越水優介弁護士(起業家が知っておくべき株式防衛策)

起業家が知っておくべき株式防衛策|夫婦財産契約の活用と実務ポイント
Legal Column | 企業法務

起業家が知っておくべき株式防衛策
──夫婦財産契約の活用と実務ポイント

離婚時の財産分与により、保有株式が意図せず流出するリスクをご存知ですか。夫婦財産契約を中心に、経営者の株式を守るための法的手段を解説します。

経営者にとって、自社株式は会社の支配権そのものです。しかし、離婚という私的な出来事が、株式の帰属に重大な影響を与える場合があります。本稿では、民法上の財産分与制度を概観したうえで、婚前の夫婦財産契約(プレナップ)を活用した株式防衛策について、条項例も交えて詳しく解説します。

1. 夫婦の財産に関する民法上の原則

日本の民法は「夫婦別産制」を採用しています。民法762条1項は、婚姻前から所有していた財産および婚姻中に自己の名義で取得した財産を「特有財産」と定め、各配偶者に帰属するとしています。同条2項は、いずれの配偶者に帰属するか不明な財産については共有と推定する旨を定めています。

実務上、夫婦の財産は大きく次の3つに分類されると考えられています。

夫婦財産の3分類
①特有財産 ── 婚姻前から保有する財産や、各自の専用品など名実ともに一方に帰属する財産。
②共有財産 ── 家財・家具など共同生活のために取得した双方名義の財産。
③実質的共有財産 ── 名義は一方だが、婚姻中の夫婦の協力により形成されたと評価される財産。

起業家が保有する株式がこのいずれに分類されるかによって、離婚時の帰趨が大きく異なります。

2. 離婚時の財産分与と株式への影響

民法768条は、離婚した当事者の一方が他方に対して財産の分与を請求できる旨を定めています。財産分与の対象となるのは、原則として上記②の共有財産と③の実質的共有財産であり、①の特有財産は対象外とされます。

ここで問題になるのが「実質的共有財産」の範囲です。婚姻中に一方の収入や名義で取得した財産であっても、他方の有形無形の貢献があると認定されれば、実質的共有財産として分与対象となり得ます。つまり、経営者が自己名義で保有する株式であっても、婚姻中に取得したものであれば、離婚時に財産分与を請求されるリスクがあるのです。

⚠ 注意すべきポイント

株式の時価が高騰している場合、財産分与の金額も高額になり得ます。議決権比率の変動により、会社の意思決定や資本政策に重大な支障が生じるおそれがあります。

もっとも、特有財産に分類されれば原則として財産分与の対象外となります。特有財産の代表的なパターンは以下のとおりです。

特有財産の主な類型 (i) 婚姻前から保有していた財産
(ii) 婚姻後に相続や贈与により取得した財産
(iii) 夫婦間の合意により特有財産とした財産

学生時代に起業し、婚姻前から株式を保有していたケースは(i)に該当します。しかし、(i)に該当する場合であっても、価値の維持・増加に配偶者の寄与が認められると、財産分与の対象となる裁判例が存在するため注意が必要です。

3. 夫婦財産契約(プレナップ)とは

上記(iii)のパターン、すなわち「夫婦の合意により特有財産とした財産」を活用するのが、夫婦財産契約です。これは民法755条に基づき、婚姻届出前に夫婦間の財産関係について別段の定めを設ける契約です。

欧米では「プレナップ(Prenuptial Agreement)」として広く普及していますが、日本ではまだ利用が一般的とは言えません。しかし、スタートアップ経営者にとっては、自社株式の流出リスクを制度的に防止する有力な手段です。

夫婦財産契約で実現できること
経営者が保有する株式やストックオプション等について、離婚時の財産分与の対象から除外する旨を婚姻前に合意しておくことが可能です。

4. 条項例と起草のポイント

以下は、起業家の株式防衛を目的とした夫婦財産契約の条項例です。実際の契約書作成に当たっては、個別の事情を踏まえた専門家への相談を推奨します。

条項例

第1条(甲の特有財産)

1. 甲および乙は、次の各号に定める財産を甲の特有財産とすることに合意する。

(1) 甲が保有する株式会社○○の株式および新株予約権その他の潜在株式(婚姻後に取得するものを含む。以下「株式等」という。)
(2) 婚姻後に甲が自己の名で得た財産
(3) 前各号のほか、甲が婚姻時に保有していた一切の財産

