Column

「問題社員」対応の出発点と試用期間の法的性質 ― 使用者側労務管理の点検(業務命令の説明・統一適用・記録化)、解約権留保付労働契約(三菱樹脂事件・最大判昭48.12.12)と本採用拒否の限界(労働契約法16条)、法的正当性と経営合理性が乖離する場面の意思決定

「問題社員をなんとかしたい」という相談は、中小企業の労務相談の中で最も頻度の高い類型の一つです。もっとも、事情を詳細に聴取すると、労働条件の不明確さ、指導記録の欠如、命令や注意の場当たり的な運用など、使用者側の労務管理体制に紛争の原因ないし拡大要因があるケースが少なくありません。本コラムでは、当事務所が運営するYouTubeチャンネルに視聴者から寄せられた質問──「経営者が法律を守っていれば起きない問題も多いのではないか」「試用期間中に適性がないと感じた場合どう対応すべきか」「法律上の正論と経営の現実が合わないときはどうするか」──を素材に、①「問題社員」対応の出発点となる使用者側体制の点検、②試用期間の法的性質と本採用拒否の限界、③法的正当性と経営合理性が乖離する場面における意思決定の枠組みを整理します。

1 「問題社員」対応の出発点は使用者側の体制点検

(1)紛争原因の相当部分は使用者側にある

従業員の問題行動を理由とする懲戒処分や解雇の有効性が争われる事案では、処分の前提となる使用者側の対応──労働条件の明示、業務命令の内容と伝達方法、注意・指導の履歴──が必ず審査の対象になります。労働条件が就業規則・労働契約書上明確にされていない、注意・指導が口頭のみで記録が一切ない、同種の行為をした他の従業員には何らの措置も講じていない、といった事情は、処分の客観的合理性・社会的相当性の評価を大きく損ないます。「問題社員」という評価を先行させる前に、まず自社の体制が処分を基礎付けられる状態にあるかを点検することが、対応の出発点です。

(2)業務命令の適法な運用 ― 説明・統一適用・記録化

在宅勤務命令や出社制限も、労働契約に基づく指揮命令権の行使としての業務命令であり、従業員はこれに従う義務を負います。もっとも、命令への不服従を理由とする処分を見据えるのであれば、次の3点を押さえた運用が必要です。

  • ① 命令の業務上の必要性と理由を説明すること ― 理由の説明を欠く命令は、従業員の反発を招き、後の紛争で命令の合理性を争われる要因となる
  • ② 統一的に適用すること ― 「他の従業員も同じことをしている」という反論を許す選択的な運用は、処分の相当性を損なう。ルールは対象者全員に同一に適用する
  • ③ 記録化すること ― 注意・指導の日時、内容、従業員の応答を書面・データで残す。処分の有効性は、最終的には記録の有無と質で決まる

なお、職務遂行能力自体には問題のない従業員については、排除(解雇)を目指すのではなく、ルールの統一と説明によって納得を得る方向での解決が、紛争リスクと人材確保の双方の観点から合理的な場合が多いことにも留意すべきです。

2 試用期間の法的性質と本採用拒否の限界

(1)解約権留保付労働契約 ― 三菱樹脂事件

試用期間について「お試し期間であるから自由に解約できる」という理解は誤りです。判例は、試用期間中の労働関係を「解約権留保付労働契約」と構成しており(三菱樹脂事件・最高裁大法廷判決昭和48年12月12日)、試用開始の時点で労働契約はすでに成立しています。本採用拒否は、留保された解約権の行使として通常の解雇よりも広い範囲で認められる余地があるものの、解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されます。解雇権濫用法理を定める労働契約法16条の規範がここでも基礎となります。

(2)「適性がない」を事実に還元する

実務上、本採用拒否が争われて使用者側が敗れる事案の多くは、「社風に合わない」「適性がない」といった評価のみが先行し、その評価を基礎付ける具体的事実と指導の履歴を欠くものです。試用期間を有効に機能させるためには、次の運用が必要です。

  • ① 求める水準の明示 ― 試用期間中に習得・達成すべき業務内容と水準を具体的に示す
  • ② 指導と改善機会の付与 ― 不足があれば都度指摘し、改善のための指導を行う
  • ③ 記録化 ― 指導の内容・日時と改善状況を記録し、評価を「どの業務の何ができていないか」という事実に還元する
  • ④ 判断時期の管理 ― 試用期間満了を漫然と迎えず、期間中に評価と対応方針(本採用・条件付継続・本採用拒否)を決定する

