本公認会計士協会「株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック」e-Gov法令検索「会社法」(362条)e-Gov法令検索「金融商品取引法」(24条の4の4)中小企業庁「中小企業・小規模事業者の数(2021年6月時点)の集計結果」

本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。上場基準・料金・統計は日本取引所グループおよび中小企業庁の公表資料(2026年9月時点)に基づきます。実際のご対応にあたっては、最新の法令・取引所規則をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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