2. 甲および乙は、前項の株式等に基づき甲が得る一切の権利および利益(配当、評価益、売却益を含むがこれらに限られない。)についても、甲の特有財産とすることに合意する。乙は、本項に定める権利・利益について、婚姻中における自己の寄与を主張しない。

第2条(乙の特有財産)(省略)

第3条(離婚時の取扱い)

甲および乙が離婚する場合、第1条および第2条に定める特有財産は、財産分与の対象に含めないものとする。

起草の要点

上記条項例のポイントは、対象財産を具体的に特定したうえで(第1条)、当該財産から生じる利益についても特有財産に含めること、さらに、配偶者の寄与の主張を排除する旨を明記していることです。加えて、第3条で財産分与の対象外であることを確認的に定めています。これは、特有財産であっても裁判例上は配偶者の寄与が認められるケースがあるため、念のため設ける規定です。

Q&A

株式の値上がり益や配当は、どのように取り扱われますか?

原則として、株式が帰属する者に帰属すると考えられます。ただし、価値の維持・増加への配偶者の寄与が認められ、財産分与の対象となる裁判例も存在します(東京地裁平成15年9月26日判決など)。そのため、条項例では値上がり益や配当も含めて特有財産であることを明示し、寄与を主張しない旨を規定しています。

資産管理会社を通じて株式を保有している場合も対象にできますか?

可能です。資産管理会社が保有する資産やエンジェル投資先の未上場株式等についても、契約書に明記することで特有財産とすることができます。

5. 締結時期と登記の要否

夫婦財産契約について特に注意すべき点は、締結時期です。民法755条の文言上、この契約は「婚姻の届出前」に締結しなければ法的拘束力が認められません。婚姻後の締結では、民法所定の夫婦財産契約としての効力は生じないことになります。

さらに、民法756条は、第三者や承継人(相続人等)との関係でも有効とするためには、婚姻前の登記が必要である旨を定めています。したがって、万全を期すのであれば、婚姻届の提出前に契約締結と登記の双方を完了させておくことが望ましいといえます。

⚠ 変更の制限に注意

民法758条1項は「夫婦の財産関係は、婚姻の届出後は、変更することができない」と規定しています。婚姻後に契約内容を修正することは困難な可能性があるため、締結前に慎重な検討が必要です。

6. 婚姻後に起業した場合の対処法

夫婦財産契約が婚姻前にしか締結できないとすると、既婚者が婚姻後に起業した場合はどのように株式を守ればよいのでしょうか。昨今は多様なライフステージでの起業が増えており、この問題に直面する経営者も少なくありません。

この場合、法制度上の夫婦財産契約は利用できませんが、出資金の原資の管理を工夫することが重要になります。裁判例では、特有財産と共有財産を同一の口座で管理していた場合に、特有財産としての性質が失われたと判断された事例が複数存在します。

裁判例から読み取れる教訓 特有財産の原資が入った口座から生活費の引き出しを繰り返した結果、特有財産が残存していないと認定された裁判例(東京高判令和3年3月16日)や、18年以上にわたる内縁関係の中で口座内の資金が混在し、特有財産性が否定された裁判例(福岡家審平成30年3月9日)が存在します。
実務上の対策
婚姻前の特有財産が残っている口座と、婚姻後の給与・生活費を管理する口座を厳格に分離し、出資は特有財産口座からのみ行うことで、出資金の特有財産性を維持しやすくなります。

婚姻後に長期間が経過して口座の峻別が難しい場合は、相続財産や投資収益などパートナーの貢献が認められにくい財産を別口座で管理し、それを出資原資とする方法が考えられます。

7. まとめ

起業家にとって自社株式の保全は、会社の支配権を維持するうえで極めて重要です。婚姻前であれば夫婦財産契約の活用が最も直接的かつ有効な手段であり、婚姻後であっても出資原資の管理方法を工夫することで一定のリスク低減が可能です。

投資契約やストックオプション設計と同様、キャップテーブルに影響を与え得るリスクとして、ファウンダーの婚姻関係を起因とする株式の移転リスクについても、早期に法的手当を検討しておくことをお勧めします。

脚注・参考

※ 本稿は一般的な法的情報の提供を目的とするものであり、具体的な法的助言を構成するものではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。

※ 裁判例においては、法律婚のみならず内縁関係の開始時を基準に共有財産性を判断した事例もあります。

※ 参照条文:民法755条、756条、758条、762条、768条、771条

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