この運用は、本採用拒否の適法性を基礎付けると同時に、従業員側にとっても改善の機会が保障されることを意味し、紛争の予防そのものとして機能します。

3 法的正当性と経営合理性が乖離する場面の意思決定

(1)「勝てる事案」を争うことが最適とは限らない

「弁護士に相談しても『法律上はこうです』と言われるだけで、資金繰りや取引先との関係を考えると現実的でない」という指摘は、企業法務の実務において正面から受け止めるべきものです。勝訴の見込みが高い事案であっても、解決までの期間と費用、担当役職員の時間的負担、取引先・金融機関との関係、従業員や採用市場に与える影響まで考慮すれば、早期の和解や交渉による解決が企業価値の観点から優る場合は少なくありません。法的評価は意思決定の前提であって、結論そのものではありません。

(2)弁護士に求めるべき助言の形式

企業側の意思決定を支える法的助言は、単一の結論ではなく、①採り得る選択肢の提示、②各選択肢の法的リスク・コスト・所要期間の整理、③事業への影響(資金繰り・取引関係・社内秩序)を踏まえた推奨、という構造を持つべきです。依頼者側から見た場合、初回の相談で事業の内容──収益構造、主要取引先、当該紛争が事業のどこに影響するか──を確認しようとするか、結論のみでなく選択肢とリスクを示すかは、経営に伴走できる弁護士かどうかを判断する実際的な指標となります。

(3)規範の目的から考える

法令はもとより、就業規則や契約書といった社内・取引上のルールも、単なる制約ではなく、一定の目的──職場秩序の設計、取引関係の予見可能性の確保──を実現するための手段です。ルールの背景にある目的を理解した運用は、形式的遵守にとどまらないリスク管理を可能にし、前記1・2で述べた説明・統一適用・記録化の実践とも整合します。コンプライアンスの実効性は、規範の目的理解の深さに比例します。

企業が点検すべき事項

  • ① 労働条件(業務内容・勤務場所・労働時間・賃金)が労働条件通知書・就業規則上明確にされているか
  • ② 業務命令・注意・指導について、理由の説明、対象者への統一的適用、記録化の運用が定着しているか
  • ③ 試用期間について、求める水準の明示、指導と改善機会の付与、記録化、期間満了前の判断という運用がされているか
  • ④ 懲戒・解雇を検討する際、評価(「問題社員」「適性がない」)を具体的事実に還元できる記録が存在するか
  • ⑤ 紛争対応の方針決定において、法的評価に加えて期間・費用・取引関係・社内への影響を考慮する意思決定プロセスがあるか

よくあるご質問

Q. 業務命令に従わない従業員に対して、どのような対応が適切ですか。

A. 処分を検討する前に、①命令の業務上の必要性と理由を説明したか、②同種の状況にある従業員に統一的にルールを適用しているか、③注意・指導の日時と内容を記録化しているか、を点検してください。使用者側の体制に原因がある場合、処分の有効性は否定されやすくなります。体制を整えたうえでなお問題行動が継続する場合に、事実と記録と規程に基づいて段階的に対応することが原則です。

Q. 試用期間中の従業員を「適性がない」として本採用拒否できますか。

A. 試用期間は判例上「解約権留保付労働契約」と解されており(三菱樹脂事件・最大判昭和48年12月12日)、労働契約はすでに成立しています。本採用拒否は通常の解雇より広い範囲で認められる余地があるものの、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を要します(労働契約法16条参照)。「適性がない」という評価を具体的事実に還元し、指導・改善機会の付与とその記録を残しておくことが前提となります。

Q. 法的には勝てる見込みがあっても、経営判断として争わない方がよい場合はありますか。

A. あります。勝訴の見込みが高い事案でも、解決までの期間・費用、取引先や金融機関との関係、従業員・採用市場への影響まで考慮すれば、早期の和解や交渉による解決が合理的な場合は少なくありません。法的な選択肢とそれぞれのリスク・コストを整理したうえで、事業への影響を含めて方針を決定することが重要です。

参考:e-Gov法令検索「労働契約法」(16条)e-Gov法令検索「労働基準法」

本コラムは一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・判例は2026年8月時点の情報に基づきます。実際のご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。

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